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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第59局 感想戦後の感想戦(K川県・T島県)(2015年9月19日土曜)
696/708

684手目 不思議の負け

 さーて、次は亜紀あきちゃん。

 亜紀ちゃんは盤面を戻しながら、

「わたしが選んだのは、最終戦、萩尾はぎお先輩との一局です」

 と宣言した。

 あ、そこなんだ。これは僕にも意外だった。

 姉の早紀さきちゃんも、

「あれ? わたしに勝ったやつじゃないの?」

 と怪訝そうだった。

 亜紀ちゃんは眉間にしわを寄せて、わざとらしくタメ息をついた。

「お姉ちゃんに勝ったなんて理由で、選ぶわけないでしょ」

 ま、それもそうか。

 しかし、これでは理由の半分にもなっていない。

 僕は、

「萩尾さんとの対局を選んだ理由、教えてもらえるかな」

 と尋ねた。

日日にちにち杯で、わたしが一番衝撃を受けた将棋なんです」

 へぇ、これまた新しい視点だ。

 僕は、

「棋譜の解析データもあるし、ちょっと見てみようか」

 と言って、初手を促した。

 亜紀ちゃんは、さらさらと序盤を並べた。


【先手:二階堂にかいどう亜紀あき(K川県) 後手:萩尾はぎおもえ(Y口県)】

挿絵(By みてみん)


 横歩で、先手は9六歩型。

 亜紀ちゃんは、

「後手は1四歩じゃなくて、6四歩と伸ばしてきました」

 と言いながら、6三の歩をひとつ進めた。

 一見して、舐めプ気味。

 定跡から外そうとしている。

 消費時間的にも、後手はかなり飛ばしている状態だった。

 僕は、

「6四同飛は若干罠に見えるけど、先手悪くはないよね」

 と指摘した。

 亜紀ちゃんは、

「いやあ、萩尾先輩相手に取るの、けっこう勇気がいりますよ」

 と答えた。

 そこは否定できない。

 以下、3六飛に、8二飛、8七歩、2五歩、3八金。

 後手はようやく、1四歩と突いた。

 僕は、

「ここで3四飛~2四飛が機敏だったね」

 と褒めた。


【27手目】

挿絵(By みてみん)


 亜紀ちゃんは、

「どうなんですかね、誘いのスキかな、と思ってました」

 と、疑心暗鬼だった。

 これはアレだね、萩尾さんを怖がってる感じがする。

 ようするに、棋力差から生じる不安だ。

 もっとも、罠じゃないと言い切れないのが、あのひとの怖いところ。

 後手は当然に角交換をして、同銀、2二銀と2筋を守った。

 僕は、

「ここで2五飛もあったよね。2四と回ったなら、2五は自然だと思うけど、なにかあった?」

 と訊いた。

 亜紀ちゃんは、

「6六歩、同歩に3四角を気にしました」

 と答えた。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 この返答は、予想の範疇。

 もちろん、6六同歩は悪手だ。

 僕は、

「6六歩、6五飛と、そこで6筋に回るのは?」

 と深堀りした。

「それは6七歩成に同金と取れないのが、なんかなあ、って」

 なるほど、6七歩成、同金、6四歩を嫌ったのか。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 これはもう後手良し。

「6七同金じゃなくて、同飛は?」

「んー……4五角に、6八飛しかないですよね。それって気持ち悪いというか……」

 たしかに、指しにくいか。

 このあたりは、萩尾さんが仕掛けた心理戦かもしれない。

 亜紀ちゃんは本譜に戻って、2二銀に6四飛と寄った。


【33手目】

挿絵(By みてみん)


「先手いいかな、とすら思ったんですが……」

 僕は、

「じっさい先手いいよね。不満はない」

 とコメントした。

 長尾ながおくんも同様で、

「萩尾さんにしては、ちょっと雑にみえるね」

 と辛口だった。

 亜紀ちゃんは、

「それが、次の手で困ったんですよ」

 と言って、5四に角を打った。


【34手目】

挿絵(By みてみん)


 この〈雑〉にみえる対応が、AI検討ではそんなに悪い手じゃない。

 舐めプで指したとしたら、相当な直感力だと言わざるをえない。

 亜紀ちゃんは、打たれるまで考えていなかったと、正直に告げた。

「2六歩とばかり思ってて……横歩の筋としては、そっちが普通かな、って……打たれたあとも、意図が微妙で……6五歩を守るだけっていうのも、変ですし……」

 歯切れが悪くなってきた。

 僕は、自分の考えを述べることにした。

「萩尾さんの研究手とは、思えない。この局面へたどりつくまでに、分岐が多過ぎるから。どこまで深く読んで指したのかも、断言できない。いずれにせよ、このあとの先手は、難しいルートに誘い込まれた雰囲気がある」

 すると、長尾くんは、

「そんなに難しいの? 同飛と切って、2三歩から叩くんじゃない?」

 と不思議がった。

 亜紀ちゃんは、

「3分くらい考えて、私もその結論になりました。2三歩、同銀、2二歩、同金なら、7五角、3二玉、9七角打くらいで、先手いいですからね」

 と同意した。


【参考図】

挿絵(By みてみん)


 早紀ちゃんは、

「あー、後手は持ち駒が悪いのか。飛車しか打てないじゃん」

 と納得した。

 亜紀ちゃんは、そうそうと言いながら、

「まあ、これは勝手読みで、2三歩に同銀って取るわけがないんですよ。それでも、2三歩、3三銀、7五角、5二玉に2二角と捨てたら、同じくらいイケると思いました」


【41手目】

挿絵(By みてみん)


