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第二十四話 : 再会、そして爆発

 

 そしてわたしは、ゆっくりとその扉を開いた。

 夕日の光が背後から差し込んでくる。赤い光は影を遮って、扉の向こうにある部屋の中を黄昏色に染めていく。

 扉の向こうに広いスペースのリビングが見える。赤く染まったリビングの中央にある大きなテーブルの上に、いくつもの本や資料やメモ、ノートタイプのHPC、ヘンな形の実験器具なんかが、広いテーブルを埋め尽くしている。

 そのテーブルの前で、こっちに背を向けて座っている、一人の男性がいた。


 その背中を見た瞬間、頭の中にいつかの景色が、フラッシュバックのように蘇った。


 『研究室』のプレートがかけられたあの小さな部屋で――、

 いつでもわたしを迎えてくれたあの笑顔が――、

 八年前と同じように、わたしを笑顔で出迎えてくれた。


「ずいぶん早かったすね、仙堂さ――、」


 振り返った笑顔が固まったのを最後に、視界が揺らいでいく。

 ……ああ、もう、ダメだ。もう、ムリだよ。

 ナツ兄ぃに再会した時に言う言葉、考えてたのになぁ。「久しぶりだね、ナツ兄ぃ」なんてさらっと言いながら、成長したわたしの姿を見せつけようと思ってたのに。そんな笑顔見せられたら、もうムリだよ。

 ナツ兄ぃの笑顔は、わたしを一瞬で、六歳だったあの頃に戻してしまった。


「ナツ、兄ぃ……、ナツ兄ぃ〜〜ッ!!」

「お、おま、なんで、えぇっ? お前サンだよな? なんでここにいんだよ!」

「ナツ兄ぃ! ナツ兄ぃ! だづにぃ〜〜ッ!」

「おわっ、鼻水! 鼻水付いてるって! そんで俺で拭くな! こすり付けんな!」

「グズッ、だっで、だっでぇ……! う、わあ〜〜ん!」

「あ〜服ぐしょぐしょだよ。……ったく」


 涙が止まらない。止めることなんてできるわけがない。だってそうでしょ? 六年前のあの日追いかけられなかった背中に、ようやく追いつくことができたんだから。

 泣きじゃくるわたしの頭を優しく撫でてくれるナツ兄ぃ。それが嬉しくて、懐かしくて、少し恥ずかしくて――、

 ようやくわたしは今のわたしに、十四歳のわたしに戻ることができた。


「グスッ、……ひざじぶりだえ、だづにぃ……」


 用意していたセリフは、涙と鼻水のせいで、思いっきり子供っぽくなってしまった。

 ……かっこ悪すぎ。今わたし、絶対顔真っ赤だよ。

 そんなわたしに、ナツ兄ぃは優しい声で、こう言ってくれた。


「ああ、久しぶり。大きくなったな、サン」


 その声が昔のまんまだったから。あの頃と何も変わらない、暖かくて優しい声だったから。

 わたしはまた六歳に戻って、ナツ兄ぃの胸の中で泣いた。




  ◇ ◇ ◇




「――ダメだ。それだけは絶対にダメだ」

「どうして!? もうわたしは小さかった頃のわたしじゃないよ! 今のわたしならナツ兄ぃの力にだってきっとなれるよ!」

「そういうことじゃないんだって。俺がこんな遠いとこまで一人で来たのは、お前や教授たちを巻き込まないためだ。これは、俺が一人でやるべきことなんだ」

「やだ! ナツ兄ぃがなんて言ったって、絶対にここに残るもん!」

「ダメだって言ったらダメだ!」

「やだ!」


 大きなテーブル以外には何もないリビング。もう外はすっかり陽も落ちて薄暗い。

 部屋の灯りが自動で付いた明るいリビングのど真ん中で、わたしとナツ兄は一歩も互いに譲ることなく睨みあっていた。


「ナツ兄ぃ、わたしがすっごいガンコだってことわかってるよね? さっさとあきらめてわたしを助手にしてよ!」

「だからダメだっつってんだろ!」

「だったらパートナーでいいから!」

「う〜ん、パートナーなら……ってほとんど同じ意味じゃねぇか!」


 くそ、騙されなかった。って言うかこんなので騙されたらただのバカか。ちょっぴり騙されかけてたけど。

 ナツ兄ぃとこんなに言い争いするのなんてずいぶん久しぶりだ。わたしがまだ小学生にあがる前くらいの時に夕飯のおかずの取り合いした時以来かも。

 思わずニヤけそうになる顔を無理やり引き締める。今はニヤけてなんかいられないんだ。わたしのこの六年間は、全てナツ兄ぃの力になるための六年だったんだから。ナツ兄ぃが何て言ったって絶対に引き下がってたまるもんか。

