02
「つまり私がシオンにメッセージを送って、シオンが全速力で保健室まで来て、授業中にたまたま窓の外を見ていた萩がそれを見て私に何かあったと思って走ってきた、と」
「うん、だって紫苑クンが鬼の形相だったから……あざみチャン大丈夫かなって思って……」
「馬鹿、人の心配をする前に授業を受けなさい」
「……というかアザミ、コイツ誰だ」
紫苑が深見を指差して聞くと、深見は笑って先ほどと同じ自己紹介をした。ひまとの掛け合いも全く同じだ。ただ、先ほどよりも二人の距離が近いが。
「深見先生がイケメンだって噂はあったけどここまでのイケメンとは思いませんでした!」
「待って萩、そんな噂あったの?」
「うん、あざみチャンのクラスでも有名だと思うけど……」
「知らない。というか知ってたら突き指ごときで保健室来ないし……」
「あはは、やっぱりあざみチャンは人が苦手だね~~」
あざみと萩の他愛ない会話の間にひまは深見の首に抱き着いていた。この光景はどう考えても社会的に許されないだろう。確かに深見は少なくとも見た目は若いが、それでも高校生ではないのだ。恐らく二十歳と少しぐらいだろう、とあざみは踏んでいる。それにひまの顔立ちは幼い。その幼い彼女が色気たっぷりという視線を深見に送っているのが見てはいけないものを見ている気がしてあざみは目を逸らした。
アウトだろこれは、と心の中で呟いたあざみにひまはムッとした顔を向ける。
「アウトじゃないもん」
「……え?」
「あざみお姉ちゃん、今ひまたちのことアウトだって」
あざみを指差し告げるひまのその姿に萩は見覚えがあった。紫苑も勿論ある。それはまるであざみが心を読む時の姿そのもので。
「あざみの心を、読んだのか……?」
紫苑はその場に立ち尽くした。そんな彼の様子にひまはニッコリと笑う。自分がどんな風に笑えば魅力的か熟知しているのだろう笑い方だ。
「そうだよ。あざみお姉ちゃんと一緒。ね? 先生」
「何のこと、一緒って何」
戸惑うあざみに深見は机の上に置いていたノートパソコンで何かのデータを開き読み上げた。
「菊家 あざみさん、度々体調不良で保健室へ来る……原因は慣れない『力』の発動の可能性」
「何、で……それ……紫苑と萩しか」
「ちょっとな、調べさせてもらった、ひまと二人でな」
彼が見ている画面にはあざみの学生証の写真が貼ってあり、まるでカルテのような見た目をしていた。ふらりと彼女の視界が揺らぐ。そんな彼女を支えたのは萩だった。紫苑は深見のノートパソコンを覗き込む。彼女の個人情報が並べられており、どれも紫苑が知っているものと相違ない。
「何故アザミの情報が……」
「どの国にもそういうのを集める機関があるもんだぞ」
「何が知りたい。お前たちの目的は何だ」
「話が早くて助かるぞ。流石だな椎名 紫苑君……昔から菊家さんのことを守ってたんだって?俺と一緒だな、強すぎる能力を持った人間は守らねぇとすぐ倒れるもんな」
紫苑はまだ一言も彼に自身の名前を告げていない。あざみと萩の会話の中に名前こそ入っていただろうが、名字は一切出ていなかった。あざみの情報だけでなく、自身の情報も掴まれている。深見が自身と一緒だというのは、ひまの話をしているのだろう。意味の分からない話の中心に立たされているあざみは吐き気がして口元を手で押さえた。萩はそんな彼女を心配そうな顔で見つめる。
「あざみチャン……」
「そっちが宮城野 萩さん。この間友だちになったばっかりだって?他の機関の人間から凄い美少女だって聞いてたけど、確かに美人さんだな」
「む~~……こっち見て」
「はいはい悪いってひま。アンタは可愛いよ。機嫌直してくれって」
へそを曲げたであろうひまが深見の顎を掴み自身の顔を見させる。そんな彼に可愛いと言われ上機嫌になった彼女は彼に抱き着いた。一体何を見せつけられているのか。あざみは細く長い息を吐いた。その様子に深見は咳ばらいを一つして言葉を続ける。
「てなわけで本題、俺たちは菊家さんを機関に入れるべきかどうかの調査に来た。今のところ菊家さんには能力があるんじゃないかっていう推測しかできてないからな」
「……は、わけわかんないんだけど」
「ちなみにうちの機関は一言で下衆だ。目的の為には一切手段を問わない。拉致監禁はお手の物だし、倫理的に許されない実験も溢れてる」
「そんな話を聞かされて私が行くと思うんですか?」
「だから言っただろ、目的の為には一切手段を問わないって」
そう言った深見は笑っていても目が笑っていない。そのすぐ隣のひまだってそうだ。笑顔のはずなのに、目に生気がないのだ。まるでその奥に深い闇が隠れているような。そう見えるのはあざみが目の前の二人を恐怖として見ているからなのか。萩の支えがなければきっと立っていることができなかっただろう。
震える左手をあざみは胸の上で握りしめた。目の前の二人をどうにかしなければ。一体自分の未来はどうなるのか。恐怖から無意識に『力』を発動しそうになる彼女の肩を抱いたのは紫苑だった。
「アザミ」
耳元で名前を呼ばれ、あざみは我に返る。今自分は何をしようとした。『力』の発動を確認すれば連れていくと言われたばかりなのに。そもそも最初に深見の心を読もうとしたのもまずかったのではないか。あの時萩が来なければ自分は今どうなっていたのか。
