第6話 冒険者カード
町へ入った俺たちは、最初に冒険者ギルドを探した。
仮入町証の期限は三日間。
それまでに正式な身分証を取得できなければ、町から出なければならない。
道行く人に場所を尋ねると、冒険者ギルドは町の中央広場にあると教えられた。
「人が多いね」
サラが俺の隣を歩きながら、小さな声で言った。
「ああ」
鉱山にも大勢の奴隷がいた。
だが、ここを歩く人々とは表情がまったく違う。
露店で品物を選ぶ者。
荷車へ荷物を積む者。
店先で客を呼び込む者。
子供の手を引いて歩く夫婦。
誰も監視役の顔色をうかがっていない。
自分がどこへ行き、何をするのかを、自分で決めている。
それが当たり前の町だ。
サラが一軒の服屋へ目を向けた。
店先には、色の違う服が何着も並んでいる。
今の俺たちが着ているのは、鉱山で渡された粗末な服だ。
何度も繕った跡があり、泥や鉱石の汚れも染みついている。
「身分証を手に入れたら見に行こう」
俺が言うと、サラがこちらを向いた。
「いいの?」
「高いものは買えないけどな」
「見るだけでもいいよ」
「買えるものを探そう」
自分で選んだ服が欲しい。
昨夜、サラが話していた願いだ。
高級な服でなくてもいい。
鉱山から与えられたものではなく、サラが自分で選んだ一着を買いたかった。
◇
中央広場へ着くと、冒険者ギルドはすぐに見つかった。
周囲の建物より大きい、二階建ての建物だ。
入口の上に、剣と盾を組み合わせた看板が掲げられている。
扉を開けると、大勢の視線がこちらへ向いた。
鎧を着た男。
腰に短剣を下げた女性。
大きな弓を背負った獣人。
俺たちのような粗末な服を着た者は、ほとんどいない。
俺は無意識に腰の剣へ手を伸ばしかけた。
門で革紐を結ばれているため、すぐには抜けない。
「ルナト」
サラが俺の袖をつかむ。
「大丈夫だ」
自分に言い聞かせるように答えた。
冒険者たちは、すぐに俺たちから興味を失った。
薄汚れた若者が二人入ってきただけだ。
わざわざ気に留めるほどのことではないらしい。
正面の受付へ向かう。
受付にいた女性が、俺たちの服装と仮入町証を見た。
「ご用件をお伺いします」
「冒険者登録をしたいんですが、身分証を持っていません」
「町の門で、罪歴鑑定は受けましたか?」
「はい。二人とも問題ありませんでした」
仮入町証を差し出す。
受付の女性は、木札に刻まれた印を確認した。
「問題ありません。戦争や魔物の襲撃で身分証を失う方も多いため、新規登録に既存の身分証は必要ありません」
その言葉を聞いて、少しだけ肩の力が抜けた。
「登録料は一人千Gです。登録後に発行される冒険者カードは、王国内で身分証として使用できます」
「お願いします」
二人分、二千Gを支払った。
受付の女性が、二枚の用紙を差し出す。
「名前、年齢、種族、現在の職業を記入してください。文字の記入が難しければ、こちらで代筆します」
俺とサラは用紙を受け取った。
文字は読める。
子供の頃、村にいた老人から最低限の読み書きを教わった。
サラも自分で筆を取った。
俺は順番に記入する。
名前――ルナト。
年齢――十九歳。
種族――人間。
職業――見習い剣士。
最後の欄で、筆が止まった。
出身地。
村の名前を書けば、鉱山の者たちが俺たちの家族を調べる可能性がある。
受付の女性が、迷っている俺に気づいた。
「出身地は、地域だけでも構いません。故郷を失った方は、記入しなくても登録できます」
「それなら、北部の村とだけ書きます」
「はい。それで問題ありません」
サラも同じように記入した。
名前――サラ。
年齢――十九歳。
種族――人間。
職業――斥候。
書き終えた用紙を受付へ返す。
「職業は、冒険者カードへ表示しますか?」
「選べるんですか?」
「はい。職業を知られたくない冒険者もいます。カードの内部記録には残りますが、表面を非公開に設定できます」
俺は少し考えた。
《見習い剣士》は珍しい職業ではない。
