第48話 崩れた採石場
火魔法の練習を始めてから六日目。
俺たちが冒険者ギルドへ入ると、受付の周囲に多くの冒険者が集まっていた。
依頼板の前ではない。
受付職員が、一枚の依頼書を手に声を張り上げている。
「町の北西にある採石場で崩落が発生しました! 内部に三名が取り残されています!」
ギルド内の空気が変わった。
酒を飲んでいた冒険者も立ち上がる。
「魔物は出たのか?」
誰かが尋ねた。
「崩落の原因は不明です! ただし、採石場の奥では洞窟鼠の群れが確認されています!」
リオナが俺を見る。
「行くぞ」
「ああ」
俺たちは受付へ向かった。
救助依頼の推奨ランクはE以上。
俺とサラはEランク、リオナはDランクだ。
参加する条件は満たしている。
「俺は鉱山で働いていた。崩れた坑道にも入ったことがある」
受付職員へ伝える。
「採掘経験者ですか?」
「ああ。《採掘》も持っている」
「お願いします。ほかの冒険者と一緒に、先行隊へ加わってください」
報酬は、一人二万G。
だが、今は金額より救助が先だ。
俺たちは家へ戻り、装備を整えた。
水晶の欠片を握る。
現在の職業は、
第一職業:《盾戦士》
第二職業:《剣士》
採石場で必要なのは、剣士としての補助ではない。
俺は第二職業を変更した。
《第二職業を変更します》
《剣士》
↓
《鉱夫》
第一職業:《盾戦士》
第二職業:《鉱夫》
身体を淡い光が包む。
つるはしの重さや、石の状態を確かめる感覚が、いつもよりはっきりした。
「《鉱夫》へ戻るのは嫌ではありませんか?」
サラが心配そうに尋ねた。
俺が鉱山でどんな生活をしていたのか、サラは知っている。
「嫌な記憶はある」
「やっぱり……」
「でも、職業が悪いわけじゃない」
俺は水晶の欠片をしまった。
「鉱山で覚えたことが、誰かを助けるために使えるなら、そのほうがいい」
サラは少し安心したように頷いた。
「私も行きます」
「採石場の外で待ってもいいぞ」
「負傷者がいるかもしれません」
サラは治療用の鞄を持ち上げた。
中には包帯、傷薬、水、清潔な布が入っている。
「見習いでも、治癒師です」
「分かった。ただし、俺とリオナから離れるな」
「はい」
リオナは弓と短剣を確認した。
「坑道では弓を引けない場所もある。今日は短剣を多めに持っていく」
「シロちゃんは留守番だ」
俺が言うと、シロちゃんがサラの肩で固まった。
「どうしてだっピ?」
「崩落した採石場は危険だ」
「シロちゃんは小さいっピ! 狭い場所へ入れるっピ!」
「小さいから、岩の隙間に挟まっても見つけにくい」
「家族の羅針盤があるっピ!」
「それでも駄目だ」
シロちゃんは白い耳を垂らした。
「役に立ちたいっピ……」
サラがシロちゃんを両手ですくう。
「では、鞄から出ないと約束できますか?」
「約束するっピ!」
「危なくなったら?」
「一人で飛び出さないっピ!」
「説明をしたくなっても?」
「鞄の中から説明するっピ!」
「それなら連れていきましょう」
「サラは甘いな」
リオナが苦笑する。
「でも、小さな穴の先を見てもらえるかもしれない」
シロちゃんは元気を取り戻した。
「任せるっピ!」
採石場までは馬車で一時間ほどだった。
現場には作業員や冒険者が集まっている。
岩壁の下に、坑道の入口があった。
その半分が、大きな岩と土砂で塞がれている。
周囲には折れた木材が散らばっていた。
採石場の責任者らしい男性が、俺たちへ状況を説明する。
「中に三人いる。崩落が起きたとき、奥で石を切り出していた」
「声は聞こえますか?」
サラが尋ねる。
「一度だけ返事があった。だが、それから聞こえない」
「坑道は一本か?」
俺は入口を確認した。
「途中で二つに分かれている。三人がいたのは右側だ」
「崩れたのは入口だけじゃないな」
「奥でも大きな音がした」
詳しい図面はなかった。
作業員が使っている簡単な地図だけだ。
リオナが地図を受け取る。
「私が先に入る。《索敵》で生存者と魔物を探す」
「俺が前だ」
「ルナトは岩の状態を見ろ。戦う必要があれば呼ぶ」
リオナは短剣を抜いた。
普段の明るい表情は消えている。
Dランク冒険者としての顔だった。
「無理に進むなよ」
「ああ」
入口を塞ぐ岩の横に、人が一人通れる隙間がある。
リオナが身体を横へ向け、隙間へ入った。
胸と背中が岩へ触れそうになる。
「少し狭いな」
「防具を外すか?」
「これくらいなら通れる」
