687手目 すなおな感想
次は、那賀さん。
那賀さんは頭をかきながら、
「すみれは、自慢できるような棋譜がないから、仲良しの伊代ちゃんとにしますじょ」
と照れ笑いした。
全然オッケー。
「すみれの先手で、序盤は角換わりでしたじょ」
【先手:那賀すみれ(T島県) 後手:宇和島伊代(E媛県)】
僕は、予定の作戦?、と尋ねた。
「なりゆきですじょ。最初は矢倉にしようかと思ってたけじょ、伊代ちゃんの3四歩が自信満々だったから、やめましたじょ」
雰囲気系の序盤。
以下、オーソドックスな腰掛け銀に移行する。
【36手目】
僕は、
「単純に組んじゃうと、どうしても千日手になりがちだよね。本譜は意識してた?」
と訊いた。
「千日手はちょっと思いましたじょ。すみれが飛車をうろうろしてたら、伊代ちゃんのほうから攻めくれましたじょ」
36手目以下の、2五歩、4一飛、7九玉、3一玉、6八銀、8五歩、7七銀、2二玉、6九飛、8一飛、8八玉、4一飛、2九飛、6五歩のことだね。
この攻め自体は、悪くない。
アマだから、ムリに先手番を取りにいく必要もない。
那賀さんは、手を進めながら、
「すみれが迷ったのは、9二香のときでしたじょ」
【58手目】
「端攻めが怖いから、すみれも攻めようかと思いましたじょ。でも、いい手が思い浮かばなくて、伊代ちゃんに攻めてもらうことにしましたじょ」
僕はこれを受けて、
「宇和島さんのほうに、攻める気配があったってことかな?」
と確認を入れた。
「そんな気がしましたじょ」
その理由を、那賀さんは説明できないようだった。
長年の付き合いから察した、ってやつかな。
那賀さんの待機方法は、5九飛。
これに宇和島さんが6六歩と伸ばして、2九飛に8六歩。
那賀さんの予定通り、後手から攻めてきた。
同銀、6五銀、同銀、同桂、3八角。
【67手目】
僕は、
「この手は、解説でも評判が良かったよ」
と伝えた。
那賀さんは頭をかいて、
「えへへ、照れますじょ。打ったときは自信なかったですじょ」
と言った。
AI的にも、最善手なんじゃないかな。
これに宇和島さんが長考。
3分使って、6七銀と打ち込んだ。
以下、後手の攻めに、先手の受け、という展開。
【78手目】
僕は、
「ここでの形勢判断は、どうだった?」
と訊いた。
「お恥ずかしながら、覚えてないですじょ」
「今見て、どうかな?」
「むつかしい質問ですじょ。後手が攻めてるから、後手のほうを持ちたいですじょ」
「先手は7七銀と打ったよね。2四歩の攻め合いは考えなかった?」
「ほんとによく覚えてないですじょ。たぶん、受けるのに精いっぱいで、他のことはあんまり考えなかったんだと思いますじょ」
じっさい、このあとの那賀さんは、とにかく受けに回った。
6七歩成以下の猛攻を受け止める。
反撃に出たのは、89手目。
【89手目】
後手が8二飛で緩んだところを、果敢に攻めた。
僕は、
「7三歩、同金は考えなかった?」
「考えなかったですじょ。9一角ですかじょ?」
「それは8三飛と浮かれたあと、手がないんだよね。2四歩、同歩、2五歩と継ぎ歩したい」
「あ、理解しましたじょ。同金、2四歩、同銀に7一角ですかじょ」
【検討図】
これがあるから、2四同歩としかできない。
だから継ぎ歩が成立する。
那賀さんは、
「本譜も6三歩成、同金、2四歩で、同銀と取れないというのはわかってましたじょ。だけど、7三歩のほうは思いつかなかったですじょ」
と答えた。
「6三歩成が悪いわけじゃないよ。これでも互角だし」
