第十三話 駅前の舌戦
世田谷駅前ロータリー。
テレビ中継が終わったあとも、街宣車の上では現職議員の坂東たかしが、大音量のスピーカーでマイクを握りしめていた。
「お集まりの皆様! 私、坂東たかしは、この街を支えてくださった人生の大先輩方の暮らしを、何としても守り抜く覚悟でございます!」
白い手袋を振る坂東の周りには、チラシを配るスタッフと、立ち止まって頷く高齢の買い物客が数人。
駅へ向かう通行人や、昼休憩中の会社員たちは、その騒音を避けるように目を伏せて通り過ぎていく。
その人波を割るようにして、一人の青年が歩み寄ってきた。
黒のパーカーにジーンズ。一見すればどこにでもいる若者だが、その背筋の伸び方、周囲を威圧する異様な佇まいに、周囲の視線がちらほらと向き始める。
息を切らせて追いついた葵が、
「神崎さん、やめて……!」
と腕を掴もうとしたが、彰一はそれを制し、街宣車の真前で足を止めた。
「――質問がある」
彰一の声は、スピーカーの騒音を軽々と突き破り、広場全体に低く通り抜けた。
演説がピタリと止まる。
坂東がマイクを持ったまま、怪訝そうに眉をひそめた。
「……やあ、若いお兄さん。何かご意見かな?」
「貴殿が掲げるその演説に、一つ問いたい」
彰一の瞳は、壇上の坂東を逃さず射抜いていた。
「人生の大先輩方である高齢者を敬い、その暮らしを護る。それは当然の道徳であり、尊いことだ。だが、なぜそれをダシにして、今まさにこの国を支える若い世代の未来を売り払うのだ?」
周囲の空気が、冷ッと固まった。
昼食に向かう途中のサラリーマンや、立ち止まった学生たちが「何だあいつ」「迷惑系か?」と薄笑いを浮かべ、遠巻きに距離を取り始める。
坂東は面食らった顔をしたが、すぐに貼り付けたような政治家スマイルを浮かべた。
「はは、君ね、若者の雇用や支援についても我が党は……」
「言葉を飾るな!」
彰一の一喝が響き渡った。
広場が一瞬で静まり返る。
「『敬老』という美名を盾に取り、その陰で若者から容赦なく税をむしり取り、明日への怯えの中に捨て置く! 私の隣にいるこの者は、今朝、電話一本で今日の職と糧を奪われた。体が健全で、働く意欲もある若者がだ! 貴殿らの言う『豊かな社会』とは、若者を都合の良い使い捨ての駒にし、自分たちに都合の良い票田だけに媚びへつらう社会のことか!?」
周囲の通行人がざわついた。
「うわ、マジで絡んでるよ」
「ヤバい奴じゃん」
「警察呼ばれるぞ」
とヒソヒソ囁き合いながら、胸ポケットからスマホを取り出し、面白半分でカメラを向け始める者が増えていく。
坂東の顔から笑みが消え、苦虫を噛み潰したように引きつった。
「な、なんだ君は……! 個別の契約問題と社会保障制度は話が別だ! それに、高齢者を敬うのは日本の伝統であり……」
「伝統だと!?」
彰一の胸の底から、血を吐くような言葉が押し出された。
「八十年前もそうだった! 上に立つ者たちは『お国のため』と綺麗事を並べ、私たち若者の命を使い捨ての駒として戦場に送り出した! そして今も……やり方を変えただけで、若い者を都合よく搾取し、捨て石にしているではないか!」
「警備! 警備員は何をしている!演説妨害だ! 警察を呼べ!」
取り乱した坂東が怒鳴り散らし、袖を捲くった秘書やスタッフが「おい君、やめなさい!」と彰一の肩を掴もうと駆け寄ってくる。
街頭の野次馬たちは、誰一人として彰一を庇おうとはせず、ただ事態の推移を好奇の目で見守りながら、無機質にスマホのレンズを突き出していた。
異変を察した葵が、血の引きちぎられるような思いで彰一の腕を強く引っ張った。
「神崎さん、もういい! 捕まっちゃう、行くよっ!!
」
彰一は坂東と、カメラを向ける冷ややかな群衆を最後に一度見据えると、葵に引かれるまま、雑踏の路地裏へと走り出した。
背後で鳴り響くスマホのシャッター音、遠くから聞こえる警備員の怒号。
その場に残されたのは、「ただのヤバい不審者が暴れて逃げた」という冷めた空気と、スマホの中に記録された、恐ろしいほどの熱量を帯びた十数秒の動画データだけだった。




