690手目 がめつい
「負けました」
ひとりの男子が、頭をさげた。
白装束のお姉さん──タマさんは、ニャハハハ、と笑いながら、
「ありがとうございまたたび」
と勝ち誇った。
ここは、グラウンドの出店街。
一番端っこのテントに、対局席が設けてあった。
学習用の机に、椅子をふたつくっつけただけ。
ルールは簡単。
一局100円で、10秒将棋。タマさんが先手番固定。
タマさんに勝ったら、10万円がもらえる。
十数人のひとだかり。市立の生徒は半分くらいで、残りの半分は他校の生徒だった。おとなは……ひとりだけいるっぽい? 集金係のお姉さん。真っ赤なロングヘアで、ずいぶんとノリのいい言動をしていた。
「はいはい、参加賞の飴をあげるよ~それじゃ、次のひと~1回100円」
なんだか妙な雰囲気。でも、もっと妙なのは、べつのところにあった。
タマさんが連戦連勝しているのだ。
松平は、
「あのお姉さん、強いな」
と感心していた。
いや、そんなはずは……私と指したとき、そんな感じはしなかった。
それを裏付けるように、あとから来た箕辺くんも、
「タマさん、めちゃくちゃ強くなってるな」
と驚いていた。
捨神くんは、
「アハッ、伸びしろがあったんだね」
と笑った。
タマさんを過小評価するつもりはないけど……なんか違和感。
短期間で、こんなに強くなる?
とかなんとかやってるうちに、またひとり負けた。
とはいえ、ここまでは、将棋部じゃない飛び入り参加の生徒ばかりだった。
そろそろ、本職が立候補するのでは?
おたがいに窺い合っていると、箕辺くんが立候補した。
「タマさん、おひさしぶりです*」
「おお、ひさしぶりじゃな。今度は負けんぞい」
ふたりは一礼して、タマさんの先手で始まった。
パシリ パシリ パシリ
おっと、イケそうじゃない?
箕辺くん、がんばれ。
パシリ パシリ パシリ
あれ? ……負けちゃった。
箕辺くんは、
「うまく逆転されちゃいましたね」
と言って、ちょっとがっかりな様子。
「ニャハハハ、これで借りは返せたの」
うーん、箕辺くんじゃ、勝てないのか。
これを見た葛城くんは、
「ボクが挑戦してみよっかぁ」
と、赤髪のお姉さんに100円を払った。
「まいど~それじゃ、タマさん、よろしく~」
パシリ パシリ パシリ
明らかに優勢。
今度こそイケそう。
パシリ パシリ パシリ
……負けた。
「ふえぇ、タマさん、終盤強過ぎぃ」
「ニャハハ、だてに長生きしておらんぞい」
葛城くんでもダメ。
となると……何人かの視線が、捨神くんへ向かった。
捨神くんは、これをあっさり受けた。
「じゃ、僕が挑戦するね」
赤髪のお姉さんは、
「お、白髪のにーちゃん、威勢がいいね~」
とご機嫌だった。
捨神くんは着席して、対局開始。
パシリ パシリ パシリ
また優勢。
問題は、ここから。
さすがに捨神くんの終盤力なら──
パシリ パシリ パシリ
えぇ……これで勝てないんだ。
捨神くんは、すこし残念そうな顔で、
「ありがとうございました。かっこ悪い詰まされ方でしたね」
と言って、離席した。
私はこの状況に困惑して、
「こ、これ、だれも勝てないんじゃない?」
とつぶやいた。
すると、となりにいた松平は、深刻そうな表情で考え込んでいた。
「……あやしいな」
「あやしい?」
「さすがに強過ぎないか? 毎回逆転勝ちなのも変だ」
た、たしかに。
終盤の入り口までは悪くて、最後に逆転勝ちしている。
私はちょっと考えて、
「……もしかして、イカサマ?」
と小声で言った。
「あんまり疑いたくないが、状況が状況だからな」
私は、周囲をちらりと見た。
捨神くんたち3人も、輪になってひそひそと話をしている。
あっちも疑ってるっぽい。
とはいえ……タマさんがイカサマ?
それはそれで、イメージと違うんだけど。
そもそも手口は?
