02
「萩」
「あれ、紫苑クン? 一人でうちの部室に来るなんて珍しいね……もしかしてあざみチャンに何かあった⁉」
「いや、アザミを見ていないか聞きに来た……見てないみたいだな」
「うん、今日はドーナツ屋さんに行けないってメッセージは来たけど……紫苑クンは?」
紫苑は萩に自身のスマホを見せる。そこには〝アンタは大丈夫?〟と書かれていた。まるであざみは大丈夫ではないような書き方に萩は眉を顰める。そもそも彼女がそんなことを紫苑に聞くこと自体がおかしい。
萩が彼女と過ごすようになって早二ヵ月近く、彼女が紫苑には迷惑をかけまいと頑張っていることを萩は知っているのだ。話を聞く限りこれまでのあざみは紫苑にかなり頼っていたようだが、最近は自立しようと足掻いているのも見ていれば分かる。それを紫苑が寂しく思っているのも見ていてよく分かった。正直これまでの二人の関係性の話を聞くと、明らかに紫苑があざみのことを囲いすぎていた。それだけ彼はあざみのことを大切に思っているのだろう。そしてまた、あざみも紫苑のことを大切に思っている。
だからこそ、全ての物事においてあざみのことを優先する彼の異常さに、あざみも少しずつ気がついているようだった。度々部活終わりに一緒にドーナツ屋へ行ったり晩御飯を食べに行ったりするうちにあざみが話してくれたことだ。
「あざみチャン……?」
そんな彼女が紫苑にこんなメッセージを送れば彼がどう思うか分からないわけがない。一体何があったというのか。萩は恐ろしく不安になり、紫苑の手首を掴んで彼の顔を見上げた。
「紫苑クン」
あざみチャンを探そう、と言いかけた萩の言葉は消える。ふと自身の左側に視線が吸い込まれた。そこにはあざみが驚き固まっているではないか。萩が気づいたことに気がつくと彼女は踵を返し走っていく。
「あざみチャン!」
「ごめん邪魔した!」
「待って! そんなんじゃないの!」
「来ないで! あとシオンは絶対来ないで! 私は大丈夫だから!」
嵐が過ぎ去ったように廊下は静寂で包まれる。このままではあざみは勘違いしてしまう。萩はこれまでの事を思い返して顔を青ざめさせた。
あざみと仲良くなるまで、萩だってこんなに深く仲良くなった友人はいなかったのだ。異性は下心でしか近づいて来ず、同性は仲良くなっても最終的には恋愛のことで揉めてしまった。萩にその気がなくても、同性の友人が好きになった相手が萩のことを好きになってしまう。どれだけ接触を避けても結局そうなるのだ。
その点、あざみと紫苑は違った。あざみに好きな人がいるとすれば紫苑以外あり得ないだろうし、紫苑はあざみ以外の人間に興味を示すことは無い。普段は無表情な紫苑が萩には笑いかけていて珍しいとあざみは萩によく言っていたが、それだって友人ができてはしゃいでいるあざみを見て笑っているだけである。
しかし今の自身の行動は迂闊だった、と萩は反省する。邪魔した、という言い方をしたということはあざみは恐らく紫苑と萩の仲を余計に勘ぐったに違いない。
「このまま勘違いされたままは嫌。紫苑クン、追っかけて」
「勘違い?」
「君のそういう鈍いところ嫌いじゃないけど……早く、あざみチャン追っかけて」
「あ、ああ……」
保健室での深見たちとのやり取りで萩に逆らうべきじゃないことは紫苑も知っている。そのまま紫苑は大人しくあざみを追いかける為に走り去っていった。
一人部室の前に残された萩は溜め息をつく。本当だったら自分だって追いかけたい、それでもあざみはきっと萩よりも紫苑の言葉を聞くはずだ。安心しきって迂闊な行動を取ってしまったことを反省しなければ、と考えていた萩の後ろから菊が声をかける。
「萩さん、大丈夫ですか?」
「うん、ごめんね菊チャン……練習に戻るよ」
「そろそろライブですもんね、頑張りましょう!……それにしても本当に萩さんはあざみさんたちと仲良しですね」
「そう? 仲良しに見える?」
「えぇ、とっても」
菊の言葉に萩は嬉しそうに笑う。あざみや紫苑と一緒に居るのは萩にとって心地が良い
勿論目の前の菊だって良い友人である。入部してからずっと一緒にバンドを組んできた。
「私もあざみさんと仲良くなりたいんですよね」
「え、菊チャンも?」
「ええ、萩さんのお話聞いてたら私もあざみさんと話してみたくなって」
「嬉しい! あざみチャンって良い子なんだ~~! 今度紹介するね!」
きっとあざみは最初警戒するだろうが、すぐに菊とも仲良くなることだろう。その為にも紫苑には早く誤解を解いてもらわなければならない。他人任せで申し訳ないが、適任者に任せるに越したことはないのだ。悔しい気持ちを潰すように萩はドラムを叩いた。




