筋トレの情熱と明日のお出かけ
「今日の離宮の護衛、ギルバート様らしいわよ」
離宮の廊下で美咲からそう聞いた百合は、ピンと胸を躍らせた。昨日、絵が得意な凛に描いてもらったトレーニング用具のイラストが頭に浮かんだからだ。
(ギルバートさんなら、この世界に似たような器具があるか、それとも作れる職人さんを知っているかわかるかもしれないわ)
百合は凛から受け取ったスケッチブックを手に、さっそく離宮の外へと向かった。
爽やかな日差しの中、凛とした立ち姿で警護にあたっていたのは、ヴァルハイト侯爵家の長男・ギルバートだった。
「ギルバートさん、お久しぶりです!」
声をかけると、ギルバートはハッと振り返り、久しぶりに会う百合の姿を目にして一瞬で耳まで赤くした。
「ゆ、百合様……! おはようございます」
「ふふ、おはようございます。あの、ギルバートさんに少しお聞きしたいことがありまして……今、ちょっとお時間よろしいですか?」
百合が尋ねると、ギルバートは大きく頷き、もう一人の護衛に「少し持ち場を離れる」と伝えてから、離宮のリビングへと案内してくれた。
ふたりでソファに向かい合うと、百合はさっそくスケッチブックを開いて見せた。
「これを見ていただけますか? これは私がいた世界で身体を鍛えるために使っていた『トレーニング器具』なのですが、こちらの世界にこういったものはありますか?」
ギルバートは凛が描いた精緻なイラストをじっと覗き込み、少し考え込んだあとに申し訳なさそうに首を振った。
「……残念ながら、こちらの世界にはこのような器具はありませんね」
「そうですか……。では、これを作ってもらうことはできそうでしょうか? 例えば、この『ダンベル』というものは鉄製で、だいたい1キロから10キロくらいの重さのものです。もっと重いものは大きく作りますが、今はとりあえず1キロから5キロくらいのものが欲しくて。それからこちらの『チューブ』は伸び縮みする素材で、私の世界では『ゴム』と呼ばれる材質でできているのですが……」
熱心に説明する百合に、ギルバートは頼もしく頷いた。
「作れるかどうかは職人の腕次第ですが、心当たりのある業者ならありますよ。よろしければご紹介しましょうか?」
「本当ですか! ぜひお願いしたいです」
百合がホッと微笑んだその時、ギルバートがスケッチブックをぱらぱらとめくっていた手がぴたりと止まった。そこには、凛が描いた見事なマッチョ男性のイラスト——百合の父親の姿があった。
「……百合様、これは?」
「あ! それは私の父をイメージして、凛ちゃんが描いてくれたものなんです」
ギルバートはそのページから目を離せない様子で、感嘆の声を漏らした。
「……すごい肉体ですね。こんなにも力強く盛り上がった腕や太ももは見たことがありません。それに、このお腹……まるで美しい線を刻み込んだかのような腹筋です。素晴らしい……!」
「ふふ、父は40代なんですけれど、昔からずっと身体を鍛えていましたからね」
「よ、40代……!?」
衝撃の事実に目を丸くするギルバートに、百合はクスッと笑った。
「そんなに驚くことはありませんよ。筋トレさえすれば、誰でもこんな風に美しい肉体を作れますから」
その言葉を聞いた瞬間、ギルバートの瞳に情熱の火が灯った。彼はまっすぐ百合を見つめ、真剣な眼差しで身を乗り出した。
「百合様……! 私もこのような肉体を作りたいです! ぜひ、私に指導していただけないでしょうか!?」
「えっ、私が……ですか?」
思いがけない申し出に驚いた百合だったが、少し考えて思い直した。
ヴァルハイト侯爵家には、この国に来てから本当にお世話になっている。ここで少しでも御恩を返せるなら、こんなに嬉しいことはない。
「分かりました、ぜひ指導させてください! ……でも、ギルバートさんが本気でこの肉体を目指すなら、10キロのダンベルじゃ軽すぎますね。凛ちゃんにもっと本格的な重い器具のイラストを描いてもらって、業者さんに見せることにしましょう」
「感謝いたします、百合様!……それで、百合様のご都合が良いのはいつでしょうか? 業者には器具の説明もしていただきたいので、ご一緒していただけると助かるのですが」
「午前中はダンスのレッスンをしているので、午後からならいつでも大丈夫ですよ」
「ダンスの練習、ですか?」
「ええ。1ヶ月後に王家主催の夜会があるそうで……その時にダンスを披露するために、4人で練習中なんです」
それを聞いたギルバートは、どこか寂しげな、複雑な表情を浮かべた。
「そうですか……ダンス、ですか……」
「ギルバートさん? ダンスが何か……?」
「……いえ、別に何も。では、明日の午後から道具屋へ行くのはいかがでしょうか? ちょうど明日は私が休みの日なのです」
「ええ、私は明日で構いませんよ!」
「分かりました。では明日、お迎えに上がりますね、百合様」
「はい、ありがとうございます。楽しみに待っていますね!」
ギルバートの少し気にするような様子に首をかしげつつも、百合は明日のお出かけと本格的なトレーニング始動に胸を躍らせるのだった。




