調理も大詰め!
河童の生首。
《part9》
「ペコ、沸いてる?」
「んー、あったまってはきてるけど、沸騰はまだ」
「じゃあちょうどいいかな」
言いながら、とぷん、とぷん、と甲羅鍋にソーセージを投入。具が柔らかいブラッドソーセージは低めの温度からじっくり茹で上げるのが最適なのだ。
今にもつまみ食いしそうなペコにステイを命じつつ、かまどは別の具材の準備に取り掛かった。
カバンから取り出した持参品は万能ねぎ、白菜、椎茸、人参といった鍋オールスターズ。水っぽい豆腐や主張の強い春菊は欠場、肉を引き立てる盤石の布陣である。
「ふっふっふ……。ペコ、ここにさらにスペシャルな具を入れるんだけど、何だと思う?」
「わかんない!」
「おぉう、ノータイム。クイズしがいの無いやつめ」
ペカッと光ったペコのアホ面にデコピンを一発かましてから、かまどは鞄からタッパーを取り出した。
安っぽい蓋を剥がすと中から冷気が漏れ出してくる。くったり力なく並んだ青白い玉にペコが快哉を叫んだ。
「あっ、人魂だ! この前取ったやつ?」
「そうそう。勝手に冷えるし、保存が楽でよかったよ」
ざく切り野菜と人魂一掴みを煮立ってきた甲羅に入れると、それだけでずいぶん鍋としての体裁が整ってくる。
「ねぇかまど、キュウリ入れようよキュウリ」
「え、なんで」
「河童巻きにはキュウリ入ってるし」
「それ代用品でしょ。むしろ河童肉を巻けるよ、あたしたち」
「えー。カニとカニカマは違うじゃん!」
「はいはい、次のお楽しみね」
軽口を叩きながらも包丁を動かし、食べやすい大きさに切ったレバーをスライス肉の残りと合わせて煮立ってきた鍋に入れる。最後にとっておきの珍味、尻子玉(暫定)を真ん中にぽちゃり。
川原に生えていたホウノキの葉を即席落し蓋として活用――ホウノキは古くから殺菌作用が知られ、また香りも良いことから、朴葉寿司などの郷土料理にも使われている。
といった具合に具材も一通り入れ終わり、後は煮えるのを待つばかりとなった。
出来る範囲の始末をして、かまどは水際に腰を下ろした。ようやく一段落、臨戦態勢だった視野がふっと広がり、彼女は改めて周囲を見回す。
夏の太陽は厳しいが、アスファルトの照り返しが無いからか都市部より健康的に思える。眩しいほどの深緑。吹き抜ける山風が草木の薫りを運び、額の汗を冷ましていく。
重苦しい登山靴と靴下を脱いで、少々荒いが涼やかな渓流に足を浸すと、疲労と緊張で凝り固まった全身を解き放つ爽快感が彼女を満たしていった。
「あっ! かまどずるい! あたしも休みたい!」
労働者革命とばかりに立ち上がったペコは全身汗だくだ。納涼富豪のかまどが鷹揚に振り返る。
岩の上には河童の生首。
余った肉は第二弾に備えて、ビニール袋に入れて川の水で冷やしてある。軽快に爆ぜる焚き火は熱と音だけでなく、鬱陶しいがどこか懐かしい煙の匂いも発している。
そして火に掛けられた甲羅鍋からは、見ただけでよだれが誘われそうな湯気が夏空へと立ち上り始めていた。
――あー、やっぱ楽しいな、料理。
「火はあたしが代わるよ。おつかれ」
裸足で立ち上がったかまどとハイタッチして、ペコはそのまま大ジャンプで川の真ん中へ姿を消した。岸まで飛び散る水飛沫に今日何度目か分からない苦笑を漏らし、かまどは炎から少し距離を置いて座り込む。
その後。
直射日光に耐えかねて大きい葉っぱをかぶってみたり、木立の中に鹿の親子を見つけて「もみじ鍋もいいなぁ……」なんて呟きを零したり、再び全身濡れ鼠となって川から出てきたペコを拭いてやったりしていると、ペコの小鼻が動いて瞳がきゅるんと輝いた。
