表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第59局 感想戦後の感想戦(K川県・T島県)(2015年9月19日土曜)
697/708

685手目 Sorbet

「最後は長尾ながおくんで、よろしく」

 長尾くんは、

「オッケー、じゃあ僕は、梨元なしもとさんと温田おんださんの一局で」

 と答えた。

 ん? どういうこと?

 僕は一瞬、首をかしげた。

 二階堂にかいどうさんたちも、怪訝そうな顔をしている。

 けど、僕には思い当たる節があった。

「もしかして、阿南あなんくんと解説した一局ってこと?」

 長尾くんは笑った。

「そうそう、よく覚えてるね。飛び入り参加」

「あの解説、けっこうウケてたよ。でも、他人の棋譜だよね?」

「いろいろ考えてみたんだけど、僕の棋譜にいいレシピが見当たらなかったんだよね。正確に言うなら、材料か。だったら、ソルベでも出そうかと思って」

 ソルベっていうのは、フランスのコース料理で出て来る、シャーベットのことだ。

 僕は、

「つまり、ここまでが脂っこすぎる、と?」

 と尋ねた。

「脂っこいかどうかはおいといて、午後は大谷おおたに先輩の取材だろ? まさに今回のメインディッシュ、肉料理だ。そのまえに口直しは、どう?」

 僕は指をはじいた。

「なるほど、肉料理の前に出されるのがソルベってわけか。そのアイデア、乗った」

「それじゃ、早速」

 長尾くんは、序盤から始めた。


【先手:梨元なしもと真沙子まさこ(T取県) 後手:温田みかん(E媛県)】

挿絵(By みてみん)


 相振り。

 梨元さんも温田さんも、振り飛車党。

 成り行きとして当然こうなるし、先手も後手も工夫する。

 僕は、

「長尾くんが相振りだから、この対局にしたの?」

 と尋ねた。

「ううん、是靖これやすがテキトウに選んだ」

「阿南くんは居飛車党だから、本来なら長尾くんメインで解説する対局だよね。でもあのときは、阿南くんがリードしてたと思う。今回は、長尾ながおあきらの独演会を聞きたいな」

「オッケー、今回は振り飛車党対決で、当たりは事前にわかってる。棋力的にも、近い者同士。決勝トーナメントは狙えるけど、安定的ってわけじゃないグループ。ボーダーライン上の戦いだから、一勝の価値が高い。そうなってくると、事前に準備するメリットも大きい」

 ただし、と、長尾くんは付け加えた。

「相振りの場合、序盤のパターン化が難しい。これがトレンド、っていうのもない。先手を引いたら、準備してきた作戦を仕掛ける、後手を引いたら、相手の作戦をかわす、こういう駆け引きになる。本局も、先手早石田のトリックに対して、後手の温田さんが変化していくわけだ」

 そうそう、こういうのが聞きたいんだよ。

 僕は、

「先手の作戦は、単に早石田だったのかな?」

 と訊いた。

「おそらくだけど、後手の飛車先を牽制したんじゃない? 本譜は、温田さんが2二飛で向かい飛車にしたあとも、2六歩と突けなかったよね」


【29手目】

挿絵(By みてみん)


 僕は棋譜を確認しながら、

「ここから後手は、1二飛~5二飛で、位置替えを余儀なくされてるのか」

 とコメントした。

 長尾くんは、

「もちろん、先手にもデメリットはあるよ。普通、先手は飛車先を切れるよね。先手向かい飛車なら、8四歩が入ってることは多い。でも、本局は8筋をそもそも伸ばせてないし、7四歩、同歩、同飛は、後手からの逆襲が怖い。例えば、1二飛、5六歩、5二飛に7四歩と突いたら、同歩、同飛、7三銀、7六飛、6四銀左くらいで、もう先手悪い」

 と、流暢に語った。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 長尾くんはさらに、

「いずれにせよ、本譜は温田さんがうまく指したね。先手の4八金左に対して、7一玉と入ってから、6六歩、3五角、5七銀、5五歩と、うまく仕掛けた。4六銀、同角、同歩、5六歩の時点では、後手がいい」

 と、後手の指し回しを褒めた。


【42手目】

挿絵(By みてみん)


