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こちら、駒桜高校将棋部Outsiders  作者: 稲葉孝太郎
第59局 感想戦後の感想戦(K川県・T島県)(2015年9月19日土曜)
695/708

683手目 陽動中飛車

※ここからは、犬井いぬいくん視点です。取材当日の午前に戻ります。

 さてさて、今日は葉山はやまさんとは別行動。

 お互いに単独取材だね。

 僕は四国東部を担当ということで、K川→T島ルート。

 まずは、二階堂にかいどう姉妹と、長尾ながおくんを取材する。

 場所は、姉妹の両親が経営するうどん屋。

 早朝、営業時間前に暖簾をくぐると、いらっしゃーいの声。

 元気な女の子が出てきた。

 短く結ったミディアムボブが、向かって右に流れている。

 早紀さきちゃんだね。

「おはよう。みんな揃ってる?」

「もちもちです」

 早紀ちゃんの返答と同時に、厨房のほうから、他のふたりが顔を出した。

 妹の亜紀あきちゃんと、長尾くん。

 亜紀ちゃんは、

「やっほー、犬井いぬい先輩、おひさ」

 と、手を振ってあいさつした。

 長尾くんは、なにか作っていたらしく、エプロン姿で、

「おはよう、朝ごはん食べてきた?」

 と、いきなり訊いてきた。

「ホテルで軽く食べたけど、どうして?」

長尾ながおあきら特製スイーツがあるんだけど、まだできてないんだ。冷蔵庫で3時間」

 なるほどね、と、僕は納得すると同時に、

「僕が食べてきてなかったら、モーニングも出たのかな?」

 と、ちょっとからかってみた。

 すると、長尾くんは、

「アハハ、まさか……そんなことがあるんだなあ」

 と言って、厨房の奥から、モーニングセットを取り出してきた。

 サンドイッチトースト、サラダ、スクランブルエッグ。

「用意周到か。でもごめん、さすがに入らない」

「いいよいいよ、犬井が食べなかったら、僕が食べる予定だったから」

 と言って、長尾くんは早速、自分の料理をつまんだ。

 前置きはこのへんにして、早速始めよう。

「今日は葉山さんがいないから、僕の単独取材ね。イヤだったら申し訳ない」

 亜紀ちゃんは、なんで犬井さんひとりなんですか、と訊いてきた。

「企画的に、単独取材回があっても面白いかな、と思って」

「そんなに変わります?」

「突っ込んで説明できないけど、あると感じた」

 葉山さんは、将棋に関して、僕の意見にだいぶ依拠しちゃってると思う。棋力差を気にしていたり、本当にわからなかったり、そのあたりが原因。もっと自由に書いて欲しい。そのための単独取材。失敗する可能性も、もちろんある。

「じゃ、だれからにする?」

 あらかじめ決めていてくれたらしく、早紀ちゃんからになった。

「わたしは、桃子ももこちゃんの将棋にします」

 ここは予想通り。

 早紀ちゃんの勝ち局で、相手の棋力が多分一番高い。

 次点で梨元なしもと戦だった。

 僕たちは、お店の奥の座敷に上がって、テーブルについた。

 4人で座るには十分。盤駒は、先に用意されていた。

 僕と早紀ちゃんが奥、長尾くんと亜紀ちゃんが通路側。

 早紀ちゃんは、

「それじゃ、並べまーす」

 と言って、棋譜を再現し始めた。

「今回はめちゃくちゃ工夫して、陽動中飛車です」


【先手:つるぎ桃子ももこ(O山県) 後手:二階堂早紀(K川県)】

挿絵(By みてみん)


 いい戦法だね。エンタメ性がある。

 僕は、

「陽動中飛車を採用した理由は?」

 と尋ねた。

「以前、他の強豪に陽動振り飛車を試したら、わりとうまくいったので」

「その強豪って、教えてもらえる?」

「あー、それは秘密です」

 相手に配慮したのかな、と思いきや、横合いから亜紀ちゃんが、

「あれ、お姉ちゃんの負けだったような……」

 と口を挟んだ。

「亜紀はちょっと黙ってなさい」

「お姉ちゃん、真実はいつもひとつだよ」

 なるほどね、そういう舞台裏か。

 でもさ、早紀ちゃんの陽動振り飛車がうまくいったかどうかと、最終的に負けたかどうかは、直接的には関係ないんだよね。だから、ふたりとも本当のことを言っているのかもしれない。

 僕はメモを取りつつ、先を促した。

「とりあえず、ちょっかいをかけました。6六歩、5五歩、同歩、同飛で飛び出して、6七金、6二玉、5六歩、5一飛と定位置に。桃子ちゃんは、3五歩と突いてきました」


【35手目】

挿絵(By みてみん)


