侯爵邸への道と、揺れる胸の内(前編)
パタン、と重厚な紋章があしらわれた扉が閉まり、豪華な馬車が静かに走り出した。
車内に揺られているのは、当主のヴァルハイト侯爵、騎士団長のギルバート、副団長のジェイド、そして百合の4人だ。異世界へ来て間もない百合を気遣い、向かい側に腰掛けた巨漢の男たちは、息を詰めるようにして静かに佇んでいる。
「……百合様。乗り心地はいかがかな? 揺れで気分が悪くなったりはしておらんか?」
ヴァルハイト侯爵が、厳格な面立ちを和らげて優しく問いかけた。
「あ、はい! 全然大丈夫です。ふかふかのシートで、すごく乗り心地が良いです」
百合が緊張混じりに笑顔を返すと、隣に並んで座るギルバートとジェイドの肩がピクリと跳ねた。190センチを超える甲冑姿の男ふたりに挟まれる格好となった百合は、その圧倒的な身体の大きさと威圧感に、密かに胸を躍らせていた。
(すごい……間近で見ると、本当にお父さん以上に筋肉が引き締まっててカッコいい……)
そんな百合の視線に気づいたのか、ジェイドが軽妙な笑みを浮かべて語りかける。
「そう言っていただけると助かります。実は兄上……も俺も、百合様を壊してしまわないかヒヤヒヤして落ち着かないんですよ」
「ジェイド、余計なことを言うな」
ギルバートが低く太い声で弟を窘めるが、その耳たぶがかすかに赤くなっているのを百合は見逃さなかった。
「ふふ、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。私、これ見よがしに『マッチョな人が好き』なんて言っちゃいましたけど……本当に、鍛えている方は頼もしくて素敵だなって思っているんです」
「……っ!」
「マッチョ」という言葉が再び百合の口から飛び出した瞬間、車内の男たち三人は一斉に背筋を正した。
「百合様……その『マッチョ』というのは、我々のような体躯の男のことで間違いないのだろうか?」
我慢しきれなくなったギルバートが、拳をギュッと握りしめながら真剣な眼差しで尋ねてくる。その必死でピュアな様子に、百合は思わずクスッと笑ってしまった。
「はい! 背が高くて、肩幅が広くて、筋肉がしっかりついている男らしい人のことです。お二人とも理想の『マッチョ』ですよ」
百合のストレートな言葉に、いつもは冷徹な騎士団長と副団長が、完全に言葉を失って固まってしまった。
「……ゴホン! ……我が息子たちが、百合様の好みに叶っているようで何よりだ」
ヴァルハイト侯爵が満足そうに咳払いを挟む。
「屋敷に着きましたら、まずは長旅の疲れを癒やしてください。我が家には腕利きの料理人もおりますので、百合様の口に合う料理をご用意させましょう」
「ありがとうございます! 私、料理を作るのも食べるのも大好きなので、すごく楽しみです」
弾むような百合の声と、初恋の女神から「理想」と言われて胸を熱く焦がす騎士兄弟。甘く和やかな空気に包まれながら、馬車はゆっくりとヴァルハイト侯爵邸の広大な敷地へと入っていくのだった。