「いい匂い! してきた!」
「ん、そうだね。肉と野菜と……あと何か別の匂い?」
「うーん……あっ、分かった!」
ペコが右手を突き上げながらぴょんと跳ねて、
「キュウリ! キュウリだこれ!」
さっき話していたからってそんなまさか……と訝しみながら、かまども鼻の奥に意識を集中させてみる……。
「……確かに、言われるとそうとしか思えない」
「でしょ。河童だからかな?」
安易な連想に苦笑いしていたかまどであったが、にわかに腑に落ちた顔になって「あー、そういえば」と頷いた。
「鮎はキュウリとかスイカに似た匂いがするって聞いたことがある」
「へぇ、なんで?」
「食べてる藻の成分が身に移るから……とかなんとか」
「じゃあやっぱり! 河童はキュウリ食べてるもんね!」
「それは……どうなのかな」
ともあれ、肉料理でありながらこのような涼やかな風味は中々珍しい。かまどの料理手帳に新たな覚書が加えられた。
「案外生臭くないね」
「あんなにヌメヌメしてたのに……うぅ~思い出しちゃった」
「だから網とか使おうって言ったのに」
「次はそうする……」
素材の味を確かめるために調味料は少なめにしたが、素朴な中にもアクセントを感じる匂いだけでも二人の胸に期待が膨らんでいく。
落し蓋を引き揚げると、野菜類はしんなりと茹で上がり、肉は火が通って白みを増していた。人魂たちも餅のような顔をして出汁の中でぐつぐつ揺れている。
皮付き肉の皮は加熱前より鮮やかな緑色になっていたが、不思議と生肉のときの不気味さは軽くなったように見える。
「結局夏なのに鍋にしちゃったね。もっと季節感あるメニューにすれば良かったかな」
「季節感って?」
「うーん……流し河童?」
適当に答えたかまどの脳裏で、ウォータースライダーに並んだミニ河童の団体様がそのままペコの口にダイブする白昼夢がフラッシュする。何だこれ。川流れってレベルじゃねーぞ。
「あたしは鍋オッケーだよ。ちょうど肌寒かったし!」
「それ今まで泳いでたからでしょ……あたしも泳ごうかな」
「えー。先食べようよ」
「はいはい」
おたまで全体の様子を見て、配膳の準備を始めるかまど。カバンから次々と汁椀を取り出して訊ねる。
「ペコ、お椀どれにする?」
「あたしいいよ。これにする」
「これって、どれ?」
振り向いたかまどの視線の先には、河童の生首を鷲掴みにしたペコの姿。天真爛漫な笑顔の少女が、頭頂部の皿をブチィッ!! と引き千切るのを目の当たりにして、乾いた笑いと共にため息をついた。
「……ちゃんと向こうで洗ってきなよ」
「はーい」トテトテ走り去るペコ。
とぐろを巻いたソーセージを切り分けて、野菜の柔らかさを確かめる。自分用の器は小さいウサギの模様がついたものを選び、ペコが笑顔で差し出した自分の皿(いや河童の皿だけど)と均等に盛り付けていく。
皮付きと皮無しの肉を数切れずつ。各種野菜、人魂。ソーセージを二本。それと出汁を取るのに使った掌を一つずつ。
「平たいからこぼさないようにね」
「はーい」
岩に腰掛けたペコは、皿を膝に置いてかまどの号令を待ちわびていた。即座にがっつかないのはかまどの躾の成果だ。
成長っぷりに密かに感動しつつ、かまどが両手を合わせると、真似するようにペコも合掌のポーズ。
「それじゃ、『丸ごと河童汁』……いただきます」
「いただきまーす!」
今日はもう1話あります!