以下、本譜も2五歩の継ぎ歩で、似たような展開に。
「このあとは、ほんとによくわかりませんでしたじょ。切ったり打ったりしてたら、伊代ちゃんの攻めのほうが迫力があって、先手ダメになったと思いましたじょ」
【122手目】
僕はメモを見て、
「ここは後手指しやすいね。ただ、先手もイケそうじゃない?」
とコメントした。
「持ち駒が頼りないですじょ。2九の飛車がいなくなったら、5九角くらいで縛られると思ってましたじょ」
当事者は悲観していた、と。
とはいえ、先手は飛車を突っ込むしかないから、2一歩成、6五歩、3三と、5二玉、4二と、同玉、3三桂成、同玉と全部捨てて、2二飛成。後手は4三玉と逃げるわけだけど、そこで4二銀が岐路になった。
【133手目】
僕は、
「この手に関する僕の意見を、先に言ってもいいかな?」
と尋ねた。
「もちろんですじょ」
「これ、すごくいい手だったと思うんだよね。AIでは多分最善じゃないんだけど」
「じょ? そうなんですかじょ?」
那賀さんは、AI検討をしていないらしかった。
まあひとそれぞれだからね。
「最善は、おそらく4五桂。これが詰めろなんだ」
「……4二銀、同飛、3三龍までですかじょ? 気づきませんでしたじょ」
「だけど、4二銀のほうが、応手は難しいと思う。3二金が最善で、5一銀不成、2二金、4一飛、5三玉、4二飛成、6四玉、6五銀、同玉、9二龍と取るよね」
【検討図】
「AIでは、既に後手勝勢。人間的にはどうかな? 6九銀か6六桂が本命で、そのあと寄せ合いになる。この段階で1分将棋だろうから、おたがいにけっこう厳しいんじゃない?」
那賀さんは、
「なるほどですじょ。でも、やっぱり後手の持ち駒が多すぎますじょ」
と、懐疑的だった。
ま、そこはしょうがないよね。
先手が悪い以上、冷静に分析すれば、後手に好材料が多いわけで。
僕が前提としているのは、あくまでも1分将棋のときは、ってことだ。
いずれにせよ、本譜の4二銀は、功を奏した。
宇和島さんは3二金としないで、9一飛で端攻めに繋げた。
【134手目】
ここで大逆転。一気に先手勝勢に。
と思ったら、那賀さんが受け間違えた。
3三龍、5二玉、7五桂、9七歩成に、同香と取ってしまった。
【139手目】
7八玉なら、先手勝勢のままだった。
「なんだかよくわからなくなってきて、とりあえず右へ逃げたら、安全になりましたじょ。伊代ちゃんも6二金と逃げて、時間がないから困りましたじょ」
【146手目】
僕は、
「ここで那賀さんは、うまい時間稼ぎをしたよね」
とコメントした。
「6四歩に7一桂と受けられたとき、ピコーンときたですじょ。6三歩成、同桂、同桂成、同金、7五桂、6二金で同じかたちになるから、4分は稼げると気づきましたじょ」
じっさいには、2分(歩2枚分)だけ稼いで、3回目は6三歩と直接打った。
【163手目】
この局面が、宇和島さんの最後のチャンスだった。
4七桂と打てば、逆転していた。というか、先手が詰む。
けど、これはかなり無理な相談。
最善を尽くせば、45手詰め。
しかも、詰まさないとそのまま負け。
僕がそのことを指摘すると、那賀さんは、
「え、そうなんですかじょ? 感想戦でも、全然出ませんでしたじょ」
と驚いた。
けど、それはほんとうに純粋な驚きで、そうなんだあ、くらいの反応だった。
「このあとは、伊代ちゃんに手がなくなって、すみれが勝ちましたじょ」
後手は細い攻めになってしまった時点で、実質的に負けだったのかもしれない。
