実食!
美味しい!
《part10》
二人は箸を取って、示し合わせたようにまずは皮無し肉を口に運んだ。
「……柔らかい! 美味しい!」
「さすがに『口の中でとろける』って感じではないけど」
オーバーリアクションのペコに向けた苦笑は、同時に照れ隠しでもあった。
「でも鶏肉みたいな食感で食べやすいね、ペコ」
繊維質な肉は口の中でほどけて、野生動物とは思えない食べやすさだ。
「確かに。味も鳥に似てるかも。なんだっけ、バッタリじゃなくて、ガッカリでもなくて……」
「あっさり?」
「それそれ。優しい味がする」
「一応調味料あるから、味足りなかったら使えるよ。ポン酢とか醤油とか」
かまどがカバンから瓶を覗かせるが、ペコはブンブン首を振って応じた。
「全然要らない! このつゆで十分」
「だよね。良い出汁取れて何より」
湯気が立つ汁を一啜り。
動物性のスープは澄んだ味をしており、肉の淡白な味わいを損なわない。ぶつ切りにした四肢と甲羅、二種類の骨から出た旨味が調和しているのだろう。
これは確かに、調味料を入れると繊細な味が隠れてしまいそう……山奥に隠れる河童の生態と同じということか。シメのうどんが今から楽しみだ。
「皮も美味しい。もきゅもきゅしてる」
ペコの歓声に誘われて、かまども皮付き肉をつまみ上げる。
味に似た淡い色合いとなった身の部分に比べて、野菜にも負けない鮮やかな緑の皮が目を楽しませる。茹でる前は暗緑色だったはずだが、エビを茹でると赤くなるようなものだろうか? キュウリに似た匂いは皮付きのほうが強いように感じる。
冷ましながらの観察を終えて、ぱくりと一口。
「うん、弾力があって食べごたえあるね。これも鶏皮に近いけど、もっと厚手で弾力的……」
「かまど、こっちはもっとぷるぷるしてるよ!」
嬉しそうな声を上げたペコは、河童の掌をくわえて満足げだ。明らかに手の形が残るその肉に一切躊躇せずかぶりつけるのがペコのペコたる所以だろう。
かまどは流石に真似しがたく、箸でバラせないか試行錯誤していたが、やがて諦めて指の一本にしゃぶりついた。
「うん……肉は少ないけど、水かきがゼラチン質だね。コラーゲンいっぱい入ってそう」
「コラーゲン?」
「お肌がすべすべになるよ、ペコ」
「お肌……? すべすべだと良いことあるの?」
素朴な疑問に首を傾げるペコ。その頬は乳児のようになめらかでピンと張った卵肌、ついでに髪は癖毛がちだがつやつや完璧キューティクル。無性に腹が立ち引っ張ったほっぺたは憎らしいほどよく伸びて、見た目に違わずモチモチだった。
……気を取り直して。ひとまず箸は肉を離れ、助演俳優たちへと向かっていく。
しっかり煮えた白菜は口に含むとほろりと崩れて野菜の甘みを届けてくれる。椎茸にはよく出汁が染み込んで、噛んだ途端にじわっと濃縮された旨味が溢れ出る。人参は歯応えを残しているが、しかし同時に芯まで火が通ってスープの風味を纏っている。
「……んっ! 人魂、前食べたときより美味しい!」
「そうだね。しっかり煮込んだらミント味が薄くなって、代わりに出汁が染みてるのかな? 肉の風味も邪魔しないし、意外な名コンビって感じ」
……と、一通り無難な具を確かめて、かまどの箸が一番の懸念――ブラッドソーセージへと向かった。
市販よりも二回りほど太いソーセージたちは皿の中で掌に次ぐ存在感を示している。不安材料だったグロテスクな赤色は加熱によって落ち着いた赤褐色となっている。
鮮やかな緑になった斑点が不安を煽るのは変わりないが、血の色でなくなった分多少食べ物らしく見えるようになった……気がする。多分。おそらく。メイビー。
にらめっこしても仕方ない。意を決してかじりつき、固めの外皮を噛み切る。
