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第7話 自分で選んだ服



 翌朝。


 目を覚ました俺は、しばらく天井を見つめていた。


 岩ではない。


 崩れかけてもいない。


 木の板で組まれた、ごく普通の天井だ。


 隣の寝台から、静かな寝息が聞こえる。


 サラはまだ眠っていた。


 栗色の髪が枕の上へ広がり、毛布を胸元まで引き上げている。


 鉱山では、鐘が鳴れば無理やり起こされた。


 眠り足りなくても、身体が痛くても、仕事へ行かなければ食事を減らされた。


 だが、ここには鐘も監視役もいない。


 俺は身体を起こし、窓の外を見た。


 町はすでに動き始めている。


 店の戸を開ける者。


 通りを掃除する者。


 荷車へ商品を積み込む者。


 人々は働いているが、誰かに怒鳴られているわけではない。


 自分で選んだ仕事なのだろう。


「……ルナト?」


 背後から、眠そうな声が聞こえた。


 振り返ると、サラが毛布の中から顔を出していた。


「起こしたか?」


「ううん。今、起きたところ」


 サラが身体を起こす。


 少し乱れた栗色の髪を、手櫛で整えた。


「朝になっても、まだ宿にいるね」


「当たり前だろ」


「昨日のことが夢だったらどうしようって、少しだけ思ってた」


「夢じゃない」


 俺は服の内側から冒険者カードを取り出し、サラへ見せた。


 サラも自分のカードを確認する。


 表面に記された名前を見て、安心したように笑った。


「本物だね」


「ああ」


「今日は服を買うんでしょう?」


「朝食を食べたらな」


 サラの表情が一気に明るくなった。


「早く行こう」


「まだ朝食の時間まで少しある」


「準備して待ってる」


 昨日まで、サラがこれほど楽しそうな顔をするところを見たことがなかった。


 俺も自然と笑っていた。


     ◇


 宿で朝食を済ませ、昨日見つけた服屋へ向かった。


 店先には、色も形も違う服が並んでいる。


 高価そうな新品もあれば、安く売られている古着もあった。


 今の所持金は一万八千六百G。


 これから宿代や食費、旅費も必要になる。


 服だけに多くは使えない。


「いらっしゃい」


 店に入ると、中年の女性が声をかけてきた。


 俺たちの服を見て、すぐに事情を察したらしい。


「旅用の服かい?」


「はい。なるべく安くて、動きやすいものを探しています」


「それなら古着だね。状態のいいものが奥にあるよ」


 女性が店の奥にある棚を示した。


 サラは並んだ服を一着ずつ眺めている。


 手に取っては戻し、別の服と見比べる。


「好きなものを選んでいいぞ」


「分かってる。でも、値段も見ないと」


 サラが選んだのは、淡い緑色の長袖服だった。


 丈夫な布で作られているが、身体を動かしにくいほど厚くはない。


 下には焦げ茶色の細身のズボンを合わせる。


 斥候として森を歩くことも考えたのだろう。


「これ、どうかな」


 着替えを終えたサラが、試着用の布の陰から出てきた。


 俺はすぐに答えられなかった。


「変?」


「いや、似合ってる」


 鉱山の粗末な服では分かりにくかったが、サラは俺が思っていたよりも女性らしい体つきをしていた。


 奴隷生活で痩せてはいる。


 それでも胸元には柔らかな丸みがあり、細い腰から脚へ続く線もきれいだった。


 淡い緑色は、蜂蜜色の瞳にもよく合っている。


 胸元まで伸びた栗色の髪も、昨日洗ったことで本来の艶を取り戻していた。


「本当に?」


「ああ。動きやすそうだし、サラに合ってる」


 サラは嬉しそうに服の袖を見た。


「これにする」


「上着も必要じゃないか?」


「外套があるから大丈夫。今は節約しよう」


 俺も自分の服を選んだ。


 濃い青色の長袖服と、黒に近い灰色のズボン。


 どちらも飾りのない古着だが、鉱山から着てきた服よりずっと丈夫そうだ。


 背の高さに合わせると、少し肩がきつい。


 鉱山労働で身体つきが変わったためだろう。


 別の服を試し、肩や腕を動かして確かめる。


「それ、似合うよ」


 サラが言った。


「さっきのお返しか?」


「本当に似合ってる。ルナト、ちゃんとした服を着ると冒険者みたい」


