692手目 イマーゴ
※ここからは、内木さん視点です。
今日は藤花の学園祭。
駒桜市内では、かなりの人気イベント。
中等部もいろいろ出し物をしているけど、私は将棋部の裏方。
お菓子のラッピング係だった。
オーブンで焼いたクッキーを、小箱につめて、ピンクのリボンで結ぶ。
その繰り返し。
いっしょに作業していた夏希は、
「学園のアイドルふたりが裏方か……経営ミスだと思うね」
と、笑みを浮かべながらつぶやいた。
私とは意見の相違。
「そういうのを目当てでくるお客さんが、増えるだけでしょ」
「客が増えるのはダメ?」
客層というものがある。
私はそう考える。
夏希は、私の心を見抜いたように、ほくそ笑んだ。
「アイドルが客層を気にするのは、妙じゃないかな?」
私はラッピングの手をとめた。
「それは偏見でしょ?」
「すまない。そういうアイドルのイメージが、僕のなかでは先行してる」
「イメージはイメージ、リアルと混同しないで」
「イメージはリアルをかたちづくる。クリエイティビティの源は、イマジネーションだからだ」
私は嘆息した。
ラッピングを手早く済ませ、もうひとつのリボンを手にとる。
「横文字の濫用は……」
「なぜ、20世紀における日本のイメージは、フジヤマ、ハラキリ、ゲイシャだったんだろうね? 彼らはじっさいの日本をみて、そう思ったんだろうか? 映画やコミックなんじゃないかな?」
なるほど、言いたいことはわかった。
なぜ夏希がそんな話を始めたのか、今度はそれが気になった。
「このQ&Aは、どういう風の吹き回し?」
「例えば、僕たちが舞台の登場人物だとするだろう」
「夏希が主人公の?」
「やぶさかではないけれど、今はおいておこう。その舞台では、レズビアンとかゲイとか、あるいはトランスジェンダーのひとたちが、なんの説明もなく出てくるとしよう。つまり、日常的にありふれた存在として登場する、ってことだね。そういう作品は、観客に対してふたつの異なる効果を持つと思う」
どんな、と、私は訊いた。
「ひとつは、ポジティブなもの。そういうひとたちが現にいる、ということ、しかも現に日常的にいるということに、観客は馴染むかもしれない。もうひとつは、ネガティブなものだ」
夏希は、そこで間をおいた。
当てて欲しいのだろうか。
だけど、私には見当がつかなかった。
「答えは?」
「べつに答えがあるわけじゃないよ。僕の意見では、隠蔽だ」
「インペイ? ……隠しごと? なにを?」
「リアルを。そういうひとたちは、日常的にはまだ受け入れられていない、というリアル。マイノリティが日常に溶け込んで登場するシナリオは、マイノリティ差別があることを消し去っている。ここにはつまり、二重のリアルがあるわけだ。ひとつは、マイノリティが端的に実在しているという事実、もうひとつは、彼らがじっさいには社会に包摂されていないという事実」
どうやら、作劇論の話だったようだ。
夏希は、こういう議論をときどきすることがある。
さてどう返したものか、と迷っていると、入り口から声をかけられた。
高崎先輩だった。
「おーい、レモンに客が来てるぞ」
「すみません、そういう指名はお断りで」
「なんか眼帯つけてるコスプレ女なんだが」
……………………
……………………
…………………
………………伊吹さん?
「夜ノ伊吹さんですか?」
「わかんね。サインもらってるやついるし、有名人?」
有名人といえば、有名人。
私はどうしたものか、迷った。
すると、夏希は、
「会っといたほうが、いいんじゃない。同業者は大切にしないとね」
と、いかにもそれらしいことを言った。
私は本日2度目の嘆息をして、
「すぐもどるから、ラッピングをお願い」
と頼んで、部屋を出た。
ちょうど売店のところに、ひとだかりができている。
その中心に、ミイラ女コスプレの少女がいた。
写真を撮ってもらったり、サインをもらったりしているひとも、ちらほら。
それが掃けるのを10分ほど待ったところで、伊吹さんは、ようやくこちらに手を振った。
「はーい、ごぶさたちゃんです」
私はひとさしゆびで、こっちへ来るように合図した。
伊吹さんは、はいはい、という感じで、こちらに歩み寄った。
「ゆびでひとを呼ぶのは、失礼だと思いまーす」
「なんでここにいるの?」
「それが第一声ですか? アイドル失格ですね」
「減らず口はいいから、さっさと理由を説明しなさい」
伊吹さんは、肩をすくめた。
「近場でロケがあるんで、ちょいと寄ったんですよ」
「ロケ?」
「『モンスター娘、B級グルメの旅』です。観たことないんですか?」
ないない。
関西ローカルでしょ、どうせ。
とはいえ、それは最大級に失礼だから、私は言葉を選んだ。
「休憩時間にわざわざ立ち寄るなんて、ご苦労様……」
と、そこまで言いかけて、イヤな(?)予感が走った。
「……もしかして、私に頼みごと?」
伊吹さんは両手を挙げて、わざとらしく驚いた。
「あれぇ、なんでわかりました?」
「でなきゃ他校の文化祭に、わざわざ来ないでしょ」
「顔を売りに来てる、とは思わないんですか?」
もう、ああいえばこういう。
「私は出店があるんで、また」
「ちょっと待ってください。短気は損気ですよ」
「時は金なり、でしょ。用事があるの? ないの?」
伊吹さんは、ある、と答えた。
「大都会OKAYAMA*が完成したっていうニュース、見ました?」
もちろん、と私は答えた。
大都会OKAYAMAというのは、瀬戸内海の人工島に作られた経済特区だ。囃子原グループの、次世代産業構想にもとづいて設計されている。EVやドローンのようなハードウェアから、AIのようなソフトウェアまで、幅広い分野を対象としていた。
「それがどうかしたの?」
「落成イベントに、将棋関係者の応募枠があるんですよ。3人一組で」
へぇ……ってことはッ!
「まさか、私と組む気?」
「2回も組んでますし、どうですか?」
うむむ……ここはつっぱねたい。
でも、つっぱねにくい理由があった。
私はその情報を知らなかったからだ。
話を聞いてみると、一般公募というわけではないらしい。
伊吹さんと組まないと、出られないかもしれない。
「……わかった、スケジュール調整してみる」
「サンキュッキュです」
「3人目は、どうするの?」
伊吹さんは、媚びを売るような笑顔で、両手を合わせた。
「というわけでぇ、将棋仮面に連絡取ってもらえません?」
そういうことかぁ。
私はあきれ返った。
「それが狙いだったわけ」
「いえいえ、檸檬ちゃんなら将棋仮面かなあ、と思っただけです」
嘘を言うな。
「棋力が高くて、話題性があるひとを呼びたかったんでしょ」
「ものは言いようですね」
「そもそも将棋イベントなの? また将棋大会?」
「さあ」
「さあ、じゃない。ほんとはなにか知ってるんでしょ? 正直に……」
「すみませーん、サインください」
「「はーい♪」」
*63手目 高校生男子の部A5回戦 六連vs捨神(2)
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