「……っ! これ、いける……!」
「ほんと、おいしい!」
遅れてペコも歓声を上げた。
まず口の中に広がるのはギョウジャニンニクの豊かな薫り――本能が刺激されて唾液が湧き出る。そこに具材が現れて、ペースト状の粘っこい食感が舌の上に広がっていく。
「なんだかねとっとしてる」
普通のソーセージとは一風変わった舌触りに、ペコが珍しく面食らった顔を見せた。かまども興味深そうに味覚と嗅覚をフル稼働。
「レバーを濃縮したみたいな味だね。成分が似てるから当然っちゃ当然だけど、でも普通のレバーみたいな臭みは全然ないし、コクが奥深くて濃厚……」
「でも……ねっとりだけじゃないね。もきゅもきゅとか、コリコリとかもする」
「もきゅもきゅは皮、コリコリしてるのは心臓かな。いい具合にアクセントになってる」
もとが液体だからだろうか、隣に並んだレバーそのものと比べると、舌触りが柔軟で口いっぱいに広がっていく。危惧していた血の臭いも確かに抜けていて、視覚を脅かした皮などの混ぜものも咀嚼のリズムに変化をつけて楽しませてくれる。後味として残る鉄分の風味も不快さは引き起こさず、むしろ珍味としての趣を感じさせる。
これは、これは……、
――ブラッドソーセージ、絶品……っ! さすがあたし!
かまどはソーセージと肉を交互につまみ、心中で惜しげない自賛を繰り返す。
ペコはその向かいから箸を伸ばして、鍋の中央に鎮座したクリーム色の球――尻子玉(未確定)を掴んだ。
「これも、いただきます!」
元気よくぱくりと一口。目を閉じて味わう。
ハツとはまた違うくにゅくにゅした弾力を持つ丸い塊を噛み切ると、中には脂身のような、モツのような、ふわふわの組織が詰まっていた。ブラッドソーセージのコクをさらに凝縮したような滋味――噛むごとに尽きることなく湧き上がってくる。味が違うとはいえ、固くはないが溶けるでもなく歯ごたえがあるこの感じ、先程の人魂に似ているような気がする。
――尻子玉って魂なんだっけ。まぁ何でもいいけど、とにかく……。
「おいしい! 尻子玉おいしいよ! 取りたくなるのも分かるね!」
目をカッと見開いてかまどに興奮を伝えるが、返ってきた視線は冷ややかだった。
「一人で食べたな。分けるという発想は無いのか、貴様は」
「えっ、あ、ごめん……。今度はかまどにあげるね」
「うむ。次から心せよ」
一瞬で萎れたペコは、かまどのおどけた返事で再び元気を取り戻して鍋に興味を戻した。
かまどとしても、正体が何なのかまるで分からない尻子玉(希望的観測)に興味が無かったといえば嘘になる。
しかし自分から行く勇気が無かったのも本音。いわばペコは実験台、レシピ改善に向けた人柱として利用した恰好……正直後ろめたさすらあった。
でも美味しかったなら結果オーライ。かまどの腹黒い部分がほくそ笑む。
詳しい感想聴取は食後にするとして、かまども箸を進めていく。
夏の盛り、昼も過ぎて暑さは最高潮に達しているが、二人は焚き火を傍らにして湯気の立つ皿を笑顔でつついている。もう野菜とスライス肉は大部分が浚われて、ソーセージも半分以上食べ尽くされていた。
「そろそろ第二弾行っちゃおうか。ペコ、薪もう少し拾ってきてくれる?」
「いいよ! あの木、折ってくればいい?」
「いや多い多い。てかあんな大木、重機じゃなきゃ折れないでしょ」
「んー、そう? もうちょっと食べて、力が溜まったらいけそうだけど」
「じっちゃん、あの人達だよ」
繁みから聞こえてきた声に二人が振り返る。獣道をかき分けて川原に姿を見せたのは、先刻走り去ったタンクトップの少年と、猟銃を抱えた老齢の男性――少年の祖父だった。
明日も2話更新します!