 で、これが思ったほど良くない、というオチ。

 長尾くんは、

「えー? ほんと? 最低でも、60:40くらいは差がありそうだよ?」

 と、信用しなかった。

「わたしも、対局中はそう考えました。手も思いついてたんです。同金、同歩成、同銀に、もう一回2三歩と叩いて、3三銀、3一角成です」


【47手目】

挿絵(By みてみん)


 長尾くんは、

「これで先手ダメなの?」

 と首をかしげた。

「ダメってわけじゃないです。次に4四銀と上がる手が、全然見えてなかったのが問題でした」

「……ごめん、僕が弱いだけだと思うけど、4四銀に2一馬と寄って、なにも問題なくない? 6四桂の王手銀が生じるよね?」

「両取りは放置して、2六歩で後手やれます」

「……6四桂、5三玉、7二桂成、同金、3四銀で?」

「それは6三玉、4三銀成、5五銀で、後手寄りの互角になります」


【58手目】

挿絵(By みてみん)


 長尾くんは、しばらく盤面を見つめたあと、

「そっか……上を圧迫されたら、先手は危ないんだ」

 と、ようやく合点がいったような顔をしたあと、でも、と付け加えて、

「これはこの局面にならないと、気づかないや、少なくとも僕は」

 と言って、ギブアップした。

 一方、早紀ちゃんは、

「具体的に、どう崩すの?」

 と、まだまだ懐疑的だった。

「4六歩から突破して、王様を露出させるの」


【72手目】

挿絵(By みてみん)


 これを見た長尾くんは、

「5三金~5四金~5五馬で、銀を抜いたのかな? 1一馬、2七歩成、4八金、4六歩、5三金以下で、合ってる?」

 と確認を入れた。

 亜紀ちゃんが、そうです、と答えると、長尾くんは、

「先手、粘れるように見える。僕の勘も当てにならないや」

 と、印象が変わらないことを自白した。

 亜紀ちゃんは、

「3六玉と入玉を目指して、3四金と置かれたのがアウトでした。4八歩なら、まだわかんなかったみたいです」

 と返した。

 本譜は、6四金、8三玉、6五馬、7四桂と追い込んでから、4八銀打で受けに回った。8九飛成に7九金と引いたのが悪手で、同龍と切られてしまった。


【82手目】

挿絵(By みてみん)


「これに同銀が最後の大ポカで、5八角以下の詰みです」

 正着は、8六香。

 これでも後手敗勢だから、もっと前の段階で終わっている将棋だ。

 収束まで聞き終えた早紀ちゃんは、目を瞑って、腕組みをした。

「うーん……これって、萩尾劇場じゃない? 亜紀が紹介する意味ある?」

「わたしの将棋かどうかはおいといて、後手の指し回し、凄くない? 手順に逃げてた銀が攻めに参加して、寄せちゃうんだよ? 萩尾先輩がこれをチョイスするとは思えないから、わたしがしとこうかなあ、って」

「いや、そこまでしなくてもいいじゃん」

 見解の相違。自分が活躍した棋譜じゃなくて、自分が一番凄いと思った棋譜ってことだよね。

 記事としても、面白いものが書けそうだ。

 僕がうんうん頷いていると、長尾くんは、

犬井いぬいの腕前が問われそうだ。どう料理する?」

 と、好奇心から訊いてきた。

 僕は慌てずに返す。

「そうだね……亜紀ちゃんの棋譜であることに、変わりはない。視点は亜紀ちゃんに固定しつつ、新鮮な驚きを読者に伝えたいかな。自分が先手を持っていたら、びっくりするだろう。そういうエンパシーが欲しいよね」

 長尾くんは、三度みたび笑った。

「あいかわらず、優等生っぽい回答だ……っと、僕が口を挟むことじゃなかった」

 長尾くんが口を閉じたところで、僕は亜紀ちゃんに、全体の感想を尋ねた。

「翻弄された……っていうのは、あんまり正しくないと思います。なんというか、気づいたら負けになってたんです。もちろん、初めての経験じゃないんですけど……将棋って奥が深いな、と、あらためて思いました」

 やや無難に寄せたね。

 負けにも不思議の負けあり、か。

「ありがとう。最後は長尾くんで、よろしく」

場所:第10回日日杯 4日目 女子の部 17回戦

先手:二階堂 亜紀

後手:萩尾 萌

戦型:横歩取り


▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △8四歩 ▲2五歩 △8五歩

▲7八金 △3二金 ▲2四歩 △同 歩 ▲同 飛 △8六歩

▲同 歩 △同 飛 ▲3四飛 △4二玉 ▲5八玉 △7二銀

▲9六歩 △6四歩 ▲3六飛 △8二飛 ▲8七歩 △2五歩

▲3八金 △1四歩 ▲3四飛 △6五歩 ▲2四飛 △8八角成

▲同 銀 △2二銀 ▲6四飛 △5四角 ▲同 飛 △同 歩

▲2三歩 △3三銀 ▲7五角 △5二玉 ▲2二角 △同 金

▲同歩成 △同 銀 ▲2三歩 △3三銀 ▲3一角成 △4四銀

▲2一馬 △2六歩 ▲6四桂 △5三玉 ▲7二桂成 △同 金

▲3四銀 △6三玉 ▲4三銀成 △5五銀 ▲1一馬 △2七歩成

▲4八金 △4六歩 ▲5三金 △7四玉 ▲5四金 △4七歩成

▲同 金 △4六歩 ▲5五馬 △4七歩成 ▲同 玉 △4九飛

▲3六玉 △3四金 ▲6四金 △8三玉 ▲6五馬 △7四桂

▲4八銀打 △8九飛成 ▲7九金 △同 龍 ▲同 銀 △5八角

▲4七銀 △3五歩 ▲2七玉 △4九角成 ▲3八銀引 △1五桂


まで90手で萩尾の勝ち

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