王宮の厨房調査と男たちの目論見
翌朝、百合と凛は王宮へと向かう準備を整えていた。お城は離宮の目と鼻の先にあるため、心地よい風を感じながら歩いて向かうことにする。
「百合殿、凜殿おはようございます」
離宮の玄関を出ると、そこには凛とした佇まいのギルバートが待っていた。
「ギルバート様! どうされたのですか?」
「本日お城へ向かわれると伺いましたので、レオンハルト殿下より護衛を命じられました。目的地までご一緒させていただきます」
「まあ、そうだったのですね。ギルバート様、よろしくお願いします。……あ、それとギルバート様、この前お願いしましたけれど、私のことは『百合』と呼び捨てで構わないのですよ?」
百合が微笑むと、ギルバートは途端に耳まで赤くして視線を泳がせた。
「い、いえ……! そのように呼ぶのは、その……プライベートと申しますか、二人きりの時だけにさせてください」
「ふふ、そうですか? 分かりました」
照れるギルバートの可愛らしい反応に、百合と凛は顔を見合わせてくすりと笑った。
「まずは、殿下の執務室へご案内いたします」
ギルバートの先導で王宮に入り、レオンハルトの執務室へと向かう。ドアを叩いて中に入ると、書類を広げていた金髪の美青年——第2王子レオンハルトが、パッと表情を明るくして立ち上がった。
「ようこそ、百合殿、凛殿。今日は宮廷料理人に会いたいそうですね?」
「はい! この国の食材や調味料、そしてスイーツの種類を確かめたくて伺いました」
「そうか。宮廷料理長にはすでに話してある。後ほどギルバートに案内させよう」
「ありがとうございます、殿下!」
「……それはそうと、夜会に向けたダンスのレッスンはどうかな? 順調に進んでいるかい?」
レオンハルトの問いかけに、百合は笑顔でうなずいた。
「はい、基本のステップはだいぶ覚えました! 次回からはパートナーの方と一緒に練習する予定です」
「パートナー……?」
「はい、講師のベンジャミン先生が何人か見繕って連れてきてくださるそうで」
それを聞いた瞬間、レオンハルトとギルバートは一瞬動きを止め、無言で鋭い視線を交わし合った。二人同時に小さくうなずく姿に、百合と凛は首をかしげる。
「では殿下、私たちは厨房へ向かいますね」
執務室を辞した二人は、ギルバートの案内で広大な王宮の厨房へと足を踏み入れた。そこでは大勢の料理人たちが忙しく立ち働いていたが、一人の貫禄ある男性が恭しく二人を迎えた。
「これはギルバート様、そして百合様、凛様。殿下よりご連絡をいただいております。わたくし、宮廷料理長のコッサムと申します。どうぞ何なりとお尋ねください」
「コッサム料理長、ありがとうございます! 早速ですが、こちらで使われている食材や調味料を見せていただけますか?」
「こちらへどうぞ」と案内された保管庫で、百合と凛は棚に並ぶ食材をじっくりと観察していく。
「お肉や魚、野菜の種類は……うん、元いた日本のものとほとんど変わらないわね」
「 でも、料理長……醤油や味噌のような調味料はありませんか?」
百合の質問に、コッサム料理長は困ったように首をひねった。
「ショウユ、ミソ……聞いたことがございませんね。おそらくここにはないかと。ただ……城下の平民がやっている珍しい店なら、あるいは何か扱っているかもしれませんが……」
「なるほど、城下のお店ですね。覚えておきます!」
続いて、百合たちの本命であるスイーツとパンの確認に移った。
「スイーツはどのようなものが主流なのですか?」
「主にケーキやクッキー、スコーンといった焼き菓子が多いですね。
(やっぱり、あんこや餅を使った和菓子みたいなものは存在しないんだわ。それに……)
百合は案内されたパン焼き場に並ぶパンを手に取り、観察する。
「パンも食パンのようなものや、フランスパン、テーブルロールのようなパンがほとんどですね。あんパンやクリームパンのようなものはないのでしょうか?」
「パンの中に甘い具材を詰める……? いえ、そのようなものは見たこともございません」
食事情を一通り把握した二人は、大満足で離宮へと帰っていった。
◇
百合と凛を無事に離宮へ送り届けたギルバートは、すぐさま執務室へと戻り、レオンハルトへ報告を入れた。
「殿下、無事に料理長との話を終え、お二人を離宮へ送り届けてまいりました」
「ご苦労であった。……ところで、ギルバート。先ほどのダンスの話だが」
「はい。殿下も気になりましたか。パートナーのことですね」
「ああ。ベンジャミンが『男性を何人か見繕う』と言っていたな……」
レオンハルトはフッと口元を緩めると、ギルバートに向かって力強く命じた。
「よし、ダンス教師のベンジャミンに連絡し、『パートナーはこちらで用意する』と伝えろ」
「……殿下、お相手はどなたに?」
愚問、とばかりにレオンハルトは笑みを深めた。
「ふふ、そんなもの……私たちに決まっているだろう?」
言葉を交わさずとも意図を理解した二人は、不敵に顔を見合わせ、満足げに微笑み合うのだった。