 これは壁角の解消。

 剣さんの実力からすれば当然の、機敏な反発。

 以下、同歩、同角、7二玉、3七銀、7三桂、3六銀、3四歩と後手が収めようとして、6八角、4二角に、再度の3五歩。


【45手目】

挿絵(By みてみん)


 6八角、4二角あたりは、双方疑問手。

 もちろん、アマチュアレベルなら看過できる。

 僕は、

「ここから、8二玉と寄ったね。5四銀右は考えなかった?」

 と訊いた。

「いやあ、考えなかったですね」

「けっこう有力じゃない?」

 早紀ちゃんは、

「振り飛車党は、そんなに細かく考えないですよ」

 と笑った。

 亜紀ちゃんは呆れて、

「振り飛車党を代表するみたいなコメントは、100年早い」

 と突っ込みを入れた。

 まあまあ。

 いずれにせよ、ここからの先手は、決め手に欠けた。

 2筋でごちゃごちゃやったものの、突破はできず、6八角と引いた。


【56手目】

挿絵(By みてみん)


 僕は、

「3五銀と出て、先手良しかな、と思う。6八角はちょいヌルなんだけど、対局中は、どう感じた?」

 と訊いた。

 早紀ちゃんは、

「え、3五銀は、本譜でも指されてますよ?」

 と返した。

「本譜の6八角、4三銀、3五銀よりも、3五銀、4五銀、3四歩のほうが、わずかに先手いいと思う。後者は5六銀の突っ込みがあるとはいえ、6八金引の受けが利くから」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 なるへそ、と、早紀ちゃんは納得したあと、

「ただ、本譜も後手苦しいんですよね。チャンスと思ったのは、6六歩と打ったところです」

 と説明した。


【90手目】

挿絵(By みてみん)


「ここでは、後手がいいと思ったんですよ」

 僕は、

「じっさい、評価値は後手に振れ始めてるね」

 と答えた。

 すると、長尾くんは、

「後手悪くないとは思うけど、どこで逆転したの? さっきまでは先手が良かったよね?」

 と質問した。

 早紀ちゃんは、

「AIが言うには、6四歩、同銀、同銀、同角に、5五銀と打ち返したときみたいです」


【89手目】

挿絵(By みてみん)


 これを聞いた長尾くんは、ちょっと考えて、

「……そんなに悪いの、この手?」

 と、首をかしげた。

 早紀ちゃんは、

「えーと……正確には説明できないんですが、6五銀とひとつズラして打てば、6六歩に同金と取れるみたいなんです」

 と答えた。

 僕はこれに、軽い訂正を入れた。

「6五銀が疑問手なのは正しいとして、そのまえの6四歩、同銀に、同銀と取り返したのも疑問なんだよね。2段階で評価値が溶けてる。6四歩、同銀には、6一銀と引っかけて打つほうがよかった」


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「これなら、6二金と寄られたとき、7四銀で前に出られる。6一金なら8三銀と打てる。銀が余ってるのが大きい」

 長尾くんは、なるほどねえ、と感心した。

 早紀ちゃんの解説に戻る。

「で、このあとは後手ペースになりました。全然読み切ってなかったですけどね。8筋で攻防があって、6六桂捨てから6八金捨てと、連続で捨てる勝負に出ました」


【106手目】

挿絵(By みてみん)


 ここで8八玉と逃げたのがマズくて、後手勝勢に。

 正解は8九玉。ただし、これでも後手優勢レベル。

 ようするに、この段階では先手負けになっている。

 僕は少し戻して、

「100手目の6八とで、8四金はどう?」

 と尋ねた。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 早紀ちゃんは、あー、と間延びした声を出して、

「そっか、受けたらもっと簡単に勝てますね。飛車を逃げるしかないんで」

 と理解してくれた。

 6五飛、6八とだね。

 亜紀ちゃんは、

「なんかお姉ちゃんでも指せそうじゃない? なんで気づかなかったの?」

 と尋ねた。

 早紀ちゃんは渋い顔をして、

「あのときは、攻め合いしか考えてなかったからなあ」

 と弁解した。

 そういうことって、あるよね。

 受けて負けるくらいなら、攻めて負けよう、っていう思考が先にくると、そもそも受けを読まなくなってしまう。これは将棋に限らない。

 早紀ちゃんは、気をとりなおして、

「ここからは、もう私が勝勢……だったんですが、先手が入玉を目指してきて、焦りました」

 と、終盤の解説にとりかかった。


【119手目】

挿絵(By みてみん)


