さらば! アントニオ!
お前のことは忘れない!
《part 8》
チリンチリンチリン――
そこに響き渡る、鋭い鈴の音。
ペコとかまどが顔を見合わせ、アントニオの表情が輝く。
「ヒット! 来たナリ!」
「来たって、何がですか?」
「釣り竿ナリ! ようやく掛かったナリよ!」
遥か彼方から浮き上がってくる記憶――そう言えばあのスカイフィッシュ・フィッシングロッドはどさくさに紛れてそのまま放置していたのだった。
「あれ本当に釣れるんですね?!」
驚きの声も耳に入らない様子で、アントニオが釣り竿へと駆け出す。
慌てて追い掛けた二人が見たのは、折れそうなほどに撓った大釣り竿と、リールを巻こうにも巻けないまま穴の方に引きずられていくアントニオの姿だった。
「おじさん落ちちゃう!」
「え、ちょっとマジで?!」
咄嗟に二人は彼に飛びついて、引きずり込む力と拮抗した。竿の先に付けられた鈴が狂ったように鳴り響き、カーボンファイバーの竿がぎしぎし不穏な音を立てる。
「普段からこんなの釣ってるんですか!?」
「こんなの初めてナリ! ありえないナリ!!」
大物への期待と未知への恐怖で彼の声は上ずっていた。いくら踏ん張り続けても相手を引き上げられる兆しはなく、かと言って手放すタイミングも失って、謎の相手との綱引きはいつまで続くか分からない――。
しかし突然、穴へと引き込む力が消えて、三人は竿を放り出して盛大に尻もちをついた。三者三様の悲鳴が上がる。
「糸が切れた……?」
「うぅ、もったいないナリ……」
「飛び込んだら捕まえられるかな?」
「やめてよ、そんな危ない……っ」
かまどの背筋に走る悪寒――。
それは予兆だった。
一瞬後、突風が吹くと同時に世界が薄暗く閉ざされる。
違う――穴から吹き上がった柱が太陽を遮っている。
そして更に一瞬後、その柱が天空へと飛び去って再び明るくなったことで、かまどたちは事態を理解した。
現れたのだ。地獄へ続く大洞窟の底から。
超巨大棒状生物――三十メートルを超えるバケモノ級のスカイフィッシュが。
スカイフィッシュ(特大)は空高くとぐろを巻いていた。図体からすれば十分機敏にせよ、流石にあの大きさで目にも留まらぬ速さは出せないらしい。
丸太のような図体が虹色に霞んで見えるのは、タコスにした中型や刺し身にした大型のスカイフィッシュが無数に取り巻いているからだった。
動きに従って波打つ輪郭は、まるで壮麗な羽根を纏っているかのよう――三人の頭上を悠然と泳いでいるのは、まさしく古代アステカに伝わる偉大な神……羽毛を持つ蛇・ケツァルコアトルの原型に他ならなかった。
地面にへたりこんで呆然と見上げるかまどの横で、毅然と立ち上がる影が一つ。
ペコか? ――違う、アントニオだ。
彼は遥か空を眺めながら、両の拳を握り締めていた。肉体労働で鍛えられた背中は広く、浅黒く焼けた肌は逞しい。
彼は二人の前に立っていた――大長編のガキ大将のように頼もしく凛々しい表情を見せ、大きく息を吸い…………叫ぶ。
「たすけてーーーーっ!! ママァーーーーっっ!!」
そっちかよっ――!!
ツッコむ間もなく彼は一目散に駆け出した。
同時に上空の巨体が軌道を変える。
うねり――迫り――座った二人に影を落として飛翔する。ジャングルの木をなぎ倒して地上すれすれへと下降したスカイフィッシュは、十秒と掛けずに哀れなアントニオの背後へと追いついた。
閉じることのない地獄の釜――恐ろしい歯の並んだ円形の絶望が彼を急かす。追い込む。責め立てる。
そして冥界の門は、転んだ彼を掬い上げ……飲み込んだ。
再び上空へ戻る巨躯。地上に残る男の痕跡は、脱げて転がった片方の靴だけであった。
また明日~




