第8話 交易都市へ
「この依頼を受けたいです」
俺は、交易都市行き商隊の依頼書を受付へ差し出した。
受付の女性が内容を確認する。
「荷運び補助の依頼ですね。お二人とも受注条件は満たしています。ただし、出発から到着まで五日ほどかかります」
「食事は支給されるんですよね?」
「一日三食と、野営に必要な共同道具は商隊が用意します。個人用の水筒、外套、寝具などはご自身で準備してください」
鉱山から盗んだ外套が二枚ある。
薄いが、何もないよりはいい。
「仕事内容は?」
「出発前と到着後の荷物の積み下ろし、野営時の天幕設営、水の確保、馬の世話などです。戦闘が起きた場合、無理に参加する必要はありません」
「護衛は別にいるんですか?」
「はい。Cランクを含む護衛が数名同行します。Fランク冒険者に、商隊の護衛は任せません」
当然だ。
俺は《見習い剣士》になったばかりで、サラも《斥候》としての経験はほとんどない。
守られる側になってしまうが、今はそれでいい。
仕事をしながら交易都市まで移動でき、一人一万Gの報酬も受け取れる。
「受けます」
「私もお願いします」
サラが冒険者カードを出した。
受付の女性は二人分の受注処理を行い、集合場所と時間が書かれた紙を渡してくれた。
「出発は二日後の早朝です。遅れた場合、依頼放棄として処理されます」
「分かりました」
これで、この町を出ることが決まった。
鉱山から遠ざかり、仕事が多い交易都市へ向かう。
そこなら、新しいスキルを得る機会も増えるはずだ。
◇
出発までの二日間で、必要な準備を整えた。
まず、俺の剣と盾を町の武器屋へ持ち込んだ。
剣は刃こぼれがあり、盾も魔物の爪で傷ついていた。
最低限の整備だけを頼む。
武器の出どころを聞かれるかと思ったが、店の者は何も尋ねなかった。
冒険者が中古の武器を持ち込むことは珍しくないらしい。
サラには、護身用の短剣を一本買った。
「私、使ったことないよ」
「持っていたほうがいい。戦うためだけじゃなく、縄や枝を切るのにも使える」
「ルナトの剣より小さいね」
「斥候が大きな剣を持ったら、動きにくいだろ」
サラは鞘から短剣を少しだけ抜き、刃を確認した。
新品ではない。
だが、きれいに研がれている。
「ありがとう。大切に使うね」
「使うときは、無理に魔物を倒そうとするな。逃げるために使え」
「分かってる」
短剣を腰へ下げたサラは、少しだけ冒険者らしく見えた。
淡い緑色の長袖服。
焦げ茶色の細身のズボン。
栗色の長い髪は、動きやすいよう後ろで一つに結んでいる。
身長は俺よりかなり低い。
身体も細いが、鉱山を出て温かい食事を取ったためか、顔色は少しずつよくなっていた。
次に、背負い袋と毛布、縄、予備の水筒を購入した。
金を使うたびに不安になる。
鉱山ではGを持つことすら許されなかった。
残りが減っていく感覚に、まだ慣れない。
「大丈夫だよ」
俺が革袋の中身を何度も確認していると、サラが言った。
「交易都市へ着けば、二人で二万Gもらえるんだから」
「依頼を最後まで終えられればな」
「終えられるよ。荷物運びなら、鉱山の仕事より軽いでしょう?」
「それは間違いない」
鉱石の詰まった籠に比べれば、たいていの荷物は軽く感じるはずだ。
残った時間は、町の外で短剣の練習をした。
俺がゆっくり剣を動かし、サラが避ける。
次に、サラが短剣を抜いて構える。
本人は真剣だが、刃先が大きく揺れていた。
「腰が引けてる」
「刃物を人に向けるの、怖いよ」
「それでいい。本当に刺す必要はない」
「どうやって練習するの?」
「まずは構え方からだな」
俺も人へ教えられるほど、剣を使いこなしてはいない。
それでも、折れた剣を使って一から練習した経験はある。
足を開き、身体を少し斜めにする。