私は、
「終盤の逆転パターンだと……ソフト指し?」
と予想した。
「俺も、その可能性が高いと思ってる……いっちょ試すか」
松平は、対局に立候補した。
100円払って、チャレンジ。
私は盤面じゃなく、タマさんや赤髪お姉さんの動作をよく観察した。
パシリ パシリ パシリ
優勢。ここまでは、なにもあやしくない。
問題は、この先だ。
私は念入りに監視した。
パシリ パシリ パシリ
……………………
……………………
…………………
………………ま、負けた。
松平は頭をかいて、
「負けました。お姉さん、強いですね」
と、納得のいかないようすだった。
「ニャハハハ、もう一局やるか?」
「いえ、出直してきます」
松平はもどってきて、タマさんのほうを見ながら、
「どうだった?」
と訊いてきた。
「ごめん、全然わかんなかった」
「赤髪のお姉さんは?」
おかしな動作はなかったと、私は答えた。
目くばせしたり、なにか合図を送ったり、そういうことはなかった──と思う。ときどき、もらった100円をチャラチャラさせたり、コイントスみたいにして受け止めたりはしていた。だけど、それは自然な暇つぶしで、規則のようなものは読み取れなかった。
松平は、頭に手をあてて、
「でもなぁ、仮に終盤力が異常でも、勝勢側が正確に指せば、勝てるはずだ」
とぼやいた。
「理屈のうえでは、ね」
「さっきのだって、俺が詰まし損ねなかったら、勝ってたはずだ」
「え? 詰んでた?」
「詰んでた。6九馬、4八玉、4七馬、同玉、4九飛成以下、並べ詰みだ」
私は嘆息した。
「わかってたのに詰まし損ねたの?」
「4九飛成に3六玉だと思ってた。4八金と打たれて……」
松平は黙って、目をほそめた。
眉間にしわを寄せる。
「……そのあと、どう指したっけな?」
「もう忘れたの?」
「思い出せん」
数分前ですよ。
4八金と打たれて……あれ? なんだっけ?
なんかこう……逆転した手順を思い出せない。
戸惑う私たちをよそに、赤髪のお姉さんは、
「あれあれ、どうしたの? サマを疑ってる? じゃあ、サマを見抜いたら10万円あげる、っていうルールも追加しようか」
と煽ってきた。
えー、これはもう、タネがあるでしょ。
というわけで、いろいろなメンツが入れ替わり立ち代わり挑戦した。
だれも勝てなかったうえに、イカサマの仕組みもわからなかった。
私が挑戦したときも、ダメ。
終盤で、なんだかいきなり負けてしまったのだ。
飴だけもらって、引っ込む。飴は美味しかった。
松平は、
「服のなかに、なにか仕込んでるんじゃないか?」
と疑った。
「ボディチェックさせてもらう?」
「そうだな、女性陣のだれかに……」
その瞬間、飛瀬さんが現れた。
「はい、現行犯……逮捕……」
赤髪のお姉さんの顔色が変わった。
「げぇッ! シャートフ星人ッ!」
「宇宙連合非加盟惑星における思考介入技術の使用により、逮捕します……」
「おまえだって使ったことあるだろッ!」
「記憶にございません……」
え? え? え?
混乱する私たちをよそに、赤髪のお姉さんとタマさんは、道具を持ってトンズラしてしまった。飛瀬さんもそれを追いかけて、どこかへ消えてしまった。
……………………
……………………
…………………
………………どういうこと?
捨神くんは、
「アハッ、あのひとも宇宙人だったんだね。イカサマじゃなくて、スペーステクノロジーだったんだ」
と笑った。
いや、そんなわけないでしょ。騙されてますよ。
一方、松平は、
「逃げたってことは、飛瀬に見抜かれたのか? どういうイカサマだったんだ?」
と首をかしげていた。
私は腕組みをして、深くタメ息をついた。
「飛瀬さんも、気が利かないわねえ」
「ん、なんでだ?」
「こっそり教えてくれたら、10万円もらえたのに」
「う、裏見、けっこうがめついな」
がめついとか言わない。
*159手目 裏見大先輩の証言
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