聖地へ
ナリ!
《part1》
熱帯の無慈悲な太陽が密林に照りつける。
奇虫が鳴き怪鳥が叫ぶその森は、日本から遥か一万キロ彼方――メキシコ中部に悠然と横たわり、今もなお人類の征服を拒む魔境の地である。
強靭な生命力を誇示するおぞましい深緑の樹海に、土色の線が一本走っている。あまりに心許ないそれは、森の周囲や内部に点在した集落を繋ぐ生活道路――原初的脅威たる密林へのささやかなる抵抗だ。
今にも木々に埋もれそうなその道を、土煙を上げてトラックが走っていた。
二トントラックのような頼もしい代物ではない。埃まみれの幌を揺らし、荷台のサスペンションも半ばイカれているような、中古の小型トラックだ。
荷台の中には十人以上の人間がひしめいていた。長椅子に座り、あるいは立ったまま、思い思いに話し、黙り、揺られている。この手の乗り合いトラックは、ここらの主要な交通手段なのである。
浅黒く、髭を生やした地元の男たちが詰め込まれた荷台……珍しい光景でもない。だがこの日は少しだけ事情が違った。
――荷台の出入り口、足を外へと投げ出して、二人の若い娘が腰掛けていたのだ。二人は東洋人風の顔立ちであった。
一人はパーカーのフードを深くかぶり、うつむき気味で口を閉ざしていた。旅行者風にはとても見えない通学カバンを傍らに従えた少女――さすらいの料理人・かまどは、現れては過ぎ去る路傍の石を眺めている。
もう一人は楽しげに足をぶらぶら揺らし、異国語で歌を口ずさんでいた。癖毛がちの長い髪はプルメリアのようなピンク色。荷台を抜ける熱風に毛先を遊ばせて、神出鬼没のハンター・ペコは今日も上機嫌だ。
余所者は珍しくない土地柄とはいえ、それにしても奇異な二人組。男たちはみな密かに様子を伺っている。
……やがて男の一人がふらりと立ち位置を変えて、長髪の背中に歩み寄った。
気付いた少女は歌を止め、つぶらな瞳で男を見返す。そして男が訊ねた。
「観光か?」
ぶっきらぼうな英語はひどく訛っていたが、ペコは意に介した様子も見せず、メキシコの青空のような笑顔をで返す。
「ううん。ご飯だよ!」
男は怪訝な顔をしてなおも口を開きかけたが、傍らに座った別の男が制した。問うた男は元いた場所へ戻り、ペコは制した男と現地語で二三言ほど交わして頷きあう。
「今の何語? あんた何カ国語話せるの」パーカー越しの呟き。
「ん? 何が?」ペコはあっけらかんに応えて歌を再開。
やがてトラックが止まり、二人の少女と制した男が降りた。すぐに走り出すトラック。巻き上げられた土埃の向こう、傾いた看板には『Sótano De Las Golondrinas』――ゴロンドリナス洞窟へ向かう進路が示されていた。
ゴロンドリナス洞窟――そこは地球上に残された数少ない秘境。
現地語で『ツバメの穴ぐら』と名付けられたその洞窟は、ほぼ垂直に開いた大穴である。地上部において約六〇メートル、地下部分では一〇〇メートル以上を誇る直径もさることながら、三〇〇メートルを超える深さこそが特徴だ。
あまりの深さゆえベースジャンプ――パラシュートだけを背負って飛び降りる極限スポーツ――の聖地としても知られるが、一方で内部の探索は完了しておらず、今なお神秘のベールを被った暗黒の地である。
そんな洞窟のほとり、切り立った崖の頂上に、三つの人影が姿を見せた。
真っ先に穴を覗き込んだのは目を爛々と輝かせたペコ。この暑さでもパーカーを脱がないかまどがそれに続く。しんがりにつくのは二人と共にトラックを降りた男、現地ガイドのアントニオである。
「今日は観光客も居ないナリ。静かでちょうどいい具合ナリね」
アントニオが流暢な日本語でそう言った。
彼は日本のアニメに魅了されて日本を知った男。青いロボットや白いおばけやちょんまげロボットを通じて習得した日本語スキルで日本人向け現地ガイドをしているのだ。これなら国際コミュニケーション能力が不安なかまども安心。別の意味で関わり合いになりたくない空気を纏っているのはご愛嬌である。
「本当にこんなところで獲れるんですか?」
胡散臭そうな声色を隠さないかまどに、アントニオはサムズアップにウインクまで付けて真っ白い歯を輝かせた。
「当然ナリ。ここは世界一有名なスカイフィッシュの聖地ナリよ」
明日も更新!