短剣を前へ出しすぎない。
空いている手も、身体から離しすぎない。
俺が分かる範囲で伝える。
サラは何度も構え直した。
まだ《短剣術》は習得しなかった。
当然だ。
一度や二度構えただけで、スキルが得られるわけではない。
「交易都市まで、毎日少しずつ練習しよう」
俺が言うと、サラは短剣を鞘へ戻した。
「ルナトも剣の練習を続けるんでしょう?」
「ああ」
「それなら、一緒にやる」
俺たちには、まだ知らないことが多い。
だが、急ぐ必要はない。
できないことは、少しずつ練習すればいい。
◇
二日後の早朝。
町の南門近くに、五台の荷車が並んでいた。
それぞれの荷台には、木箱や樽、布袋が大量に積まれている。
交易都市へ運ぶ商品だろう。
商隊の責任者へ冒険者カードを見せると、すぐに仕事を命じられた。
「この木箱を三台目の荷車へ積んでくれ。中身は陶器だ。落とすなよ」
「分かりました」
木箱を持ち上げる。
見た目ほど重くない。
俺は一人で荷車まで運び、指定された場所へ置いた。
荷崩れしないよう、隣の木箱との間を詰める。
サラは荷物の一覧を確認し、積み忘れがないか調べていた。
斥候の仕事ではないが、俺より文字や数字を確認するのが早い。
「これで全部です」
最後の布袋を積み終えると、サラが責任者へ報告した。
「よし。お前たちは四台目の荷車について歩け。御者に何か頼まれたら手伝うんだ」
「はい」
俺たち以外にも、商隊には多くの者が同行していた。
御者。
商人。
荷運びを担当する冒険者。
そして、剣や槍で武装した護衛たち。
その中に、一人だけ獣人の女性がいた。
赤褐色の短い髪。
髪と同じ色の獣耳が、頭の上から伸びている。
背中には弓を背負い、腰には短剣と矢筒を下げていた。
金色の瞳が、周囲を注意深く観察している。
身長はサラより少し高い程度。
革の胸当てに包まれた胸は豊かで、その下の腰は細く引き締まっていた。
短い革鎧から伸びた脚にも、野外を歩き続けて鍛えられたしなやかな筋肉が見える。
腰の後ろから伸びた赤褐色の尻尾が、ゆっくり左右へ動いていた。
俺の視線に気づいたのか、金色の瞳がこちらへ向く。
「なに?」
「いや……」
「獣人を見るの、初めて?」
「ああ」
正直に答えると、女性は怒るどころか楽しそうに笑った。
「耳、触ってみたい?」
「触っていいのか?」
「駄目に決まってるでしょ」
「だったら聞くなよ」
女性が声を上げて笑う。
近くにいたサラが、俺と女性を交互に見た。
「ルナト、触りたかったの?」
「少し気になっただけだ」
「へえ」
「サラまで、そんな顔をするな」
獣人の女性が、サラへ顔を向ける。
「あなた、斥候?」
「はい。まだなったばかりですけど」
「気配の探り方が斥候っぽいと思った。さっきから、ずっと周りを確認してる」
サラの職業を、一目で見抜いたらしい。
「私はリオナ。商隊の前方を調べる役目で雇われてる」
「サラです」
「俺はルナト」
「見習い剣士と、新人斥候か」
リオナが俺たちの冒険者カードへ目を向ける。
「二人ともFランク?」
「ああ」
「護衛依頼じゃないよね?」
「荷運び補助だ」
「それなら、魔物が出ても無理に前へ出ないこと。商隊の周りには護衛がいるから、勝手に離れないで」
明るいだけではない。
こちらの実力を見て、必要な注意をしてくれている。
「分かった」
「サラも、危険を感じたら近くの護衛に伝えて。自分だけで確かめに行かないこと」
「はい」
リオナは満足そうに頷き、商隊の先頭へ向かった。
歩くたび、尻尾が軽く揺れている。
「きれいな人だったね」
サラが言った。
「ああ」
「胸も見てた?」
「見てない」
「答えるのが早い」
「見てないからな」
実際、まったく見ていなかったとは言えない。
