クラリス侯爵邸と、服飾のプロたち
百合たちと別れた葵がやってきたのは、世界中の絢爛豪華な生地や装飾品が集うクラリス侯爵邸だった。エントランスをくぐると、洗練された装いの人々が温かく出迎えてくれた。
「ようこそ、葵殿。私が当主のクラリスだ。まずは我が家の人々を紹介させておくれ」
穏やかな笑顔のクラリス侯爵と、優美な佇まいの妻・エレナ夫人に続き、出迎えた面々が順に挨拶を口にする。
「長男のレオンです。父の事業や貿易の管理をしております」
「次男のルークだよ! 新しい服のデザインを担当してるんだ。葵ちゃん、よろしくね!」
「筆頭服飾職人のバルトだ。手厳しいことも言うかもしれんが、よろしくな」
「美味しいご飯で葵様を歓迎させていただきます! 料理人のマルクです!」
「葵です。皆様、あたたかく迎えてくださりありがとうございます」
葵が丁寧にお辞儀を返すと、女性の扱いに冷めていたはずの長男レオンの瞳に、かすかな驚きと好感が宿った。高慢な態度を一切見せず、どこか凛とした佇まいを持つ葵に、一同の雰囲気が和らいでいく。
◇
大柄な料理人マルクが腕を振るった豪華な料理が並ぶ食卓で、クラリス侯爵がグラスを傾けながら語り始めた。
「我がクラリス家は、王室御用達の服飾ブランドの統括と、世界中から最高級の生地や珍しい糸、レースを輸入する貿易事業を営んでいてね。この国の衣服の流行は、ほぼすべて我が家が作っていると言っても過言ではないのだよ」
「世界中の生地……! とても素敵なお仕事ですね」
葵が目を輝かせると、デザイナーである次男のルークが身を乗り出した。
「葵ちゃんは、元の世界ではどんなことをしていたの?」
「私は、アパレル会社で洋服のデザインと、実際の縫製の仕事をしていました。お客様の要望に合わせてデザイン画を描き、自分で型紙を起こして、ミシンや手縫いで一から服を仕立てていたんです」
「デザインだけじゃなく、自分の手で縫い上げることまで……!?」
筆頭職人のバルトが思わず声を上げた。デザインと裁縫は分業するのが当たり前のこの世界において、両方をプロレベルでこなすという葵の経歴は、職人たちにとって信じがたいほどの驚きだった。
「ええ。デザインから仕立てまで、一着の服を作り上げる過程が大好きなんです」
まっすぐな瞳で仕事への情熱を語る葵。その横顔を、長男のレオンは魅了されたようにじっと見つめていた。
◇
美味しい夕食を終えると、エレナ夫人が優しく微笑みかけた。
「葵様、旅の長旅でお疲れでしょう。明日からまた、この国のことを少しずつ勉強していきましょうね。今夜はゆっくり休んでくださいな」
そう言って案内のメイドに目配せをし、葵はあてがわれた部屋へと向かった。
ドアを開けた瞬間、葵は思わず息を呑んだ。
(な、なにこれ……! すごい……!)
服飾と貿易を極めた侯爵家だけあって、部屋の調度品は異次元のこだわりだった。
窓を彩るのは、光の角度で表情を変える極上の絹織物のドレープカーテン。足元には、緻密で美しい刺繍が施された毛足の長い上質な絨毯が敷き詰められている。
「なんて素晴らしい生地と縫製……! カーテンの裾の処理まで完璧だわ」
プロとしての視点で部屋中のファブリックに触れ、目を輝かせて感激する葵だった。




