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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第59局 感想戦後の感想戦(K川県・T島県)(2015年9月19日土曜)
698/707

686手目 作詞作曲

 おやつを食べた僕は、K川を出てT島へ。

 待ち合わせのレトロな喫茶店に入ると、軽快なジャズが聞こえてきた。

 スピーカーからじゃなくて、棚のラジオからだった。

 一番奥、窓際の席に、鳴門なるとくんと那賀ながさんはいた。

 日射しの明るい席で、ふたりは向かい合ってお茶を飲んでいた。

 先に気づいたのは、鳴門くんだった。

「おーい、犬井いぬい、こっちこっち」

 僕も手を振って、テーブルのそばまで歩いた。

「遅くなってごめん」

 那賀さんも、その小柄な体でちょこんと座ったまま、振り返った。

 彼女は、オレンジジュースを飲んでいた。

「犬井先輩、おひさしぶりですじょ」

「おひさしぶり」

 さて、コーヒーでも注文するか。

 僕は店員さんに声をかけて、注文を済ませた。

 鳴門くんのとなりに座りながら、

「ここで大丈夫?」

 と訊いた。

 鳴門くんは、

「なにが?」

 と訊き返した。

「喫茶店で感想戦しても、問題ない?」

「ないない。すぐ始める?」

「世間話でもしたいところだけど、始めてもらえると助かる」

 このあとは、大谷おおたに先輩が待っている。

 お店で合流できたら良かったんだけど、夕方しか都合が合わなかった。

 コーヒーが届いたところで、感想戦が始まった。

 鳴門くんは、肩のヘッドセットを直してから、初手を指した。

「じゃ、僕はプレーオフを解説するよ」


【先手:石鉄いしづちれつ(E媛県) 後手:鳴門なると駿しゅん(T島県)】

挿絵(By みてみん)


 僕は待ったをかけた。

「ごめん、いきなり話の腰を折って悪いんだけど、リーグ戦では石鉄くんと引き分けだったよね。あの延長として、プレーオフをどう捉えてた?」

 鳴門くんはマジメな顔で、

「手厳しいね。じつをいうと、あとで話そうと思ってた」

 と返した。

「失礼、まずは本局をお願い」

「見ての通り、角換わりの出だしからの、角換わらず。後手番ならこうしようと、僕のほうで決めてた。ただし、研究じゃないよ。ストックはもうなくなってた」

 僕はメモを取りながら、

「最終戦に近くなると、みんな研究ストックは切れてたみたいだね。4日間、計15戦のリーグはどうだった?」

 と尋ねた。

「んー、そうだな……さすがに男子高校生でもきつかったよ、体力的に。犬井は研究の話を訊いてるのかもしれないけど、そこが決定的に影響したとも思わない」

「後半を、もう少し敷衍ふえんしてもらえる?」

 鳴門くんはコーヒーを飲んで、一服した。

 それから、おもむろに持論を述べ始めた。

「リーグ戦といっても、同じ相手とは1回しか当たらないよね。あ、プレーオフと決勝トーナメントは例外。だとすると、こっちの研究をそもそも出せるのか、という問題が生じる。相手が奇策できたら、対応しないといけないし、こっちが用意してきた順から、早めに外れる可能性もある。プロの世界みたいに、これがトレンドだよね、っていうのもない。ようするに、研究をぶつけるチャンスは、そんなになかった」

 僕はちょっと意見が違っていた。

 というより、質問のスレ違いか。

 僕が訊いた【研究】っていうのは、プロのような研究のことじゃなくて、序盤の方針みたいなものだ。相手がこういう戦法できたら、こう、とか、この選手はこういうのが苦手だから、こう、とか、そういうレベル。

 とはいえ、僕が深く突っ込むほどのことでもない。今回は出場選手の特集であって、僕の論説じゃないからね。

「オッケー、先をお願い」

 鳴門くんは、仕掛けのところまで進めた。


【38手目】

挿絵(By みてみん)


 僕は、

「石鉄くんは、5八玉。でも、単に同歩で良かったと思う」

 とコメントした。

 鳴門くんは、

「同歩は、僕の研究にハマると思ったかな」

 と推測した。

「石鉄くん視点では、鳴門くんにストックがありそうだった、と?」

「どうだろう。そこは烈に訊いてみないと……ま、幻影だよね、こういうのって。ないことは確認できないから。いずれにせよ、この攻めは無謀だったな。あとで調べてみたら、先手が良かった。烈がミスってくれなかったら、僕の完敗譜だったろう」

「ミスっていうのは、51手目で、7一に角を打たなかったこと?」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 鳴門くんは、

「いや、そこよりも、5五桂に同銀と取ってくれたところ」

 と教えてくれた。


【63手目】

挿絵(By みてみん)