「ごめんシオン、萩」
これまでもこの『力』のことは厄介だとは思っていたが、こんなパターンは初めてだった。自分で意識していない時にも発動することがあり、そのせいで友人などできもしなかったのだ。友人ができようものなら、いつかこの『力』のせいで怪我をさせてしまうのではないかと、いつかこの『力』のせいで嫌われてしまうのではないかと、不安になっていた。そしていつの間にか人と関わることを避けるようになったのだ。
それなのに萩はその壁を飛び越えてきた。やっと学生生活が楽しめるかもしれない、と思った矢先にこんなこと。あざみは戸惑いがちに萩の腕を掴んだ。その震える手に萩は真っ直ぐに深見とひまを見る。
「もー……あざみチャンをこんなに怖がらせるなんて」
「怖がってなんか……萩?」
「……貴方がたの生活を終わらせることは、私にだってできるんですよ?」
萩はそう言ってスマホの画面を見せる。いつの間に撮ったのかひまを膝に載せた深見の写真だ。しかも角度のおかげかまるでキスをしているようなその写真は誰が見ても犯罪だと思うはずである。
「俺たちは国の」
「国とか知ったことじゃないです。警察が駄目でも私がこの写真を皆に見せれば貴方がたはこの学校に居られなくなりますよね? 存知のとおり私って人気者なんです。こんな顔のどこが良いのか……ああ違う違う、そう! 人気者の私がこの写真を皆に見せたらどうなると思います? 色んな生徒に手を出す変態だって私が泣きながら言ったら皆勝手に解釈してくれるでしょうね……ダメ押しでシャツのボタン千切っておきましょうか」
「いや、あの」
ニッコリと笑っている萩には言葉を挟ませない圧がある。初めて見る萩の表情にあざみも紫苑もあんぐりと口を開けてなんとも間抜けた顔をしていた。深見もひまも青ざめている。
「知らないですけど、学校に居られなくなると任務失敗として何かしらの処分があるんじゃないですか? 人道に反した組織の処分がどんなものなのか分からないですけど、怖いですね」
「その、悪いことをしたと……」
「仮にも大人なら悪いことをした時にすべきことぐらい分かりますよね? その子も知ってるはずですけど」
萩の圧に深見を掴んでいるひまの手は震えていた。そして彼らは立ち上がりあざみに頭を下げる。
「怖がらせること言ってごめんなさい、お姉ちゃん」
「『力』の発動を見る為とはいえ申し訳ない」
「いや、あの……そんな謝るほどじゃ……いや、謝るほどだけど……」
「あざみチャン甘すぎ。こんなのに対して遠慮しなくて良いんだよ? そういうことしてたらつけ上がられるんだから。心配になるほどチョロ過ぎるよ」
「え、その……チョロくてごめんなさい……」
何故あざみまで謝らされているのか紫苑には分からない。『力』を持っていなくともこの場で一番強いのは萩なのではないか。萩は敵に回すべきではない、と紫苑は肝に銘じておくことにした。
「……っていうかもうそろそろ授業始まって二十分になるぞ? アンタら二十分過ぎたら欠課じゃなかったか?」
壁時計を見て深見が言った。その言葉にあざみも紫苑も、怒っていた萩でさえも顔が青くなっていく。
「ヤバい、急げ紫苑! 萩も!」
「おー、また次の休み時間に湿布貼りに来いよー」
「テメェにはもう二度と会いたかねぇぇぇぇ……!」
あざみは紫苑と萩とともに走りながら深見にそう叫んだ。段々と声は聞こえなくなり保健室に静寂が戻る。深見とひまは目配せしてから軽く吹き出した。
「あれを調査できるなんて中々楽しい仕事だな、ひま」
「うん!……あ、でもお姉ちゃんをあれ呼ばわりはダメなの……ひま、お姉ちゃんのこと気に入っちゃった」
「はいはい、あざみな」
「……先生の能力使うつもり?」
「状況次第じゃねぇかな……」
「ずるい」
頬を膨らませたひまの頭を深見はあやすように撫でる。先ほど萩が言ったとおり、この調査を失敗すれば自分たちがどうなるのか分からない。自分の命もこの少女の命も、今は菊家 あざみに握られている状況だ。
深見は自嘲めいた笑みを浮かべてついたままだったパソコンの画面を眺める。わざわざ彼とひまを寄越したということは十中八九菊家 あざみは『力』を持っている。何なら彼女は深見の心を読もうとしたし、力も使おうとしたのは見た。恐らくひまと同じ『物質と波長を合わせる力』なのだろう。心を読む癖があるのならば、そういうことだ。この『力』を物体に使えば動かすことができるし、人間に使えば意のままに操ることができる。波長を合わせるだけで心を読むこともできるのだ。かなり危険度の高い能力なので、機関が彼女を欲しがるのは理解できる。それでも二人の前で発動はしていないので、決定的な証拠は無い。
ボスと呼ばれる男、深見は会ったことが無いが、彼は能力者を集めては実験を続けていた。扉を開ける為だという噂を聞いたことはあるが、一体何の扉なのかは誰も知らない。非人道的な実験も多く、そんな実験に深見も参加させられたことも勿論ある。
「……アンタは逃げ切れたら良いけどな」
機関に連れていかれれば、どうせ不幸になるだけだ。だからこそ、確実に彼女が『力』を使うまでは報告をするつもりは無い。深見は画面に映るあざみの写真にそう呟いてからノートパソコンを閉じたのだった。