 早紀さきちゃんも、

「これは後手持ちですね。先手は陣形も変ですし」

 と相槌を打った。

 僕は、

「梨元さんは、6五桂から暴れにいった。これについては、どう? 2三角もない?」

 と尋ねた。

「そうだね、2三角、4二金、3四角成ともたれて指すのも、一局。ここからの梨元さんの方針は、けっこうブレてる。6五桂で殴り合うかと思いきや、6四銀、7九角、4二金、7四歩、8五銀、7七飛でヒヨった」


【49手目】

挿絵(By みてみん)


 ここは7三歩成と踏み込むほうが、一貫している。

 僕は少し手を戻して、

「44手目で、6七銀と打たなかった理由は、なにかな?」

 と訊いた。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 本譜は6四銀と上がっている。

 長尾くんは、

「8六飛のあと6四銀で良しって、気づかなかったんじゃない? 解説席でも、気づいてなかったよ。7八銀成は9七角でダメだし、6四銀と上がったあとの攻防にどう効くのか、すぐには見えてこないからね」

 と推測した。

 僕は評価値を見て、

「6七銀なら後手優勢だったから、チャンスボールを逃したかたちではある」

 と指摘した。

 長尾くんは、

「うーん、結論の先取りになっちゃうけど、本局は温田さんに運がなかったんじゃないかなあ。まあなんとも言えないか。とりあえず、本譜でも後手有利。僕的には、7四銀に9七角じゃ苦しいと思ってた」

 と言ったあと、何手か進めて、

「転機は、この飛車浮き」

 と言った。


【56手目】

挿絵(By みてみん)


「これが悪手」

 早紀ちゃんは、

「あれ? 8五桂で両取りじゃないんですか?」

 と首をかしげた。

 長尾くんは、

「それが最善。でもインタビューで話を聞いたときは、しょうがないかな、と思った。ちょっと長くなるけど、8五桂、6四角、同歩、同角、7七桂成、4二角成、5七歩成、5一馬、4八と、6二馬、同金、4八金、6九飛、4九銀、2六歩、同銀、6五銀、同歩、8五角、5八銀打、5九飛成に、7四歩と攻め合われたときが、わかんなかったんだって」

 と、舞台裏を明かした。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 早紀ちゃんと亜紀あきちゃんは、うーん、と同時にうなった。

 早紀ちゃんは、

「なんか、途中でいろいろあったような……」

 と、ここまでの順が一直線すぎるんじゃないか、という意見だった。

 これは正しい。

 僕は、

「この局面、ほんとは後手有利なんだよね。温田さんの不安は、外れてる。とはいえ、直前の5九飛成は疑問手で、6九金打と龍取りに打たれてたら、ほぼ互角。温田さんが5九飛成を考えてしまった時点で、どのみち着地には失敗してたかも」

 と補足した。

 長尾くんは、

「対局中、僕はこの局面をそもそも考えなかった。対局者のほうが、よく考えてる。当たり前か」

 と笑ってから、

「そのあと、64手目に致命傷が出た。後手の6八角」

 と、最後のポイントへ進めた。


【64手目】

挿絵(By みてみん)


 僕は、

「解説席だと、ほとんど話題にならなかったみたいだね」

 と確認を入れた。

「そうだね、悪手だとはまったく思ってなかった。そのあとの僕は、互角判断だったよ。5一飛のほうが、ハッとさせられた」


【69手目】

挿絵(By みてみん)


 こっちのほうが、見た目は派手だ。

 それに加えて、6八角は狙いが読みやすい。

 飛車金両取り。これが悪手というのは、気づきにくいと思う。

 僕がそう告げると、長尾くんは、

「局後インタビューでも、この手は俎上に上らなかった。だとすれば、ある意味で関係がなかったんじゃないかな」

 と言った。

「関係がない、とは?」

「気づかなかった旨味は、存在しないのといっしょってこと」

「そこで料理の話になるの?」

「将棋でも同じだと思うよ。対局者がどちらも気づいてない優劣は、存在しないのといっしょなんだ」

 それは極端じゃないかな、と僕はやんわり反論した。

 ところが、長尾くんには持論があるらしかった。

犬井いぬいが言ってるのって、客観説でしょ。優劣は客観的に決まってる、対局者が気づいてるかどうかは関係ない、っていう。だったらさ、将棋は先後が決まった時点で、どっちかの勝ち、あるいは引き分けって決まってるわけじゃん。客観的にはそうなんだし、全解析したらわかるよね。それがナンセンスなのといっしょさ」

