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未来への約束  作者: 紫煙くゆり


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第二十一話 正体

恵子の落ち着いた、しかし決して引かない真剣な問いかけに、葵はゴクリと喉を鳴らした。


「お母さん……あのね」


葵は意を決して口を開こうとしたが、言葉に詰まった。タイムスリップという非現実的な事実を、どう切り出せばいいのか分からない。

その様子を察した彰一は、すっと姿勢を正し、恵子をまっすぐに見据えた。


「お母様。私の口から、すべて包み隠さずお話しいたします。……ですが、これから申し上げることは、おそらく常識では到底信じがたいものに聞こえるはずです。どうか、不審に思われても無理はありません」


恵子は腕を組み、静かにうなずいた。


「ええ、聞かせてもらうわ。……正直、あなたの言葉遣いや身のこなしは、今の若い人たちとはあまりに違いすぎて、私だってずっと引っかかっていたものだから」


「……感謝します。私は、今のこの時代の人間に非ず。――昭和二十年四月、鹿児島県知覧の基地にて特攻の命を受け、まさに明日をも知れぬ出撃を控えていた身でありました。神崎彰一と申します」


客間の空気が、ピタリと凍りついた。

数秒の沈黙の後、恵子は微かに眉をひそめ、信じられないものを見るような目で彰一を見つめた。


「……昭和二十年? 特攻隊……?」


「はい」


「ちょっと待って……。それじゃあ、あなたは何歳なの? 今の年齢は」


「私は、昭和二十年の時点で二十一歳であります」


恵子はあきれたような、あるいは呆気にとられたようなため息をつき、首を振った。


「冗談にしては悪質すぎるわね……。八十年前の人がそのままの姿でいるなんてあり得ないでしょう? 見たところ、あなたはどう見ても二十代前半の若い子にしか見えないじゃない。それに、タイムスリップなんて、ドラマやSF小説じゃあるまいし、そんな話が真面目に信じられるとでも思っているの?」


恵子の声には当然の不信感が滲み出ていた。


「お母さん、お願いだから信じて!」


葵がたまらず、恵子の膝にすがりつくように身を乗り出した。その瞳には、必死の訴えと涙が浮かんでいた。


「神崎さんは嘘なんてついてないの! 本当なの……! 街で途方に暮れてた神崎さんと出会って……今の世の中の仕組みも、電車の乗り方も何も知らなくて、最初は変な人だと思った。でも、嘘をついて人を騙すような人じゃないことくらい、一緒にいて私には分かったの! お願い、お母さん、信じてあげて……!」


娘のこれまでにない真迫の訴えに、恵子は言葉を失った。

傷つき、逃げ帰ってきたはずの娘が、自分を投げ打ってまでこの青年を庇い、信じ抜こうとしている。

その葵の姿と、どこまでも静かに座り続ける彰一を見比べ、恵子は息を呑んだ。

彰一は微動だにせず、ただ深く頭を下げた。


「お母様のご懸念、もっともに存じます。私のような荒唐無稽な世迷言を、すんなりとお信じいただけるとは毛頭思っておりません。ですが……これだけはご覧いただきたい」


彰一は脇に置いたリュックのジッパーを静かに引き開けた。

大切に折り畳まれ、包んでいた「それ」を、両手で捧持つようにして畳の上に広げた。

そこに現れたのは、現代の衣料には絶対に存在し得ない独特の質感を持った、使い込まれた旧陸軍の四式軍服だった。

生地の端々には擦り切れがあり、戦場の土と、遠い時代の硝煙の匂いがわずかに立ち上っている。そして軍服の胸ポケットからは、手縫いの縫い目が歪な、古い小さな布のお守りが覗いていた。

恵子は思わず息を飲んだ。言葉を失い、畳の上に広げられたその古びた布地を見つめたまま、微動だにできなくなった。


「……これが、私が身に着けていた軍衣と、故郷の妹が作ってくれたお守りです」


彰一の手が、お守りに優しく触れた。


「なぜ私がこの時代へ引き寄せられたのか、その理由は未だ分かりません。東京の街路に放り出され、路頭に迷っていた私を救ってくださったのが、葵さんでした。葵さんがいなければ、私は右も左も分からないこの現代で、身を寄せる術すら失っていたでしょう」


彰一は恵みに向かって、再び深々と手をついて頭を下げた。


「葵さんは、ご自身をごく平凡で何者でもないとおっしゃいますが、私にとっては命の恩人であり、この見知らぬ時代で生きる唯一の道標です。……お母様。どうか、葵さんの優しさを、彼女ご自身の心を、疑わないであげてください」


客間には重く長い沈黙が落ちた。

恵子は広げられた軍服とお守り、そして畳に頭を擦り付ける彰一を交互に見つめ、唇を真一文字に結んだ。

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