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ペコとかまどのオカルトごはん!  作者: GOZOROPS
3皿目:肉料理《????の縺セ繧九井縺イ辟氵》
25/55

調理衝動

処世術

《part 3》


 亀裂が入ったのは小学四年生のことだった。


 その日の図工は木版画を作る授業だった。クラスの全員が各々彫刻刀を持参していて、あたしも例外ではなかった。


 幸いなことに版木は【食材】に見えない。版木と向き合っているうちは《眼》を意識しなくて済むものだから、あたしは人一倍に没頭して、フレンチフルコースの版画を彫っている最中だった。


 そんな中、図工室に突如苦痛の声が響く。


 顔を上げると、あたしの斜め前に座っていた男子が指を押さえて呻いていた。彫刻刀で指を切ったらしい。


 駆け寄った先生が絆創膏を貼る一瞬、彼の指先が垣間見える。


 滲み出る赤色があたしの網膜に焼き付いた。


 騒然とする周囲をよそに、あたしは自分の手元に視線を落とし、内心で噛みしめる。


 ――彫刻刀って、肉も切れるんだ。


 あたしの眼差しに応えるみたいに片刃の小刀がいやに艶かしく光っていた。


 ……そこから先は正直はっきり覚えていない。


 熱に浮かされたような記憶が正しければ。その日の放課後、あたしは飼育小屋に住んでいたウサギを締め、家庭科室の窓を割って忍び込み、彫刻刀で捌いて料理していた……らしい。


 見回りの先生の声であたしは没我状態を脱した。


 そして初めて、自分がウサギの腿の照り焼きとウサギのつみれを加えたウサギのシチューとウサギの背肉のソテーを作っていたことに気付いたのだった。


 驚愕の声が遠く感じられて、その代わり、脂の爆ぜる音やコトコト煮立つ鍋の音がやけに大きく聞こえた。


 自分がこの料理を作ったなんて信じられない……そんな戸惑いと同時に、確かに自分が作ったのだという手応えと無我夢中の記憶があたしを高揚させていた。決して料理向きとは言い難い道具で解体作業を行なった疲れすら心地よさを与えてくれた。


 塩胡椒とオリーブオイルでシンプルに仕上げたソテーを一欠片頬張る。口に広がるオリーブの香ばしさ、あっさり淡白でありながら動物性の野趣を感じさせる風味――。


 このとき確かに、あたしを内側から苛んでいた底知れない渇きのような感覚が、少しだけ和らいだのを覚えている。


 このときのあたしは確実にそれまでの人生で一番清々しい思いに胸を満たされていた。


 結局、その日の料理はこれで終了となった……終了させられたというのが正しいかな。


 翌日には母さんを交えた三者面談でこっぴどく叱られ、ウサギ調理事件の犯人があたしだという情報もいつの間にか漏れ出していた。


 けれどあたしの心はずいぶん明るくなっていたし、頭蓋骨の中にひしめく【調理法】の密度も不思議と下がって負担が軽くなっていた。


 ……少なくとも、しばらくの間は。


 そう。あたしの安寧は残念なことに長くは続かなかった。


 一ヶ月としないうちに、またしてもあたしの意識は、否応なく溢れ出る【調理法】と、料理をしたい……いや、料理をしなければという強迫観念じみた願望に塗り潰されるようになっていた。


 そして《眼》から伝わる情報の圧力が臨界点に達するたびに、あたしはあの前後不覚な状態に陥って、そのたびに騒動を起こしてしまった。


 社会科見学そっちのけで筍を茹で、理科室のメダカを一網打尽にして佃煮を作り、クラスの文鳥を焼き鳥にし、そのたびにあたしは奇人としての悪評を高めていった。


 カウンセリングを受けたところであたしの奥底で煮詰まった欲求は小さじほども理解されない。初めのうちは開かれていた面談も、一向に改善が見られないことから次第に無くなっていった。


 ……こうして中学校に上がる頃にはすっかり、親も教師も匙を投げる問題児、関わり合いになると取って食われるアブナイ女という、御厨かまど(あたし)の立ち位置が固まったのでした。ちゃんちゃん。


 そのポジションは今現在、高校生になっても一切変わっていない。学区に一つしか無い高校には中学の人間関係がそのまま持ち上がってくるのである。


 ――あたしだって好き好んで騒ぎを起こしているわけではない。群衆に溶け込んで生きられるんだったら喜んでそうしたいのだ。


 少しでも料理欲を発散するために一家三人(揃うほうが珍しいけど)の毎日三食分はあたしが全部作ってるし、高校に入ってから料理屋の厨房バイトだって始めた。校則がゆるいのをいいことに年がら年中パーカーを着込んでるのだって、視界をなるべく遮って情報量を抑える生活の知恵ってやつだ。


 ……それでもまだ、あたしの貪欲な《眼》は満足しないらしい。小学生の頃ほどではないけれど、今でも時折、料理衝動が爆発して自制心を吹き飛ばしてしまうのだった。


 ……ちょうどさっきみたいに。


 通学カバンに料理道具を忍ばせるようになったのも中学生の頃だった。


 料理欲が爆発したときになるべく早くことを済ませて騒ぎが大きくならないようにする――そんな理論武装をしてはいたものの、あたしの本心はむしろその反対側にあるような気がしてならない。


 道具があればいつでも料理できる。


 その安心があたしを繋ぎ止めている、ような。そんな気がするのだ。

また来週~

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