第二話 暗夜の中
「警察、呼びますからね! 刀持ってるの、普通に不審者なんで!」
葵はスマホを突きつけ、強気に言い放った。
だが、画面をタップする指先はかすかに震えている。
彰一は眉をひそめ、首を傾げた。
「けいさつ……? 巡査のことか。当方は暴漢ではない。大日本帝国の将校だ。それより婦人、問いに答えよ。ここは帝都のどこだ。敵機の爆撃により部隊と離脱した。早く連隊へ連絡を入れねばならん」
「だから、世田谷だってば! 帝都とか大日本帝国とか、いつの時代の話してんの!?」
「何……?」
彰一の顔から血の気が引いていくのが、街灯の光の下でも分かった。
彼はゆっくりと周囲を見回す。
濡れたアスファルト、頭上を複雑に交差する電線、不気味な青白さを放つLEDの街灯、そして遠くで鳴り響く、聞き覚えのない電子音。
そのどれもが、彼の知る「昭和二十年の日本」には存在しないものだった。
「……灯火管制はどうした。なぜこれほど無防備に街を照らしているのだ。敵機の標的になるぞ」
「はぁ?灯火管制ってなに?敵なんて来るわけないでしょ! 戦争なんて大昔に終わってんの!」
「……何? 終戦……だと?」
彰一の動きがピタリと止まった。
その眼光が途端に鋭くなり、葵の腕をガシッと掴んだ。
「痛っ……! 何すんのよ!」
「今、何と言った! 戦争が終わったとはどういうことだ! 米英との戦いはどうなった! 我が軍の戦況は……!」
「離してよ! 本当のこと言ってるだけでしょ! 今は二〇二六年! 令和八年なの!」
掴まれた腕に激痛が走る。
力強さが尋常ではない。
本物の威圧感に、葵は恐怖で息が詰まった。
「二〇二六年……? 戯言を抜かすな! 控えよ!」
「嘘じゃない! 見なさいよこれ!」
葵は振り払いながら、スマホの画面を彰一の目の前に突きつけた。
画面に躍るのは、デジタル時計の「2026年10月28日」の文字と、色鮮やかなニュース映像。
彰一は息を飲んだ。
薄いガラス板の中で、動く光と文字。
見たこともない技術に目を見張り、そこに刻まれた「2026」の数字を凝視する。
「な……なんだ、このからくりは……。」
その時、遠くからパトカーのサイレン音が聞こえてきた。
赤色灯の光が、路地裏の壁を周期的に赤く染める。
「ほら、警察来たじゃん! 刀持ってるし、あんた絶対捕まるよ!」
葵の言葉に、彰一はハッと我に返った。
軍人が市井で不審者として身柄を拘束されるのは耐え難い恥であり、何よりこの異常な状況で捕まれば警察に狂人扱いを受けかねない。
「くっ……!」
彰一は刀の柄に手をかけ、身構えた。
しかし、激戦と爆撃のダメージ、そして未知の時間跳躍による衝撃が、彼の肉体を限界に追い込んでいた。
膝がガクガクと震え、視界が大きく揺らぐ。
「え、ちょっと……大丈夫……!?」
「ハツ……すまん……」
吐き捨てるような呟きと共に、彰一の体がグラリと傾き、葵に向かって倒れ込んできた。
「うわっ、ちょっと!!」
受け止めきれず、二人はアスファルトの上に倒れ込む。
ずっしりと重い男の身体。
肩越しに触れる軍服は冷たく湿り、猛烈な焦げ臭さと微かな血の匂いが葵の鼻をついた。
(嘘……マジで怪我してる……?)
近づいてくるパトカーのサイレン音。
このままこの男を置いて逃げれば、面倒から解放される。
関わるべきではない。どう考えても頭のイカれたヤバい奴だ。
だけど——。
倒れる直前に見せた男の絶望に満ちた表情と、肩から伝わる生々しい体温が、葵の足を止めさせた。
「……はぁー、最悪! なんで私がこんな目に逢うのよ!」
葵は吐き捨てるように悪態をつくと、倒れた彰一の腕を自分の首にまわし、必死の思いで引きずり起こした。




