スカイフィッシュの捕まえ方
みんな夏休みにやったよね!
《part2》
スカイフィッシュ。当然誰もが知っているだろう。
空飛ぶ棒とも称されるその生命体は、呼び名の通り細長い棒状の胴体の両側に帯状の鰭がついた形状で、空中を泳ぐように飛び回る。体長については諸説あり、数センチから数十センチ、はたまた十メートル以上に及ぶと主張する論者もいる。
いずれにせよ、時速二百キロ以上の超スピードで飛行する、肉眼では捉えられない謎の棒状生物――それがスカイフィッシュである。
一九九〇年代のロズウェルで撮影されたのを皮切りに、スカイフィッシュは主にビデオカメラの映像によって存在を確かめられてきた。本場ニューメキシコをはじめとして世界各地で目撃情報があり、日本でも六甲山といったパワースポットでの発見が報告されている。
そんな中でも特に、スカイフィッシュが大量に棲息していると有名な場所こそ、ここ――メキシコに開いた深淵の門・ゴロンドリナス洞窟なのだ。
「地元だとここで獲ったスカイフィッシュがおやつナリ。心配しなくていいナリよ」
「ホント?! よーし、あたしもいっぱい獲るよ!」
背負っていた円網の柄を握りしめてペコが鼻息荒く宣言する。しかしアントニオはHAHAHAと一笑して指を振った。
「お嬢さん、威勢はいいがそんなのじゃ獲れないナリ」
「えー、そうなの?」
「……じゃあどうやって獲るんですか」
何故かペコより不機嫌なかまど。対するアントニオは依然動じず、担いでいた細長いバッグを開帳した。
「てってれてってってーっててー。釣り竿ー」
「真面目にやってもらえます?」
「ワガハイいつでも真面目ナリよ」
その返事が真面目じゃねーよ。
拳を握り奥歯を噛み締めてかまどは憤りを飲み込んだ。やっぱり人付き合いは苦手だ。
――いや、この人は特にウザいけど……。
ドラちゃんなのかコロちゃんなのかはっきりしないメキシコ人はドヤ顔で竿を取り出した。完全に伸ばすと五メートルほどになる、かなり大振りの釣り竿だ。構造は割と原始的で、手元に簡単なリールが設置されているだけ。特筆すべき点と言ったら糸がやけに長いくらいで、目算で数十メートル分くらいはあるように見えた。
「……釣るんですか」
「もちろんナリ。ワガハイ、子供の頃からやってる名人ナリよ」
ホントかよと訝るかまどを置き去りに、アントニオは糸の先に付いた疑似餌とおもりを穴へと放り投げた。しばらくの自由落下の後、最後まで繰りきったリールが止まり、満足そうに髭面が頷く。
「スカイフィッシュはすごい速さで飛んでるから、こっちから捕まえるのは難しいナリね。だからこうして向こうから来てもらうナリ」
「……で、これからどうするんですか」
「あとは待つだけ。釣り知らないナリ?」
憐れむ口調で訊ねるオッサン。……反射的に突き飛ばしそうになった。危ない危ない。未確認生物密漁以上の罪を重ねたくはないものだ。
かまどがドス黒い感情を抑えている間にも、アントニオは枝や石で竿を固定し、近くの木陰にごろりと横になった。かまどは通学カバンを抱えたまま、冷え切った目で釣り竿を見下ろして訊ねる。
「これ、どのくらい掛かるんですか?」
「さぁ? 釣りの神様は気まぐれナリ。慌てない慌てない、一休み一休み……」
アントニオが一秒足らずの早技で眠りに落ちようとしていたその時、
「かまどーっ! 獲れたぁーっ!」
ペコの能天気な声がジャングルに響き渡った。現地民のありがたい忠告を全無視して駆け回っていた少女が、膨らんだ網を押さえて駆け寄ってくる。
「かまど、見て見て。獲ったよ」
「車より速い奴らが捕まるわけないナリ。どうせ鳥か何か」
「うわ、ほんとじゃん。やったねペコ」
ペコが笑顔で差し出す網の中では、白く照り返す棒状生物がうねうねジタバタ蠢いていた。どう見てもスカイフィッシュです。本当にありがとうございました。
ペコが手掴みで取り出した獲物は、目撃情報の通りに透明感のある乳白色をしていた。体長はおよそ二十センチ。俗説の中で最もそれっぽい大きさだ。キィキィと軋むような鳴き声を立ててこちらを威嚇している。
かまどはフードを外し、差し出されたスカイフィッシュを受け取った。
魚類によくあるひんやりした手触りが心地よい。見た目と質感はイカに似ているが、滑らかな表面に湿り気やぬめりは感じられず、触感としてはヘビ類が近いだろうか。
細い円筒状の胴体の一端には小さな目玉と円形の口が付いている。これは不鮮明なビデオでは分からなかった特徴だ。顎がなく、周状に歯が並んだ不気味な口はヤツメウナギとそっくりだ。もしかすると系統が近いのかもしれない。
胴を縁取るように生えた二枚の鰭を波打たせて人間の手から逃れようと必死にもがいている。だがどうやら加速力は強くないらしく、取りこぼす心配は無いように思えた。
「WOW! なんてこった! 本当に獲っちまったナリ!」
後ろから覗き込んだアントニオが驚きの声を上げた。キャラぐだぐだじゃん、と内心ツッコみながら、かまどはスカイフィッシュの延髄(目算)にナイフを入れて活き締めにする。ビクンと大きく跳ねてからぐったりしたのを確かめて、尾というか尻というか、とにかく頭の反対側にも切れ込みを入れて血を抜いていく。赤い土に染み込んでいく液体は、哺乳類とは違う透き通った色をしていた。
「どうやったナリ? 止まってるのを見つけたナリか?」
なおも興奮を隠せないアントニオに対して、にこにこ笑顔のペコはさほどテンションを上げずに首を傾げる。
「えー? 普通に獲っただけだよ。こうやって」
ビュンッ、と怖ろしい風切り音と共にペコの網が振られた。いや、二人には残像すら見えず、ただ構えた姿勢から振り抜いた姿勢にコマ送りされたように見えた。膨らんだ網の中からさっきと同じ鳴き声が聞こえてくる。
「この辺り飛び回ってるから捕まえやすいよ。ほい、ほい」
気が抜ける掛け声に合わせて神速の網が振られ、そのたびに網の中身が増えていく。
これほど飛び交っていながら存在すら気付かせないスカイフィッシュ。それを金魚すくいより容易に捕獲するペコ。
両者ともに見守るだけの二人には理解不能であり、かまどはただ、愕然とする髭の男に勝ち誇った視線を向けていた。
は?




