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初めての街散策と、この国の『当たり前』

ヴァルハイト侯爵邸にやってきてから、早くも一週間が過ぎていた。


最初は異世界の環境に戸惑っていた百合だったが、元スポーツインストラクターらしい持ち前の適応力と、ギルバートとジェイドの至れり尽くせりな甘やかしのおかげで、すっかり屋敷の生活にも慣れてきていた。


そんな百合のために、今日は気分転換を兼ねた特別な予定が組まれている。

異世界にきて初めてとなる、店が立ち並ぶ街への『お出かけ』だ。


「百合様、お足元にお気をつけください」

「はい、手をどうぞ」


豪華な馬車のドアが開き、先に降りたギルバートとジェイドが恭しく手を差し伸べてくる。190センチを超える二人の大男騎士が両脇を固める姿は、それだけで圧倒的な存在感と安心感があった。


馬車を降りた瞬間、百合の目に飛び込んできたのは、異国情緒あふれる賑やかな街並みだった。


「わぁ……! すごい、本当にお店がいっぱい並んでる!」


石畳の大通りの両脇には、色とりどりの屋根を持った店舗が軒を連ねている。見たこともないカラフルな珍しい果物が積まれた露店、キラキラと輝く魔導具の店、華やかな布地が飾られた仕立て屋——。

目を輝かせてあちこちを見渡す百合の姿に、ギルバートとジェイドの表情が柔らかく綻んだ。


「ふふ、そんなに喜んでいただけると、お連れした甲斐があります」

「危険ですから、俺たちの側を離れないでくださいね。……本当なら、俺以外の男の視線にすら晒したくはないのですが」


ジェイドが少し困ったように笑いながら、百合の華奢な手を優しく握りしめる。百合は恥ずかしさに頬を染めつつも、目の前に広がる未知の世界への好奇心が抑えきれずにいた。


そんな時だった。


「ちょっと、聞こえなかったの!? 私はあのドレスが欲しいと言ったのよ、ダニエル!」

「も、申し訳ございませんクリスティーナ、様! すぐに買い求めてまいります!」


人混みの向こうから、甲高くて高慢な女性の声が響き渡った。


思わず百合が視線を向けると、そこには派手な装飾の服を身にまとった若い女性が立っていた。

豪奢な金髪を大きな縦ロールにし、一重のつり上がった目が威圧感を放っている。この国の女性特有の高身長で寸胴な体型をしており、顎を高く上げて周囲を鋭く見下ろしていた。名まえはクリスティーナというらしい。


そして百合が何より驚いたのは、そのクリスティーナを取り囲む男性たちの数だった。


「クリスティーナ様、こちらのお荷物もお持ちいたします!」

「お喉が渇きませんでしたか? お水をご用意しましょうか」


なんと5、6人は下らない大柄な男性たちが、大量の買い出し袋やお土産を両手に抱え、縮こまるようにして彼女に従っているのだ。クリスティーナが少しでも機嫌を損ねると、旦那や取り巻きの男性たちはビクビクと身体を震わせ、平伏せんばかりに頭を下げている。


(う、わあ……っ! 本当に『一妻多夫』の国なんだ……!)


話には聞いていたものの、実際に複数の夫や取り巻きを引き連れて威張り散らす女性の姿を目の当たりにして、百合は圧倒されてしまった。


ふと隣を見ると、ギルバートとジェイドがわずかに身体を強張らせ、苦々しい表情でその光景を見つめていた。

かつて高慢な女性たちに虐げられ、「女嫌い」になる原因となったトラウマが、一瞬脳裏をよぎったのかもしれない。


二人の緊張を感じ取った百合は、ぎゅっと二人の腕を抱きしめた。


「百合様……?」驚いて見下ろしてくるギルバートとジェイドに、百合は照れくさそうに、けれど心からの笑顔を向けた。


「みんな大変そうだなって思って……。私、ギルバートとジェイドが優しくて、本当に良かった。二人と一緒で、すっごく幸せだよ」


「っ……!」


無邪気でまっすぐな愛の言葉に、二人の騎士の胸が大きく打ち抜かれた。


威圧的な女性への恐怖など一瞬で吹き飛び、代わりに愛おしさと情熱が胸いっぱいに広がる。二人は顔を見合わせると、どちらからともなく百合を挟み込むようにしてぎゅっと抱きしめた。


「百合様……そのようなことを仰られたら、人目もはばからずあなたを拐ってしまいたくなります」

「本当に……俺たちの乙女があなたで良かった。最高の愛を、あなたに捧げます」


大通りの真ん中で二人の大男騎士に愛おしそうに抱きしめられ、今度は百合の顔が熟したリンゴのように真っ赤に染まるのだった。

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