隠したことで、かえって怪しまれる可能性もある。
「表示してください」
「私も」
サラも同意した。
受付の女性は用紙を持ち、奥の棚から透明な板を二枚取り出した。
手のひらより少し小さい。
見た目は薄い石板のようだ。
「こちらへ、血を一滴ずつ落としてください」
細い針を渡される。
俺は指先へ針を刺し、透明な板へ血を落とした。
血が表面へ触れた瞬間、板の内部へ光が広がる。
文字が一つずつ浮かび上がった。
> 名前:ルナト
> 年齢:19歳
> 種族:人間
> 職業:《見習い剣士》
> 冒険者ランク:F
水晶の欠片で見るステータスとは違い、スキルや状態は表示されていない。
サラも同じように血を落とす。
> 名前:サラ
> 年齢:19歳
> 種族:人間
> 職業:《斥候》
> 冒険者ランク:F
「登録完了です」
受付の女性から、二枚の冒険者カードを渡された。
俺は自分のカードを両手で受け取った。
薄く、軽い。
表面には俺の名前が刻まれている。
所有者の名前も、奴隷番号もない。
ただ、ルナトと書かれていた。
誰かの持ち物ではなく、一人の人間としての名前だ。
「これがあれば、町に滞在できますか?」
「はい。冒険者カードは正式な身分証です。門へ仮入町証を返却すれば、預けた保証金も戻ります」
一万Gが返ってくる。
今の俺たちには大きな金額だ。
「冒険者ランクについて説明します」
受付の女性が続けた。
「冒険者ランクは、下からF、E、D、C、B、A、Sです。登録したばかりの方は、全員Fランクから始まります」
「どうすれば上がるんですか?」
「依頼の達成実績、戦闘能力、ギルドへの貢献などを総合して判断します。Fランクで受けられるのは、町周辺での採取、雑用、弱い魔物の討伐などです」
受付の女性が、壁に設置された大きな板を示した。
何枚もの依頼書が貼られている。
「依頼を受ける場合は、掲示板から選んで受付へ持ってきてください。ただし、ご自身の能力を超えるものは選ばないようにお願いします」
「討伐した魔物の死体は、買い取ってもらえますか?」
「種類によります。解体済みであれば素材ごとに査定します。死体の状態でも持ち込めますが、解体手数料が差し引かれます」
昨日倒した、犬に似た魔物を思い出した。
死体を置いてきてしまった。
あのときは追手が迫っていたため、仕方がない。
今後は《解体》や《魔物知識》も必要になりそうだ。
「登録について、何か質問はありますか?」
「仕事の多い町は、どこですか?」
俺が尋ねると、受付の女性が少し意外そうな顔をした。
「こちらの町で活動する予定ではないのですか?」
「しばらくはここで働きます。でも、仕事が少ないなら、別の町へ移ることも考えています」
「この町は鉱山や周辺の村から来る依頼が中心です。冒険者の仕事を本格的に探すなら、南にある交易都市のほうが多いでしょう」
「ここからどれくらいかかりますか?」
「徒歩なら五日ほどです。定期的に商人の荷車も出ています。護衛依頼を受けられれば、報酬を得ながら移動できますが、Fランク二人だけでは難しいでしょう」
今すぐ向かう必要はない。
まずはこの町で依頼を受け、装備と旅費を整える。
それから交易都市へ向かえばいい。
「ありがとうございます」
「冒険者カードは紛失しないようにしてください。再発行には五千Gかかります」
一枚のカードが五千G。
俺は慌てて、服の内側へしまった。
水晶の欠片とは別の場所だ。
「行こう、サラ」
「うん」
俺たちは受付を離れた。
掲示板には多くの依頼が貼られている。
薬草採取。
町の清掃。
倉庫の荷物運び。
街道付近に現れる小型魔物の討伐。
受けられそうなものはいくつかあった。
だが、今すぐ仕事を始める前に、やらなければならないことがある。
◇
町の門へ戻り、冒険者カードを見せた。
門番は仮入町証を回収し、預けていた一万Gを返してくれた。
これで、この町へ滞在できる。
門を通るたび、保証金を払う必要もない。
