デザイナーの苦悩と、遠くの騒動
「葵様、本日は思い切り街の服飾店を楽しんでくださいね」
クラリス侯爵邸の長男・レオン(24歳)が、エスコートするように葵の手を優しく包み込んだ。隣には次男のルーク(20歳)と、職人のバルトが大きな体躯をそわそわと揺らしながら控えている。
デザイナーであり縫製士でもある葵にとって、この異世界の服飾事情を自分の目で確かめる街歩きは、ずっと楽しみにしていたイベントだった。
「みんな、ありがとう! すごく楽しみ!」
そう言って見上げる葵の姿に、三人の男性陣の胸がどきりと跳ね上がる。
葵が身につけているのは、自らお直しをしたリメイクドレスだ。元の世界の20歳らしい引き締まったウエストと、葵自身の豊かなバストラインが美しく強調されている。
この国の寸胴なドレスとは全く違う、メリハリのある美しいシルエット。女性嫌いだったトラウマを完全に忘れさせるほどの柔らかな魅力に、三人は終始熱い視線を送らずにはいられなかった。
しかし、意気揚々と街の高級仕立て屋や洋服店を数軒巡った葵だったが、次第にその表情に陰りが差し始めていた。
「……うーん、やっぱり……」
店内に飾られているドレスはどれも豪華絢爛だが、縫製やパターンはこの国独特の「高身長で寸胴な体型」を前提に作られている。小柄でメリハリのある葵の体型に合う既製服は、どこを探しても一着として存在しなかったのだ。
「葵様……お気に召す服がございませんでしたか?」
気遣うルークの言葉に、葵は小さくため息をつきながら苦笑いを浮かべた。
「うん……デザインは素敵なんだけど、私には大きすぎるし、ウエストのラインも合わなくて。がっかりしちゃった」
落胆する葵の肩を、職人のバルトが大きな手でそっと叩いた。
「葵様の体型に合う服なら、葵様ご自身が一番よく分かっているはずです。俺たちも型紙作りから全力で手伝いますから、落ち込まないでください」
「バルト……ありがとう」
三人の温かい励ましに救われ、葵は「そうだよね、自分で作ればいいんだもんね」と笑顔を取り戻した。
買い物を終えた一行は、気分転換に街で評判のカフェへと入った。
テラス席に付き、運ばれてきた甘すぎるケーキと紅茶に苦笑いしていたその時——カフェの奥の通りから甲高い怒鳴り声が響き渡った。
「ちょっとダニエル! 荷物の持ち方が雑よ! 私のドレスにシワがついたらどうするの!?」
「申し訳ございません、クラリッサ様……っ!」
見ると、金髪縦ロールで一重のつり目をした高慢そうな令嬢が、大勢の男性(夫や取り巻き)を引き連れて怒鳴り散らしていた。大柄な男たちがビクビクと縮こまり、大量の荷物を抱えながら必死に平伏している。
(うわぁ……すごいワガママな令嬢さん……。それに、男の人たちが完全に敷かれている……)
遠くからその光景を目撃した葵は、目を丸くして圧倒されてしまった。隣のレオンたちが苦々しい顔で視線を引きはがすのを見て、葵はそっと彼らの袖を引っ張った。
「……あのね、私、三人が私に優しく接してくれること、本当に感謝してるんだよ」
「葵様……」
男尊女卑ならぬ「女尊男卑」が極まったこの国で、威張り散らす女性を見慣れていた三人は、葵のどこまでも素直で温かい言葉に胸を突かれ、愛おしそうに彼女を見つめ返すのだった。




