少女たちの査問会
人の噂も75日というが、5月の連休はたかが数日でそのくらいの威力を発揮する。
クラスの女子の会話は、4月から続く毎日の美少年報告から始まって、休みの間の部活やレジャー、恋の話題で百花繚乱状態になっていた。
あたしもようやく一安心できた。
お兄ちゃんの存在がクラスに知れた次の日などは大変だったのだ。
あたしが教室に入るなり、肌に殺気が走った。
思わず身構えたときには、もう完全包囲されていた。
こいつら……本当は忍者?
そんなわけはないのだが、そう疑わせるほど隙のないコンビネーションで、あたしはセーラー服の襟首つかまれて自分の席に座らされた。
できる……。
まるで本気で怒ったときの母さんみたいだ。
母さんの場合は、そこでCIAや旧KGBでさえ秘密を吐かせられるくらいの尋問が始まる。
じゃあクラスの女子はというと。
「……菅藤瑞希さんよね」
いつもの報告をする黄色い声が低く尋ねた。
座ったあたしをぐるりと取り囲んで見下ろす女子の群れには、妙な威圧感がある。
「……はい」
しまった!
答えちゃった!
こういうときはバレるまで完全黙秘が定石なのに。
「この子知ってる?」
黄色い声が全員を見渡す。
一同が首を横に振った。
OK。
母さんがあたしを名門私学に入れたのは、こういう理由もあるのだ。
それまでの人間関係を断ち切る。
下手に過去を知ってる人が多いと、いざというとき正体を偽れない。
まあ、先生が帳面をめくれば分かるんだけど。
だけど、尋問の矛先はやっぱりあたしに向けられた。
「小学校は?」
「……この辺です」
やっと冷静さを取り戻せた。
あたしもまだまだだ。
だが、敵もさるもの。
刑事ドラマの取調室よろしく、机がバンと叩かれた。
「正確に」
黄色いんだか低いんだかよく分からない声が凄む。
新手のいじめか?
それがないのを期待して、母さんは倫堂学園を選んだんだけど。
まあ、しゃあないか……。
あたしは答えなかった。
完全黙秘は市民の権利だと母さんに教わっている。
朝礼まで粘れば、こっちの勝ちだ。
あとは授業が終わった瞬間、姿を消せばいい。
あ~あ、高等部に上がるまでこんな生活を送るのか……。
でも、こいつらの狙いは何……?
即席の査問官は、ふっと笑った。
「高等部の演劇部にね」
ぎく……。
お兄ちゃんの話?
何で? 何でそこまでこだわるの?
「何て言ったっけ……結構いい感じの部長がいるんだけど」
そっちか……。
あたしには関係ない。
余計なことに興味を持つな、知らないことは話しようがない。
これも忍者の常識だ。
まあ、この分なら朝礼までには解放されそうだ。
そう思った時だった。
「一緒に練習してるの、お兄ちゃんじゃない?」
「さあ……」
しまった。
やられた……。
ここは「お兄ちゃんなんかいない」だ!
周囲の空気が、一瞬だけ凍った。
気づかれたか。
「そう」
黄色い声が静かに答えると、包囲は解けた。
よかった、いわゆる素人の一般人で。
間もなく朝礼が始まって、今まで通りの1日が始まった。
だけど、甘かった。
男のことで一旦シラを切ると、女は後が怖い。
母さんは、あたしにそれを教えてはくれなかった。