もっとも、那賀さん自身は、そういうコメントはしなかった。
勝ち負け自体にも、あまり執着していないみたいだった。
「じゃ、全体の感想をお願い」
那賀さんは、ちょっと考えたあと、えへへ、と笑って、
「これはナイショにして欲しいんですけじょ、2日目の夜に女子会*したのが、一番楽しかったですじょ」
「女子会してたの?」
「伊代ちゃんたちと、野球の試合を観てましたじょ」
うわぁ、すごいことになってそうだな。
「そういうのも記事にできるよ。ナイショじゃなくて、よくない?」
「みんなマジメに書いてないですかじょ?」
「別に縛りはないし、料理が美味しかったとか、将棋飯の話でも、なんでもいいよ」
僕はそこまで言って、しまったな、と思った。
だれか将棋飯の話があっても、よかった。
残りのメンバー的に……うーん、いなさそう。
困った僕をよそに、那賀さんは腕組みをしたあと、こう締めくくった。
「今回はいろんなひとと会えて、とても楽しかったですじょ。またどこかでお会いしたいですじょ。これがすみれの、すなおな感想ですじょ」
*469手目 恋バナ
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場所:第10回日日杯 2日目 女子の部 8回戦
先手:那賀 すみれ
後手:宇和島 伊代
戦型:角換わり腰掛け銀
▲7六歩 △8四歩 ▲6八銀 △3四歩 ▲7七角 △同角成
▲同 銀 △2二銀 ▲3八銀 △3二金 ▲9六歩 △9四歩
▲3六歩 △6四歩 ▲6八玉 △6二銀 ▲2六歩 △7四歩
▲3七桂 △4二玉 ▲1六歩 △1四歩 ▲7八金 △3三銀
▲4六歩 △6三銀 ▲4七銀 △7三桂 ▲5六銀 △8一飛
▲4八金 △6二金 ▲2九飛 △4四歩 ▲6六歩 △5四銀
▲2五歩 △4一飛 ▲7九玉 △3一玉 ▲6八銀 △8五歩
▲7七銀 △2二玉 ▲6九飛 △8一飛 ▲8八玉 △4一飛
▲2九飛 △6五歩 ▲6九飛 △6六歩 ▲同 銀 △6五歩
▲7七銀 △8一飛 ▲6四歩 △9二香 ▲5九飛 △6六歩
▲2九飛 △8六歩 ▲同 銀 △6五銀 ▲同 銀 △同 桂
▲3八角 △6七銀 ▲6五角 △5四角 ▲同 角 △同 歩
▲5六銀 △同銀成 ▲同 歩 △6七銀 ▲5九桂 △7六銀成
▲7七銀打 △6七歩成 ▲同 桂 △8五歩 ▲同 銀 △6七成銀
▲同 金 △8五飛 ▲7六銀打 △8二飛 ▲6三歩成 △同 金
▲2四歩 △同 歩 ▲2五歩 △7五桂 ▲同 銀 △同 歩
▲4一角 △5二銀 ▲同角成 △同 飛 ▲2四歩 △2五歩
▲4一銀 △5一飛 ▲3二銀成 △同 玉 ▲2三金 △4三玉
▲3三金 △同 玉 ▲2五桂 △4三玉 ▲2三歩成 △9五歩
▲2二歩 △8五角 ▲7九桂 △7六銀 ▲同 銀 △同 歩
▲6六銀 △9六歩 ▲2一歩成 △6五歩 ▲3三と △5二玉
▲4二と △同 玉 ▲3三桂成 △同 玉 ▲2二飛成 △4三玉
▲4二銀 △9一飛 ▲3三龍 △5二玉 ▲7五桂 △9七歩成
▲同 香 △同香成 ▲7八玉 △8七成香 ▲6九玉 △7八銀
▲5九玉 △6二金 ▲6四歩 △7一桂 ▲6三歩成 △同 桂
▲同桂成 △同 金 ▲7五桂 △6二金 ▲6四歩 △7一桂
▲6三歩成 △同 桂 ▲同桂成 △同 金 ▲7五桂 △6二金
▲6三歩 △4三銀 ▲6二歩成 △同 玉 ▲6三金 △7一玉
▲4三龍 △6三角 ▲同桂成
まで171手で那賀の勝ち




