03
昼間にあの交差点で見たような石造りの街が眼下に見える吹き抜けの長い渡り廊下。あざみは一瞬自分が再び異世界に来てしまったのかと混乱した。異世界から帰ってきて、ドーナツ屋で紫苑と萩はドーナツを買いあざみはコーヒーの氷入りのミルクを買った。それから部室に行って、文芸部でぐだぐだ駄弁りながら小説を書いて。帰宅時間になったのでいつもどおり家に帰った。それから入浴を済ませ、ご飯を食べ、ベッドに入ったのは覚えている。
つまりこれは夢の世界ではないだろうか。しかし夢をこんなにも認識できるものだろうか。
「緊張しているのか?」
突然聞こえてきた男の声にあざみは驚いた。更には頭に直接〝怖い〟という声が延々と聞こえてくるではないか。自身が着ている服はあざみが持っているものではない。一体自分はどこにいるのか。声を出そうにも、この身体はあざみの意志で動かないようだった。
そんな彼女の顎に突然手が添えられ無理矢理声がした方向へ顔を向かされる。鼻から上が仮面で覆われた顔、真っ黒くて長い髪、彼が着ている妙ちきりんな服も真っ黒だ。あざみの頭に降りかかる〝怖い〟という声が叫びに変わる。
「口がきけぬか」
「い、いえ……申し訳ございません」
あざみの意志とは無関係に出る声は、少しだけ自分の声に似ているような気がした。足や手を動かしてみようとしたが、どうしたって自由はきかない。ただただこの〝誰か〟の身体に入って、その世界を見ることしかできないようだった。この身体の主はどうやらこの目の前の男が苦手らしい。
渡り廊下の先の扉を開けると、これまた長い廊下が広がっている。床にはふかふかそうな深紅の絨毯が敷かれていた。廊下の先、重たい足取りで階段を降りる。隣の男が楽しそうに何かを喋っているが、身体の主の心の叫びが大きすぎてあざみには何も聞こえない。窓の外を見ると綺麗な庭が広がっている、どうやらここは一階らしい。
足がついに動かなくなった、きっと身体の主は怖いのだろう。しかし男が腰に手を回して無理矢理進ませてくる、あざみは少しこの身体の主に同情した。
「其方もきっと気に入ると思うぞ」
辿り着いたのはある部屋の前。男は笑いながら言っているが、気に入ると言われても今まで何も聞こえていなかったあざみには何の話か分からない。男がドアノブに手をかけ扉を開いた瞬間、あざみの視界が真っ暗になる。
夢から覚めたことに気がついたのは、暗闇の中によく見た天井が見えたからだ。それから少し離れた所にある高速道路を走る車の音が聞こえてくる。ジージー鳴るのは虫の声、これが現実世界であることを再確認する。あざみはゆっくりと起き上がり頭を押さえた。
「何、今の夢」
普段ならば起きればすぐに見ていた夢の内容を忘れてしまう。けれども今の夢はやけにハッキリと思い出せた。それに夢の中の感覚も妙にリアルで気持ち悪い。あざみは再び横になり、枕に頭を預ける。今の夢が気になるところだが、明日も学校なのだ。何も考えないように、自分の呼吸の音だけに集中して。そのままあざみは再び眠りに落ちたのだった。




