素直になれないお年頃
トルティーヤ!
《part3》
「かまど、料理して!」
スカイフィッシュでいっぱいの網を差し出してペコが笑いかける。かまどはぐっと《眼》に集中して、うぞうぞ絡み合う棒状生物を品定め。「どれがいいかな……」と呟いていたが、決め手を欠いて一旦目を閉じた。
「アントニオさん、どうするのがいいと思います?」
口調で暗に『もうちょっと役に立ってくれ』と念じつつ訊ねる。その思いを知ってか知らずか、彼もおちゃらけた表情を引っ込めて答えた。
「地元じゃタコスで食べるナリ」
「タコス……、なるほど」
タコスはメキシコの国民食として広く愛されている料理だ。
トルティーヤと呼ばれる薄いパンに肉や野菜を盛り、ソースを掛けていただく軽食。メキシコの街を訪れればタコスの店舗や屋台がそこかしこに立ち並んでいる。具材のバリエーションも豊富で、肉類が最もポピュラーだが地域によっては揚げ魚を入れたものもある。
――フィッシュ・タコス……いや、スカイフィッシュ・タコス。これはいけそう。
「この分はそうしようかな」
「やったー! タコスだ!」
穴の際でペコが無邪気にジャンプした。危なっかしさを注意するかまど……しかしその表情はグアダラハラの春風のように穏やかであった。
ひとまず獲った分の締めを済ませて、新たな獲物を探しに出たペコに大きめの魚籠を渡す。水の魚と違ってバケツでは逃げられてしまうため、蓋が付いたものをカバンに入れておいたのだ。楽しげな背中を見送って、太い切り株がある多少開けた一角を簡易調理場に決定。
さて始めるか、とパーカーを脱いでセーラー服をあらわにした彼女の背後から、心配そうなアントニオが覗き込んできた。咄嗟に視線をスカイフィッシュに固定するかまど。
「タコスのレシピ分かるナリ?」「分かるんでいいです」
「ナイフ使う?」「それバタフライナイフですよね。料理しづらいんで」
「何かお手伝い」「あっち行っててください」
「…………わかったナリ。ワガハイ向こうで昼寝してるナリ」
力なく去っていくアントニオの足音を聞きながら、かまどの心中に一抹の罪悪感が去来する。
彼だって少し、多少、だいぶノリが鬱陶しいだけで、根は善良で陽気なおじさんだ。そのくらいは彼女だって分かっている。
分かってはいるが、……こればっかりは仕方がないのだ。どうしようもない。彼が視界に入っていると、かまどは、彼女の《眼》は……。
……かつての彼女なら、このまま彼を放置していたはずだ。
「アントニオさん、トルティーヤ作ってもらえますか?」
かまどの申し出に、アントニオが足を止めた。
タコスの皮であるトルティーヤは、餃子の皮とナンのあいの子のような見た目をしたメキシコのパンである。小麦粉で作ることもあるが、トウモロコシ粉が本場流――麓の町で仕入れた粉が通学カバンに入っている。
レシピはさほど難しくなく、粉と同量程度の水、塩とオリーブオイル少々を練ってまとめた生地を、専用のプレス機で伸ばしてフライパンで焼けばよい。家庭で作ることも多く、メキシコの人ならだいたい手作りできるとか。
「任せるナリよ!」
途端に明るくなった声。どたどた走り寄ってくる大型犬みたいな足取りは、遠くで網を振り回している誰かさんにそっくりで、思わず吹き出しそうになってしまう。
――あたし、変わったな。
背中を向けたまま材料と道具を渡し、感慨にふける。
誰かの好意を無碍にしないこと。そもそも好意を好意と認識すること。……かつての彼女は、それができていなかった。それが今、人嫌いとはいえ人並みに人付き合いできるようになったのは――。
思い浮かぶ誰かさんの笑顔。くるくるよく変わる表情で、いつでも純度百パーセントの気持ちを向けてくれる、子犬みたいに純真で従順な、あの子。
――あー、やめやめ! 一人でハズくなって、バカみたいじゃん!
ブンブン大袈裟に頭を振って思考をリセット。かまどは目の前の食材に意識を向け直した。
また来週~!