「冒険者になったんだから、間違ってはいない」


「でも、剣を持ってなかったら普通の町の人にも見える」


「それは褒めてるのか?」


「褒めてるよ」


 服に加えて、丈夫な革靴も一足ずつ選んだ。


 鉱山から履いてきた靴は、底がすり減っている。


 長距離を歩くなら、靴を惜しむべきではない。


 服と靴を合わせて、二人で五千二百G。


 予想より高かったが、必要な出費だ。


「古い服はどうする?」


 店の女性に尋ねられた。


 俺は自分が着てきた服を見た。


 何度も破れ、汚れが染みついている。


 修繕して使える状態ではない。


「処分してください」


「私のもお願いします」


 サラも迷わず答えた。


 あの服と一緒に、鉱山での記憶まで捨てられるわけではない。


 それでも、もう一度着たいとは思わなかった。


 店を出ると、サラが何度も自分の服を見下ろした。


「そんなに気に入ったのか?」


「うん。初めて、自分で選んだ服だから」


 値段は高くない。


 特別な魔法がかかっているわけでもない。


 それでもサラにとっては、大切な一着なのだろう。


「汚さないようにしないと」


「これから依頼を受けるんだぞ」


「分かってるけど、最初の日くらいはきれいに着たいの」


 そう言って、サラは栗色の髪を後ろで一つに結んだ。


 斥候として動きやすい髪型にしたらしい。


 普段は髪に隠れている白い首筋が見える。


 町の通りを歩くサラは、もう鉱山で俯いていた奴隷には見えなかった。


     ◇


 冒険者ギルドへ入ると、昨日より多くの冒険者が集まっていた。


 依頼掲示板の前にも人だかりができている。


 俺とサラは、Fランク向けの依頼を順番に確認した。


 町の清掃。


 倉庫の荷運び。


 家畜小屋の修理。


 薬草採取。


 街道周辺の小型魔物討伐。


「どれにする?」


 サラが尋ねる。


「最初は採取がいいと思う」


「討伐じゃなくて?」


「俺はまだ見習い剣士だ。昨日の魔物にも苦戦した」


 倒せたのは一頭だけ。


 残りの二頭が逃げてくれなければ、どうなっていたか分からない。


「それに、採取なら図鑑も埋められるかもしれない」


 俺は《スキル図鑑》を開いた。


> 《採取》――未登録

> 習得のヒント:目的となる素材を見分け、価値を損なわない方法で採る。


 ただ薬草を引き抜くだけでは駄目らしい。


 目的の植物を見分け、必要な部分を傷めず採る必要がある。


 俺は薬草採取の依頼書を掲示板から外し、受付へ持っていった。


「こちらの依頼を受けたいです」


 昨日と同じ受付の女性が、依頼書を確認する。


「治療に使用する薬草の採取ですね。必要数は二十束。報酬は六千Gです」


「薬草を見たことがないんですが、大丈夫でしょうか?」


「見本をお見せします。ただし、よく似た草も生えているため注意してください」


 受付の女性が、乾燥させた薬草を一本出した。


 細長い葉の中央に、白い筋が走っている。


 葉の裏側には細かな毛が生えていた。


「必要なのは葉の部分です。根ごと抜くと、次に育たなくなるため評価が下がります。茎を途中から切り、葉を傷つけず持ち帰ってください」


 図鑑のヒントにあった、「価値を損なわない方法」という部分だろう。


「どこで採れますか?」


「町の東にある草原です。森の近くまで行けば見つかります。ただし、森の中には入らないでください。弱いものですが、魔物が出ます」


「分かりました」


「日没までに戻れなければ、依頼失敗として扱います」


 俺たちは見本の形を覚え、町を出た。


     ◇


 東の草原までは、歩いて一時間ほどだった。


 見渡す限り、膝より低い草が広がっている。


 遠くには森が見えた。


 昨日歩いた森とは別の場所だろう。


「似た草が多いね」


 サラがしゃがみ込み、葉を一枚ずつ確かめる。


 細長い葉を持つ植物はいくつもある。


 だが、中央に白い筋があり、裏側に細かな毛を持つものは少ない。


「これじゃないか?」


 俺は見本に似た草を見つけた。


 根元から引き抜こうとして、手を止める。


 必要なのは葉。


 根は残さなければならない。


 武器庫から持ち出した小さな刃物を使い、茎を途中から切った。