 いやそれも極端で、と僕が議論を仕掛ける前に、長尾くんは自分から話題を打ち切った。

「全体の感想として、解説はやっぱり難しいな、と思った。でも楽しい。他人の料理について、ああだこうだ言うのと似てる。ある意味で無責任だな。こうして自分の棋譜を紹介しなかったのも、無責任かもしれない。無責任には無責任の味がある。僕の記事は、そういう感じで提供したかった」

 やれやれ、最後は長尾節が炸裂しちゃったか。

 僕がメモを取っていると、長尾くんは席を立った。

 冷蔵庫から、豆乳プリンを出してきた。

 僕は、

「てっきりシャーベットかと思った」

 と、皮肉なしで伝えた。

「ごめんごめん、シャーベットって、冷凍庫に何回も出し入れしないといけないから、こういう場には不向きなんだよね。頻繁に離席することになっちゃう」

「いやいや、ありがたくいただくよ」

 スプーンですくって、口のなかへ──ひかえめな甘さだ。

 カラメルもない。

 僕が味わっていると、長尾くんは、

「どう?」

 と訊いてきた。

「美味しいよ……あ、もしかして、隠し味を当てられるかどうか? ごめん、わかんない。だけどさ」

 僕はスプーンで、もうひとくちすくった。

「僕の舌に認識されない味は、ないのといっしょ、かな」

 長尾くんはイヤな顔ひとつせず、笑った。

「そうそう、そういうこと。ところでさ、僕も謝らないといけないんだけど、隠し味はないよ。豆乳に、粉ゼラチンとキビ砂糖を入れてるだけ」

 僕はスプーンをとめた。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………正解があると思うがゆえの幻想、か。

 僕の完敗だね。

場所:第10回日日杯 3日目 女子の部 15回戦

先手:梨元 真沙子

後手:温田 みかん

戦型:相振り飛車


▲7八飛 △1四歩 ▲1六歩 △4二銀 ▲7六歩 △5四歩

▲7五歩 △5三銀 ▲7六飛 △3四歩 ▲7七桂 △4四角

▲4八玉 △2二飛 ▲3八玉 △2四歩 ▲9六歩 △2五歩

▲2八銀 △7二金 ▲6八銀 △6二銀上 ▲5八金左 △6一玉

▲1七銀 △9四歩 ▲2八玉 △3三桂 ▲3八金 △1二飛

▲5六歩 △5二飛 ▲4八金左 △7一玉 ▲6六歩 △3五角

▲5七銀 △5五歩 ▲4六銀 △同 角 ▲同 歩 △5六歩

▲6五桂 △6四銀 ▲7九角 △4二金 ▲7四歩 △8五銀

▲7七飛 △7四銀 ▲9七角 △5一飛 ▲1八香 △9三桂

▲8六角打 △5四飛 ▲6四角 △同 歩 ▲5五銀 △同 飛

▲6四角 △5七歩成 ▲同 金 △6八角 ▲7四飛 △6五飛

▲同 歩 △5七角成 ▲5一飛 △同 銀 ▲7三角成 △8一銀

▲5一馬 △7三歩 ▲同飛成 △3九馬 ▲同 金 △5八飛

▲1九玉 △5一飛成 ▲7二龍 △同 銀 ▲7三歩 △同 銀

▲6四銀 △同 銀 ▲同 歩 △6二金 ▲7三歩 △7二歩

▲6三銀 △6一銀 ▲7二歩成 △同 銀 ▲7三歩 △同 金

▲7四歩 △6三金 ▲同歩成 △同 銀 ▲7三歩成 △8一銀

▲6三と △7二歩 ▲6二銀 △同 龍 ▲同 と △同 玉

▲6四銀 △5二銀 ▲6三歩 △同 銀 ▲同銀成 △同 玉

▲6一飛 △6二歩 ▲6五金 △5四飛 ▲同 金 △同 玉

▲6二飛成 △6四銀 ▲6六銀 △6三金 ▲6五角


まで125手で梨元の勝ち

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=390035255&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