「ここで6六金と払われてたら、僕に手がなかった。4七歩と打っても、3八金とよけられちゃうから」

「石鉄くんは、なんで同銀だったと思う?」

 鳴門くんは、うーんとうなったあと、

「それは烈に訊いて、と言いたいところだけど……烈がこの棋譜を選ぶわけないか。多分、5五同歩、6六金の順で払う予定だったんじゃない?」

 と答えた。

 合理的な推理だ。

 鳴門くんは、そこから先手玉を追い始めた。

 でも、途中で緩手が出た。70手目の4四歩だ。


【70手目】

挿絵(By みてみん)


「はっきり言って、自分でもヒヨったと思った。まあ、対局中の迷いと、あとで調べたときの反省は、全然違ってたんだけど」

「というと?」

「僕はここで、8四角と比較して悩んでた。じゃあ、8四角のほうが良かったのか? 結論を先に言うと、8四角のほうがマシだった、けど、それでも後手良しにはならない。単に4四歩が疑問手だっただけで、8四角としとけば有利ってわけじゃなかったんだ」

 那賀さんは、

「それは仕方ないですじょ。AIが指してるのとは、わけが違いますじょ」

 と言った。

 僕は棋譜解析のデータを見ながら、

「ここはAIでも難しかったっぽいね。読ませてみると、候補はけっこう変化する」

 と指摘した。

 鳴門くんは、

「5六歩なんかも推してくるよね。ただ、5六歩、同歩、4七歩なら指せて、単に4七歩ならダメって言われても、わかんない」

 と笑った。

 そのあとの展開は、石鉄くんが5三銀と打って、攻勢に出るかと思いきや、また受け始めて馬を作った。


【81手目】

挿絵(By みてみん)


 鳴門くんは、このあたりの形勢判断について、あまり多くを語らなかった。

 単純に難しいと思っていたそうだ。

 僕は、

「88手目の6八銀不成は、解説でも評判がよかったよ。4八角成と切りたくなるところで、じっと入ったやつ」

 と伝えた。


【88手目】

挿絵(By みてみん)


 鳴門くんは、ヘッドセットを揺らしつつ、姿勢をかえた。

 ひとさしゆびを真横にして、くちびるに添える。

 アンニュイな表情。

「そうなんだよね……対局中も、このあたりで逆転したんじゃないかな、って気がした。5五玉、5七銀不成、5四歩、5二歩、7八歩、6六銀不成、同金、7八龍、6八歩、同角成、5七銀、6九馬まできて、烈も手が止まった」


【100手目】

挿絵(By みてみん)


 この間、ずっと後手良し。

 先手は長考に入って、時間を使い切った。

 そして指されたのが、3六桂、4七銀成、2四桂、2八歩、6二歩の手順。


【105手目】

挿絵(By みてみん)


 けど、これでもまだ後手良し。

 鳴門くんは、それを認めたうえで、

「指し手は順調だったのに、僕の思考は乱れてた」

 とつぶやいた。

「というと?」

「この時点で、僕の決勝トーナメント進出には、条件があった。引き分けはダメなんだ。将棋で引き分けた場合、特別ルールがあったからね」

「リーグ戦で勝った相手の最終順位を全部足して、小さいほうが勝ち、か」

「だから、持将棋は最大限に警戒していた」

 なるほど。

 僕は、自分の理解を確認するため、

「この時点で、大駒の枚数は、双方同じ。だけど、2九歩成が入れば、後手が3枚になる。持将棋で判定勝ちになれば、さっきのルールは適用されない。つまり、鳴門くんが有利になる。7二金で馬を取っても、同じことが言える」

 と状況整理した。

 鳴門くんは、

「そう、しかも本譜の7二金は、AIで最善手、後手有利なんだ。これ自体は後知恵だけど、7二金はなにも悪くなかったんだよ。ところが、これが敗着」

 と、奇妙なことを言い始めた。

「……つまり?」

「AIが7二金を勧めてるのは、持将棋で判定勝ちになるから、じゃない。だけど、僕の意識は、判定勝ちに持っていかれてしまった。このあとの指し手に、それが影響しちゃったんだ。2三歩で逆転されたのも、そのひとつ」


【114手目】

挿絵(By みてみん)


 客観的には、これが悪手。一気に先手有利になった。

 なぜ冷静に3一金と引かなかったのか、その理由を鳴門くんは説明してくれた。

「持将棋にするには、こっちも安全に入れないといけない。そのためには、局面を落ち着かせる必要があると思った。2三歩、3二桂成、同銀でかたちを決めるほうが、入玉に支障がないと読んだ」

