イタダキマスの心
日本人は白米と醤油がDNAに刻まれているらしい(嘘)
《part 7》
釜揚げスカイフィッシュとスカイフィッシュの刺し身、そして湯気が立つ白いご飯――かまどのDNAが喜びの声を上げている。
「さっきはメキシコ流だったし、今度は和風もいいよね」
「うんうん、いいと思う!」
「あんたはそればっかりじゃん」
呆れた調子ながらも微笑んで、かまどが醤油とポン酢を取り出して並べる。
「それじゃ、いただきます」「いただきますっ!」
かまどが真っ先に箸をつけたのは刺し身の方だった。
皿いっぱいに敷き詰められた身を数枚一気に取ってポン酢につけ、食べる。柑橘の風味と甘酸っぱさの向こう側、引き締まった肉を噛みしめるごとに繊細な旨味とコクが滲み出してくる。
これはきっと加熱調理では味わえない素材の味、刺し身ならではの楽しみ……。
生臭さを全く感じないのは締めたてだからか、それとも空中に住むスカイフィッシュならではなのだろうか。しっとりとした歯触りでいつまでも噛んでいられそうな胴、貝ヒモのような硬い歯応えとほのかな甘みの鰭、どちらも甲乙つけがたい魅力を湛えている。
「んん~~~~、おいしい~~~~!!」
釜揚げ丼を口にしたペコが感極まって叫んだ。かまども右に倣うことにする。ご飯が見えなくなるくらいに釜揚げスカイフィッシュをかけて、醤油をひと垂らしして豪快に一口。
「ん、これは……なるほど。いいね」
まず気付くのはプツプツ弾けるような食感だ。先述したようにスカイフィッシュは全身が発達した筋肉で出来ており、それは小さい幼生の頃も変わりない。したがって普通のしらすと比べて特段に弾力があり、独特の噛み心地を堪能できる。
これも絶妙な茹で加減が為せる業……かまどの口元に満足げな笑みが浮かぶ。丸ごと食べるとワタの雑味が出るのではないかという心配も杞憂に終わり、うっすら付いた塩味としらすより力強い野生を感じさせる旨味がご飯を進ませる。
唯一の欠点はスカイフィッシュそのままの怪物然としたビジュアル面だが、それも見続けていれば慣れてくるので問題ない。ということにしておく。
おかわりのパックを開封しながら一同の茶碗を見回したかまどは、全く箸が進んでいない一人に気付いて声を掛けた。
「スプーン出しますか、アントニオさん」
その言葉で、ご飯の上の小スカイフィッシュを見つめていたアントニオはハッと視線を上げかまどに向き直った。彼女は自身の手元だけを見ている。髭もじゃの顔が困ったような笑顔を作った。
「いや、そういうわけではないナリ。ただ……」
「食べないの? 美味しいよ?」
ペコの純真な眼に見据えられて彼は眉をハの字にして乾いた笑いを浮かべ続けていたが、
「可哀想ですか?」
と、射るような冷徹さでかまどが訊ねたことで、瞳を翳らせて目を伏せた。
「日本語でどういうのか分からないナリ。あー……この小さいスカイフィッシュも、ワガハイたちに捕まらなければ、あの大きいスカイフィッシュみたいに育ったかも知れない。一匹だけでもすごい可能性があるのに、それをこんなにたくさん、一度に食べると思うと……」
切々と語ったアントニオだが、ペコにはあまり伝わっていない様子。彼女は首を傾げてへらっと笑った。
「でも、美味しいよ?」
「いや、でも……」
「ペコの言う通りです」
割って入ったのはかまどだった。彼女は依然皿の上に視線を向けていたが、しかし意識はアントニオの方へ向かっているのが感じられる。
「アントニオさんの気持ちも分かります。食材になった生き物に申し訳ないと感じるのは当然だと思います。……でも、人間には美味しいものを食べたい欲求があるし、料理は美味しさを追求するために発展してきた文化です。残酷で、罪深いかもしれなくても、それでも美味しさを求めずにはいられない……それが人間なんだと思います」
訥々と言葉を選ぶかまどの目元は伺えない。けれどその態度はアントニオへ――そしてスカイフィッシュへ、食材へ、誠実に向かい合おうとする意志が宿っていた。
「食べたくなければそれでもいいです。でも、食べたいけど気が引けるということだったら、……『いただきます』を言って食べてください。『いただきます』はそのための言葉ですから」
そして沈黙が残った。
おかわりをついでもらってゴキゲンなペコが鼻歌混じりにもりもりスカイフィッシュを平らげていく傍らで、アントニオは随分長い間、身動き一つせずに自分の茶碗を見つめていた。
石像のように固まり、そのまま永久に動かないように思われた彼は、しかし、意を決して震える手で箸を取った。白飯とスカイフィッシュを一緒につまみ上げ、顔の高さまで持ち上げる。
「…………イタダキマス」
重々しい表情で口に含み、一度、二度、噛み締めていく。対面で箸を進めるかまども、彼の方を見ないまま固唾を飲んでいる。
ゆっくり、ゆっくりと釜揚げスカイフィッシュを味わっていたアントニオが、決然と嚥下して――代わりに言葉を吐き出した。
「……正直、まだ納得できていないナリ。ワガハイが間違っているのか、正しいのか、間違いも正しさもそもそも無いのか、……ワガハイには分からないナリ」
一瞬の間。そして、
「でも、この料理は美味しい。それだけは確かナリね。だから『イタダキマス』をする……。ワガハイ、日本のことが少し分かった気がするナリ」
「日本文化というか、あたし個人の考えですけど」
アントニオが笑った。目を逸らしたままのかまども、安堵の笑みをこぼした。つられてペコも疑問符を浮かべながら笑う。
三人が囲んだ食卓は、再び和やかな雰囲気に満たされていた。
また明日~