 僕は、

「なんだかんだで、白熱した終盤になったんじゃないかな」

 と評価した。

 解説席でも、こじれそう、という意見が出ていた。

「心臓に悪かったですね。先手の入玉、一見すると止めにくかったので。でも最後、7五金っていう気持ちのいい手が出て、気持ちよく勝てました」


【132手目】

挿絵(By みてみん)


「わたしが見た限り、桃子ちゃんが観念したのは、ここみたいです」

 詰みに気づいた、と。以下、同歩、7六銀、7四玉、8五角、6四玉、4五歩で、飛車の横利きがひらいて詰み。先手も入玉寸前だったから、よく止めたと思う。

「全体の感想は、どうかな?」

 早紀ちゃんは、そうですね、と言ってから、しばらく考え込んだ。

 今になって考えている、というわけじゃない。

 これまでの記事でも、最後にそういう感想が載ってるわけだし。

 事前に用意するタイミングは、あっただろう。

「……なんか、全体の感想って訊かれても、ピンとこないんですよね。変な譬えかもしれないですけど、麺が美味しい、汁が美味しいって言ったあとに、じゃあうどん全体はどうでしたか、って訊かれてるみたいな……すみません、ちょっと説明しにくいです」

 これには長尾くんが笑顔で、

「あ、わかるわかる。アミューズ・ブーシュ、オードブル、スープ、ポワソン、ソルベ、ヴィアンド、デセール、カフェの感想をひと通り言ったあと、じゃあコース料理全体はどうでしたか、って訊かれたら、困るよね。いや、さっき言ったじゃん、っていう」

 早紀ちゃんは、

「コース料理は食べたことないですけど、まあそんな感じです」

 と同意した。

 僕は、タブレットを触りながら、思案した。

「……じゃあ、全体の感想はなしでもオッケーだよ。他の記事に合わせる必要ないから」

「でも、記事になるのに、もったいないような……あ、そうだッ!」

 早紀ちゃんは、バンとテーブルを叩いた。

「うどんはK川のたかやぐらッ! 観光の際には、ぜひお立ち寄りくださいッ!」

「ごめん、広告スペースは有料」

場所:第10回日日杯 3日目 女子の部 14回戦

先手:剣 桃子

後手:二階堂 早紀

戦型:後手陽動振り飛車


▲2六歩 △3四歩 ▲7六歩 △4四歩 ▲4八銀 △3二銀

▲5八金右 △4三銀 ▲5六歩 △9四歩 ▲9六歩 △7二銀

▲2五歩 △3三角 ▲7八銀 △6四歩 ▲7九角 △3二金

▲7七銀 △6三銀 ▲7八金 △7四歩 ▲6九玉 △5四歩

▲3六歩 △5二飛 ▲6六歩 △5五歩 ▲同 歩 △同 飛

▲6七金右 △6二玉 ▲5六歩 △5一飛 ▲3五歩 △同 歩

▲同 角 △7二玉 ▲3七銀 △7三桂 ▲3六銀 △3四歩

▲6八角 △4二角 ▲3五歩 △8二玉 ▲3四歩 △同 銀

▲7九玉 △7二金 ▲8八玉 △8四歩 ▲2四歩 △同 歩

▲同 角 △3三桂 ▲6八角 △4三銀 ▲3五銀 △3六歩

▲2四歩 △2一飛 ▲2六飛 △6五歩 ▲3六飛 △3四歩

▲同 銀 △同 銀 ▲同 飛 △5八銀 ▲6五歩 △6七銀不成

▲同 金 △6五桂 ▲6六銀 △6四歩 ▲7七桂 △5七歩

▲6五桂 △同 歩 ▲同 銀 △4三金 ▲3五飛 △2四飛

▲6四歩 △同 銀 ▲同 銀 △同 角 ▲5五銀 △6六歩

▲6四銀 △6七歩成 ▲8五桂 △同 歩 ▲同 飛 △8四歩

▲同 飛 △8三銀 ▲8五飛 △6八と ▲5五角 △7八と

▲同 玉 △6六桂 ▲同 角 △6八金 ▲8八玉 △7九角

▲7七玉 △6七金打 ▲8六玉 △6六金 ▲7三銀打 △同 金

▲同銀成 △同 玉 ▲6三金 △同 玉 ▲8三飛成 △7三桂

▲7五桂 △5四玉 ▲5五銀 △6五玉 ▲6六銀 △同 玉

▲7三龍 △6七玉 ▲8五玉 △9三銀 ▲8三桂成 △7五金

▲同 歩 △7六銀 ▲7四玉 △8五角 ▲6四玉 △4五歩


まで138手で二階堂早紀の勝ち

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