侯爵邸への道と、揺れる胸の内(後編)
重厚な鉄製門をくぐり、馬車は白亜の壮大な屋敷の前へと停車した。
「百合様、到着いたしました」
ジェイドに手を引かれ、エスコートされるまま馬車を降りた百合は、屋敷の前にずらりと並ぶ光景に思わず息を呑んだ。
執事やメイド、屋敷の使用人たちが整然と列をなし、その中央には上品なドレスを纏った美しく凛とした女性——ヴァルハイト侯爵夫人の姿があった。
しかし、百合が姿を現した瞬間、出迎えた使用人たちの動きがピタリと止まった。
(な……なんて小柄で可愛らしい方なんだ……!)
(黒い髪に、パッチリとした二重……教本の女神様そのものじゃないか……!)
この世界では見たこともない神秘的で可憐な少女の登場に、使用人たちは驚愕と感動のあまり息を吸うことすら忘れて見惚れている。
「ようこそお越しくださいました、尊き乙女、百合様。我がヴァルハイト侯爵邸へ歓迎いたします」
侯爵夫人が優しく微笑み、深くお辞儀をした。その温かい雰囲気に、百合の緊張も少しほぐれていく。
まずは長旅の疲れを癒やすため、百合は案内された客室へと足を踏み入れた。
「急なご決定でしたので、可愛らしい女の子向けのお部屋をご用意できず、申し訳ございません。一ヶ月の滞在中、ご要望があれば何なりとお申し付けくださいね」
そう言って夫人は恐縮していたが、用意された客室は天蓋付きの巨大なベッドに、洗練された高級家具がズラリと並ぶ、百合にとっては夢のような豪華さだった。
「いえ! こんなに綺麗で広いお部屋をいただけるなんて、十分すぎるくらいです。ありがとうございます!」
百合が素直に喜ぶと、案内した使用人や夫人もホッとしたように胸をなでおろした。
部屋でひと息ついた後、百合は別室へ案内され、当主ヴァルハイト侯爵、夫人、そしてギルバートとジェイドの兄弟とともに、お茶を囲んで歓談の時間を設けることとなった。
テーブルに着くと、百合は立ち上がり、夫人に向かって改めて丁寧にお辞儀をした。
「先ほどはバタバタしてお礼も言えず申し訳ありませんでした。橘百合と申します。18歳です。一ヶ月間、こちらの屋敷でお世話になります。分からないことばかりでご迷惑をおかけするかもしれませんが、一生懸命勉強しますので、よろしくお願いします!」
慎み深くもハッキリとした百合の自己紹介に、夫人は感銘を受けたように目を輝かせた。
「まあ……なんて可愛らしくて、礼儀正しいお方でしょう。私は当主ヴァルハイトの第一の妻、エレノアと申します。百合様、どうぞ我が家で寛いでくださいね」
そう微笑んだエレノア夫人は、運ばれてきた温かいお茶を一口飲み、優しく言葉を続けた。
「先ほど王宮での一妻多夫制のお話で、驚かれてしまいましたでしょう? 実は我が家にも、筆頭夫であるヴァルハイトの他に、あと二人の夫がおりますのよ」
「えっ……そうなのですか?」
気になっていた疑問に、百合は素直に目を丸くした。
「ええ。第二の夫である『クラウス』は領地の別邸で事業や管理を任されており、第三の夫である『ハインツ』は王宮で外務官を務めておりますの。二人とも普段は仕事で留守にすることが多いのですが、大変優しく、私をとても大切にしてくれておりますわ」
(そうなんだ……! ドロドロした関係じゃなくて、男性たちがそれぞれのお仕事で奥さんを支えて、仲良く信頼し合っているんだ……)
実情を知り、百合の「一妻多夫制」に対する恐怖心や偏見が少しずつ解けていく。
「この国の男はみな、妻となった女性を生涯かけて守り、幸せにすることを誓います。我が息子たちも、不器用ではありますが……一途さだけは保証いたしますよ」
エレノア夫人が悪戯っぽく微笑みながらギルバートとジェイドに視線をやると、190センチを超える騎士兄弟は同時に明後日の方向を向き、耳まで真っ赤にしてお茶を飲み干すのだった。




