乙女たちの湯船とヴァルハイト家の食卓
離宮に戻った百合は、広々としたお風呂で美咲、葵、凛の3人と湯船に浸かり、今日の疲れを癒やしていた。ゆらゆらと揺れる湯気の中、美咲がニヤニヤとした笑みを浮かべながら百合を覗き込む。
「百合ちゃん、今日のギルバート様とのデートはどうだったの~?」
「い、いやだ~美咲さん! デートじゃありませんよっ。工房を案内してもらっただけです!」
百合はパタパタと手を振って真っ赤になりながら否定した。
「ダンベルやチューブも作ってもらえることになったんです。完成したら離宮まで届けてくれることになりましたよ」
「そっか、よかったねぇ! トレーニング器具、楽しみだな。……で? 他に何か進展はなかったの~?」
逃がさないとばかりに身を乗り出す美咲に、百合は照れくさそうに視線を泳がせた。
「え~と……実は、夜会のダンスのパートナーを申し込まれちゃいました」
「「「えぇっ!?」」」
湯船に歓声が響き渡る。美咲は目を輝かせて拍手を送った。
「わ~、すごーい! そっか、夜会ってパートナーがいるのよね……。私、誰か踊ってくれる相手がいるかしら?」
「美咲さんなら、ジュリアンさんやフェリクスさんが申し込んでくれるんじゃないですか?」
「そうかしら~?」
「ええ、私たち全員、それぞれの後見人の方々がちゃんと考えたり配慮してくださると思いますよ」
わいわいと華やかなガールズトークに花を咲かせる4人。温かいお湯の中で、夜会への期待と少しのドキドキが広がっていくのだった。
◇
一方、そのころ——ヴァルハイト侯爵家の豪華な食堂では、家族が揃って夕食を囲んでいた。
グラスを置いたジェイドが、どこか探るような目で兄のギルバートを見つめる。
「兄上。今日、街で百合様と一緒に歩いているところを見かけたと聞きましたよ」
「ああ、歩いていたな。百合に頼まれたのだ」
「……ゆ、百合っ!?」
ジェイドは思わず身を乗り出し、声を荒げた。
「呼び捨てにするなんて失礼じゃないですか! 百合『様』でしょう!?」
「いや……百合本人が、ご自分で『百合』と呼んでほしいとおっしゃったのだ」
「なっ……!?」
衝撃を受けるジェイドを余所に、ギルバートは至って平静を装ってスープを口に運ぶ。ジェイドは慌てて問い詰めた。
「あ、兄上! それで、どこへ行ったのですか!?」
「身体を鍛える道具を作りたいとおっしゃっていたのでな、知り合いの工房を案内したのだ」
「ふ~ん……で、そのあとは?」
「カフェに行った。……そして、夜会のダンスのパートナーになってほしいとお願いした。そうしたら、快く了承してくださったよ」
「兄上ぇっ! それは抜け駆けじゃないですか!!」
ジェイドがガタッと椅子を鳴らして叫ぶと、ギルバートは心外そうに眉をひそめた。
「抜け駆けとは人聞きの悪いことを言うな。私はただ、自然な流れで申し込んだだけだ」
兄弟のやり取りを微笑ましく見ていた母のエレノア夫人が、上品にほほ笑みながらジェイドに助言した。
「ジェイド、あなたもすぐに申し込んだらいいのよ。夜会のダンスのお相手は一人だけとは限らないのだから。百合様のような素晴らしい方なら、当日はダンスの申し込みが殺到するに決まっていますわ」
厳格なヴァルハイト侯爵も深くうなずき、重厚な声で息子に告げる。
「エレノアの言う通りだ、ジェイド。明日にでも申し込むんだ。こういうものは、早いに越したことはないぞ!」
「……! はい、分かりました父上! 明日、すぐに申し込んできます!」
兄への対抗心を燃やすジェイドの決意に、ヴァルハイト家の食卓は大いに盛り上がるのだった。