 葉を重ね、布の上へ置く。


「一つ目」


 サラも少し離れた場所で薬草を見つけた。


 俺より丁寧に茎を切り、葉の向きを揃えている。


「サラのほうが上手そうだな」


「怪我をした人に使えそうな草は、鉱山でも探してたから」


「この薬草も知っていたのか?」


「似たものは見たことがある。でも、葉の裏の毛までは知らなかった」


 二人で草原を歩き、薬草を探す。


 同じ場所ばかりから採らない。


 若すぎる葉は残す。


 虫に食われたものも避ける。


 最初は一本見つけるだけでも時間がかかったが、少しずつ葉の形を見分けられるようになった。


 十本目の茎を切ったとき、頭の中で声が響いた。


> 《採取を習得しました》

> 《初級スキル図鑑へ登録します》

>

> 登録数:13/90


「覚えた」


「《採取》?」


「ああ」


 スキルを習得したあと、薬草の違いへ少し気づきやすくなった気がする。


 これまで見落としていた葉が、周囲にいくつも生えていた。


 だが、勝手に薬草の場所が光るわけではない。


 自分の目で探す必要はある。


 スキルは、今までの経験を無駄にしないための助けなのだろう。


 昼を少し過ぎた頃、必要な二十束が揃った。


 念のため、状態のよいものをいくつか追加で採る。


 全部で二十四束。


 布で包み、葉が潰れないよう鞄へ入れた。


「帰ろうか」


「うん。森へ入らなくても集まってよかった」


 サラが森のほうを見た。


 その表情が、わずかに変わる。


「どうした?」


「森の近くに、何かいる」


 俺は盾を構え、剣の柄へ手を置いた。


 しばらく待つ。


 草が揺れ、小さな角を持つウサギが一頭現れた。


 魔物だ。


 角の先をこちらへ向け、警戒している。


 俺たちは動かなかった。


 ウサギの魔物も、こちらへ近づいてこない。


 やがて興味を失ったように、森へ戻っていった。


「追わないの?」


 サラが尋ねる。


「今日は採取依頼だ。無理に戦う必要はない」


「うん。私もそれがいいと思う」


 戦って倒せば、素材を売れるかもしれない。


 新しいスキルを習得する可能性もある。


 それでも、今は依頼を確実に達成するほうが大切だ。


 俺たちは町へ戻った。


     ◇


 冒険者ギルドで薬草を提出する。


 受付の女性が、一束ずつ状態を確認した。


「二十四束、すべて問題ありません。初めてにしては、きれいに採取できていますね」


「必要数を超えた分も、買い取ってもらえますか?」


「はい。追加の四束は、一束二百Gで買い取ります」


 依頼報酬六千G。


 追加分八百G。


 合計六千八百Gを受け取った。


 服と靴を買った分の一部を、一日で取り戻せた。


「こちらで依頼達成を記録します」


 俺とサラの冒険者カードへ、受付の女性が小さな道具を触れさせる。


 カードの端に、淡い光が一度だけ灯った。


「最初の依頼、達成ですね」


 サラが嬉しそうに自分のカードを見る。


「ああ」


 自分たちで選んだ仕事を終え、報酬を受け取った。


 鉱山でも毎日働いていた。


 だが、どれほど掘っても、俺たちへGが支払われることはなかった。


 今日の六千八百Gは、俺たちが初めて自分の意思で働いて得た金だ。


「ルナト、これを見て」


 サラが依頼掲示板の一枚を指さした。


> 【Fランク可】

> 交易都市行き商隊・荷運び補助募集

> 出発:二日後

> 募集人数:若干名

> 報酬:一人一万G

> 食事支給


「交易都市行き……」


 昨日、受付で教えてもらった仕事の多い町だ。


 護衛ではない。


 荷物の積み下ろしや、野営の準備を手伝う仕事らしい。


 Fランクでも受けられる。


「これなら、報酬をもらいながら移動できるね」


「ああ」


 この町で、しばらく依頼を続けるつもりだった。


 だが、鉱山に近い場所へ長く留まる必要はない。


 身分証を手に入れた。


 服も靴も揃えた。


 初めての依頼も達成した。


 次へ進む準備は、もう整い始めている。


「受けてみよう」


 俺は商隊の依頼書を、掲示板から外した。


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