次に、俺たちは安い宿を探した。
何軒か値段を聞き、食事と共同浴場がついた宿を選ぶ。
一部屋、二人で一泊三千G。
寝台は二つある。
「同じ部屋でいいのか?」
宿の受付で、俺はサラへ確認した。
「今さら?」
サラが首を傾げる。
「鉱山では、大勢が同じ部屋で寝てたでしょう」
「それはそうだけど」
「別々にしたら、宿代も倍になるよ」
「分かった。同じ部屋にしよう」
サラは特に気にしていないようだった。
俺だけが意識しているようで、少し落ち着かない。
部屋へ荷物を置き、先に共同浴場へ向かった。
当然、男女で場所は分かれている。
俺は服を脱ぎ、身体を洗った。
何度流しても、肌から黒い汚れが落ちる。
髪も埃で固まっていた。
浴槽へ入る。
温かい湯に肩までつかった瞬間、身体から力が抜けた。
「……あったかい」
誰もいない浴場で、思わず声が漏れた。
鉱山では、冷たい水で身体を拭く程度だった。
湯につかるのが、こんなに気持ちのいいことだとは知らなかった。
左腕の痛みも、少し和らいだ気がする。
長く入りすぎるとのぼせそうになり、浴槽から出た。
服を着ようとして、手が止まる。
身体はきれいになったのに、着るものは鉱山から着てきた汚れた服だ。
「服も買わないとな」
少なくとも、着替えが一組は必要だ。
浴場を出て部屋へ戻る。
サラはまだ戻っていなかった。
俺は窓の近くに立ち、町を眺めた。
道を行き交う人々。
店先の呼び込み。
遠くから聞こえる、鍛冶の音。
すべてが初めて見るもののように感じられる。
しばらくすると、扉が開いた。
「ルナト、戻ってたんだ」
浴場から戻ったサラが、部屋へ入ってくる。
濡れた栗色の髪が、肩から胸元へ流れていた。
鉱山の埃が落ちたことで、本来の髪色がはっきりと見える。
蜂蜜色の瞳も、いつもより明るかった。
痩せてはいる。
それでも、汚れに隠されていた整った顔立ちが現れていた。
「どうしたの?」
「いや……髪、そんな色だったんだな」
「ずっと見てたでしょう?」
「鉱山では汚れてたから」
「ルナトの髪も、本当はもう少し明るかったんだね」
サラが俺の髪を見ながら笑う。
「お互いさまだな」
「うん」
俺たちは顔を見合わせた。
湯に入っただけだ。
それなのに、鉱山にいた頃とは少し違う人間になったように感じた。
◇
夕食は、宿の一階で出された。
焼いた肉。
野菜の入ったスープ。
柔らかい白パン。
どれも湯気を立てている。
サラは席についたまま、料理を見つめていた。
「食べないのか?」
「これ、全部食べていいの?」
「宿代に入ってるらしい」
「あとで返せって言われない?」
「言われない」
「本当に?」
「ああ」
俺が先にパンを一口食べる。
柔らかい。
噛むと、ほのかな甘みがあった。
鉱山で配られていた硬いパンとはまったく違う。
サラもおそるおそるスープを口へ運んだ。
蜂蜜色の瞳が大きく開く。
「温かい」
「スープだからな」
「そうじゃなくて……ちゃんと温かい料理だよ」
「ああ」
サラはもう一口飲んだ。
次は焼いた肉。
ゆっくり噛み、嬉しそうに笑う。
「おいしい」
「うん」
誰にも急かされない。
奪われる心配もない。
大きさを比べて分け直す必要もない。
二人とも、自分の分を最後まで食べていい。
食事を終えたあとも、すぐに立ち上がる必要はなかった。
サラが満足そうに息を吐く。
「明日は何をする?」
「服を買う。そのあと、ギルドで依頼を探そう」
「私が選んでいい?」
「もちろん」
サラの顔が明るくなった。
「色も?」
「好きな色を選べ」
「形も?」
「動きにくくなければ」
「そこは斥候としてちゃんと考えるよ」
俺は笑った。
冒険者カードを手に入れた。
温かい食事を食べた。
湯にも入った。
明日は、自分たちで選んだ服を買い、初めて自分たちで仕事を選ぶ。
鉱山では、どれも許されなかったことだ。
自由とは、ただ逃げ出すことではない。
自分で選べることなのだと、少しずつ分かり始めていた。