「それが誤りだったわけだね?」

「方針自体が……ね。烈が寄せにくることを、考えてなかった」

 沈黙。

 なぜか空気が緊張していて、那賀さんは少しおろおろしていた。

 だれかが入店する音が聞こえて、鳴門くんは先を続けた。

「このあとは、数手後に僕のポカが出て、終わり。詰むのに気づいてなくて、そのまま詰まされた」

「気づいたときは、どう感じた?」

 鳴門くんは、ようやく笑った。

「目の前が真っ暗になった、とまではいかなかったけど、なかなかこたえた。僕の話は、以上……じゃないか。リーグ戦の話が残ってる。僕がリーグ戦で烈と持将棋になったことと、プレーオフで持将棋を意識しすぎて負けたこと、このふたつの関係が気になるひとは、いるかもしれないな、と思った。特に犬井、きみとか」

「本戦で引き分けにしたことが、今回の持将棋の先入観に繋がった……僕はそう考えてたんだけど、違う?」

「リーグ戦とプレーオフは、関係がないんだ。単に僕の読み負けで詰まされた、それだけ。だって、考えてもみなよ。最後は見落としで、簡単な詰将棋になっちゃったんだよ? 深層心理がどうこう以前の問題でしょ。でも……」

 鳴門くんは、ひと呼吸おいた。

「繋がりがあったかのように書いてもらっても、いい」

 僕はこの発言に、心底驚いた。

 高校生らしく。

「それは……捏造してもいい、ってこと?」

「そうじゃないよ。あのふたつに関係はないと、僕は思ってる。局面を正しく読めてなかったから、プレーオフは負けたんだ。でも、それが真実とは、限らないよね。実際には関係があるのかもしれない。僕がそう思いたくないだけかもしれない。だから、犬井視点で自由に書いてもらっていい」

「……了解、よく考えてみる。最後に、全体の感想をお願いできる?」

 鳴門くんは、コーヒーを飲んだ。

 喫茶店に、音楽が透き通る。

 先ほどのジャズから変わって、落ち着いた曲調になっていた。

 鳴門くんは、曲名を知っているかもしれない。

 好きな曲かもしれないし、嫌いな曲かもしれない。

 あるいはもう、そんなことなどまったく気にしていないのかもしれなかった。

「そうだな……インタビュー前に、いろいろ準備はしてきたのに、いざしゃべるとなったら、しっくりこないや。端的に言って、僕の実力じゃ決勝トーナメントは遠かった、ってことかな。」

 これには那賀さんが、

「そんなことないですじょ。プレーオフは一発勝負だったから、しょうがないですじょ」

 と慰めた。

「アハハ、ありがとう。だけど、決勝トーナメントを見て思ったね。あのレベルは、僕じゃ指せない、って。これは本当に素直な感想だよ。どう書くかは、犬井に任せようか。作詞・作曲、鳴門駿、編曲、犬井いぬい良太りょうたでよろしく」

場所:第10回日日杯 4日目 男子プレーオフ

先手:石鉄 烈

後手:鳴門 駿

戦型:相雁木


▲7六歩 △8四歩 ▲2六歩 △3二金 ▲7八金 △8五歩

▲7七角 △3四歩 ▲6八銀 △4四歩 ▲4八銀 △4二銀

▲1六歩 △1四歩 ▲9六歩 △9四歩 ▲4六歩 △5四歩

▲4七銀 △6二銀 ▲2五歩 △3三角 ▲3六歩 △7四歩

▲3七桂 △5二金 ▲6六歩 △6四歩 ▲2九飛 △7三桂

▲6七銀 △4三銀 ▲4八金 △6三銀 ▲6八角 △6二金

▲6九玉 △7五歩 ▲5八玉 △6五歩 ▲同 歩 △4五歩

▲7七角 △同角成 ▲同 桂 △4六歩 ▲同 銀 △6六歩

▲同 銀 △7六歩 ▲6四歩 △同 銀 ▲7四歩 △7七歩成

▲7三歩成 △同 金 ▲7七金 △6五歩 ▲7六桂 △6六歩

▲6四桂 △5五桂 ▲同 銀 △6七銀 ▲4七玉 △5五歩

▲6六金 △5八銀打 ▲4六玉 △4四歩 ▲5三銀 △4一玉

▲7一角 △6四金 ▲同銀成 △7二飛 ▲5三角成 △7七飛成

▲6五金打 △6一桂 ▲6三馬 △4二玉 ▲2四歩 △同 歩

▲3五歩 △5九角 ▲4九歩 △6八銀不成▲5五玉 △5七銀不成

▲5四歩 △5二歩 ▲7八歩 △6六銀不成▲同 金 △7八龍

▲6八歩 △同角成 ▲5七銀 △6九馬 ▲3六桂 △4七銀成

▲2四桂 △2八歩 ▲6二歩 △7二金 ▲同 馬 △同 龍

▲7三歩 △6二龍 ▲2八飛 △5七成銀 ▲同 金 △2三歩

▲3二桂成 △同 銀 ▲6三歩 △9二龍 ▲2二金 △4三桂

▲4六玉 △3五歩 ▲3一銀 △3三玉 ▲3二金 △3四玉

▲2三飛成


まで127手で石鉄の勝ち

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