だが、わざわざサラへ話すことでもない。
「サラも、服が似合ってると言われただろ」
「誰もそんなこと言ってないよ」
「俺が言った」
「……そうだったね」
サラは少しだけ笑い、前を向いた。
やがて、商隊が動き始めた。
五台の荷車が、順番に南門を通る。
俺たちも四台目の横について歩いた。
町の石壁が少しずつ遠ざかっていく。
鉱山から逃げ、ようやく身分証を手に入れた町。
長く滞在したわけではない。
それでも、温かい食事と風呂、自分で選んだ服、初めての仕事を与えてくれた場所だ。
「もう出ちゃうんだね」
サラが町を振り返る。
「寂しいか?」
「少しだけ。でも、楽しみでもある」
「交易都市が?」
「うん。もっと仕事があるんでしょう? いろんな人もいるかもしれない」
「新しいスキルを習得する機会も増えるはずだ」
初級スキル図鑑は、現在十三種類。
残りは七十七種類。
だが、焦るつもりはなかった。
一つずつ経験し、自分にできることを増やしていけばいい。
◇
商隊は、日が傾き始めるまで街道を進んだ。
途中で何度か休憩を挟んだが、鉱山で重い鉱石を運び続けていた俺には、それほど苦しい仕事ではなかった。
御者に頼まれ、荷車の車輪へ油を差す。
坂道では、後ろから荷車を押した。
サラは荷物の数を確認したり、馬へ水を飲ませたりしている。
夕方になると、商隊は街道沿いの開けた場所で止まった。
「今日はここで野営する!」
責任者の声が響く。
俺たち荷運び補助は、荷車から天幕や調理道具を下ろした。
地面へ杭を打ち、縄を張る。
一度野営を経験しているため、何をすればよいのか少し分かる。
サラと協力し、二人用の小さな天幕を張った。
「前より早くできたね」
「ああ。でも、まだ縄の張り方が甘い」
「風が吹いたら倒れるかな」
「直しておこう」
縄を張り直していると、リオナが近づいてきた。
「二人とも、初めてにしては手際いいね」
「町へ着く前に、一度だけ野営したんです」
サラが答える。
「二人だけで?」
「はい」
「魔物に襲われなかった?」
サラが俺を見る。
俺は少し迷ったあと、正直に答えた。
「犬に似た魔物が三頭出た。一頭だけ倒して、残りは逃げた」
「三頭?」
リオナの獣耳がぴくりと動く。
「どんな特徴だった?」
「普通の犬より大きくて、牙が長かった。目は暗い場所で光っていた」
「たぶん、フォレストハウンド。群れで獲物を追い詰める魔物だよ」
「一頭だけ倒したら、残りは逃げた」
「運がよかったね。群れのリーダーを最初に倒したのかも」
俺が倒したのは、最初に攻撃してきた魔物だ。
あれが群れのリーダーだったのだろうか。
「死体は?」
「追手がいたから置いてきた」
「追手?」
リオナの金色の瞳が細くなる。
俺は言葉に詰まった。
鉱山のことを、まだ誰かに話すつもりはない。
「村を出るとき、少し問題があった」
曖昧に答える。
リオナはしばらく俺の顔を見ていた。
獣人は、人間より嘘に敏感なのかもしれない。
だが、それ以上は尋ねなかった。
「フォレストハウンドは、牙と毛皮が売れる。次に倒したら、解体して持ち帰るといいよ」
「《解体》を持っていない」
「覚えればいい」
「簡単に言うな」
「難しくないよ。最初は私が教えてあげる」
リオナが腰の短剣を軽く叩いた。
「魔物が出たら、だけどね」
そのとき、リオナの獣耳が動いた。
先ほどまで軽く揺れていた尻尾が、真っすぐ伸びる。
表情から笑みが消えた。
「静かに」
リオナが片手を上げる。
周囲にいた護衛たちが、すぐに武器へ手をかけた。
俺も腰の剣を確認する。
「何かいるのか?」
「街道の向こう」
リオナが暗くなり始めた森へ顔を向ける。
「少なくとも六体。こっちへ近づいてる」
初めての商隊の夜。
何事もなく終わることはないらしい。