 わたしの意志の強さ、なめんなよ。


「とにかく、ナツ兄ぃがいいって言うまでここに居座るからね」

「ったく。……わかった、とりあえず今日はもう暗くなってきたから泊まってけよ。その代わり、明日にはちゃんと家に帰れよ」

「うん! 明日からバンバンお手伝いするからね!」

「……帰る気なんかさらさらないって顔だな」

「当然ッ!」


 しかめっ面のナツ兄ぃに満面の笑顔でそう言ってやる。

 時間はかかったけどやっと会えたんだ。引くつもりなんか一欠けらもない。迷惑だって言われようがジャマだって言われようが関係ない。もう二度と置いてけぼりになんかされてたまるもんか。

 わたしの決意を感じ取ったのか、ナツ兄ぃの表情が少し和らいだ。おかずの取り合いで最後に一切れ残った揚げ物をくれたあの時と、同じ表情。


「……わかった。とりあえず今夜一晩考えてみるよ。明日までにはどうするか決める。それでいいな?」

「うん、わかった! って言うか、ダメだって言っても居座るけどね〜」

「相変わらず強引だなお前。さすが、ミオ姉ぇの娘だよな」

「へへ〜♪」

「そういえばミオ姉ぇは元気か? 連絡とか断ってるから全然近況とかわかんねぇんだよな」

「ママは相変わらずげん、――あぁッ!」

「うわっ、なんだよ急に大声出して」

「…………やばい、かも」


 ……忘れてた。今の今まですっかり忘れてた。

 昨日の朝にミイちゃんから電話があって、即行で家を飛び出して、飛行機何度も乗り継いで、そいでミイちゃんをたたき起こして、それから聞き込み開始してこの家まで辿りついて……。

 ――やばい、完璧に忘れてた! ママに何の報告もしてないままだった!


「うわ、ヤバイよ! ナツ兄ぃ、この電話借りるね!」


 ナツ兄ぃの返事を待たずにテーブルの上にあった携帯をひったくる。家への最後の番号を押す前に一つ深呼吸。絶対に怒られるのはわかってる。だけどちょっとは猶予は欲しい。

 まるで死刑執行前の囚人のような気分。携帯の発信ボタンが電気イスのスイッチみたいに感じる。覚悟を決めて最後の番号を押した瞬間、ちょっと電気が走った気がした。

 電話先にいる執行人は、コール音を一度も鳴らすことなく電話に出た。出てしまった。


『――今どこにいんの、アンタ?』


 うわ、名乗る前にもうわたしだって気付いてるよママ。って言うか電話取るの早すぎ。

 普段からあまり取り乱すことのないママだけど、こんな風にやけに声のトーンが落ち着いてる時が一番怖い。背後から首下にナイフを突きつけられた気分。

 背後を振り返る。きょとんとした顔のナツ兄ぃがいる。うん、ママはいない。……いないよね?


『キョロキョロしてないで答えなさい。今どこにいんの、サン?』


 なんでキョロキョロしてたのわかったの!?

 やばい、やばいよ。もうとっとと素直に謝った方がいいのかも。ヘタに言い訳しても、今のママには通用しなさそうだし。


「ご、ごめんママ! ミイちゃんから電話あって、それから無我夢中で、もういっぱいいっぱいで、ナツ兄ぃのことで嬉しくて舞い上がっちゃって、それでもうすっかり夜で! ……と、とにかくごめんッ!」

『……よくわからないけど、今はナツと一緒にいるってこと?』

「そ、そうそう! だから大丈夫! 今夜はナツ兄ぃのとこに泊まるから! あの、だから、心配しないでね」

『あっはっは。心配しないでって? ――もうたっぷりと心配しまくったわよこのバカ娘ーーッッ!! 何にも言わずにいきなりいなくなったら誰だって心配くらいするでしょーが! それとも何!? サンにとってはあたしやクマさんのことなんてどうでもいいってこと!? アンタそれは家族として娘として人としてどうなのって話になってくるわよ!? だいたいね、アンタは昔から――――!!』


 ママ、大爆発。

 隣にいるナツ兄ぃまでビクつかせるくらいの勢いと大声で、ママはその後数分間にわたって怒声を轟かせ続けた。



 

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