リオナは身体をひねり、奥へ抜けた。
「次は俺だ」
盾を背中へ回し、隙間へ入る。
硬い岩が肩へ当たった。
腹へ力を入れ、少しずつ進む。
奥へ抜けると、リオナが待っていた。
続いてサラが入ってくる。
俺より身体は細い。
それでも、豊かな胸が岩の間へ挟まりそうになった。
「少し待ってください」
サラが胸元を片手で押さえる。
「鞄を先に渡せ」
「お願いします」
治療用の鞄を受け取る。
サラは身体の向きを変え、慎重に隙間を通った。
服の胸元が岩へ引っかかり、わずかにずれる。
柔らかな谷間が見えた。
「ルナト」
「何だ?」
「今、胸元を見ましたよね?」
「怪我をしないか確認した」
「本当ですか?」
「本当だ」
「半分くらいは本当だな」
リオナが言う。
「残り半分は?」
「胸を見ていた」
「リオナ!」
「緊張しているよりいいだろ?」
サラは顔を赤くしながら服を整えた。
「帰ったら、きちんと話し合います」
「救助が先だ」
「分かっています」
サラはすぐに表情を戻した。
坑道の中は暗かった。
壁へ灯されていた照明は、崩落で消えている。
俺は右手を開いた。
「火を使うのか?」
リオナが尋ねる。
「小さな火だけだ」
指先へ火魔法を灯す。
拳より小さい。
周囲を照らすには十分だった。
「空気の流れはある」
炎がわずかに揺れている。
完全に塞がれてはいない。
だが、坑道で大きな火を使うのは危険だ。
煙が出るものや、燃えやすいものがあるかもしれない。
今の火を照明だけに使う。
「便利ですね」
サラが俺の隣へ立つ。
「ああ。覚えてよかった」
火を前へ向け、坑道を進んだ。
天井と壁を確認する。
細い亀裂が何本も走っていた。
床には小さな石が落ちている。
「この柱には触るな」
俺は折れかけた支柱を指した。
「動かせば、上の岩が落ちるかもしれない」
「迂回できるか?」
リオナが地図を見る。
「左の通路から奥へ回れる」
「そっちは洞窟鼠がいるかもしれない」
「私が先を見る」
リオナが音を立てずに進んだ。
少し待つ。
やがて、坑道の奥から短い鳴き声が聞こえた。
直後、洞窟鼠が一体飛び出してくる。
普通の鼠より大きい。
身体は犬ほどあり、前歯が鋭く伸びている。
俺は盾を構えた。
「一体だけか?」
「後ろに五体いる!」
リオナの声が響く。
俺は洞窟鼠の突進を盾で受けた。
軽い。
鎧蜥蜴ほどの力はない。
盾を押し出し、壁へ叩きつける。
短剣を持ったリオナが戻ってきた。
その後ろから、さらに三体が追ってくる。
「二体は倒した!」
「サラは後ろへ!」
「はい!」
狭い坑道では、剣を大きく振れない。
俺は盾で一体を止め、短く剣を突き出した。
洞窟鼠の肩へ刃が入る。
二体目が足元へ噛みつこうとする。
盾の下端で頭を押さえた。
リオナが横から短剣を突き込む。
残った一体は、俺たちを避けてサラへ向かった。
「サラ!」
サラは逃げなかった。
短剣を両手で構える。
洞窟鼠が飛びかかる。
サラは身体を横へずらし、牙を避けた。
そのまま短剣を首元へ突き刺す。
洞窟鼠が地面へ落ちた。
「大丈夫か?」
「はい」
サラは息を整える。
「手が震えていますが、怪我はありません」
「よく避けた」
リオナが洞窟鼠の死体を確認する。
「残りはいない」
シロちゃんが鞄から顔だけを出した。
「戦闘は終わったっピ?」
「まだ出るな」
「約束どおり、鞄の中にいたっピ!」
「偉いぞ」
「もっと褒めてほしいっピ!」
「帰ったらな」
俺たちは再び奥へ進んだ。
分かれ道を左へ進み、崩れた通路を迂回する。
しばらくすると、地図にはない岩壁へ行き当たった。
「道がないぞ」
リオナが周囲を見回す。
「崩落で塞がれたんだ」
俺は壁へ近づいた。
完全に岩で埋まっている。
だが、下側にわずかな隙間がある。
耳を近づける。
「誰かいるか!」
返事はない。
俺は剣の柄で、岩を三回叩いた。
少し待つ。
向こう側から、弱い音が返ってきた。
一回。
間を空けて、もう一回。
「生きてる」
サラが胸へ手を当てる。
「三人ともですか?」
「そこまでは分からない」
「家族の羅針盤は使えないっピ?」
鞄の中から声がする。
「家族だけだ」
「そうだったっピ……」
俺は岩壁を観察した。
大きな岩を取り除けば、上に積まれた石が落ちてくる。
小さい石から外しても、全体が崩れる可能性がある。
「むやみに掘るのは危険だ」
「どうする?」
リオナが尋ねる。
「右側に、小さな隙間がある」
俺は火を近づけた。
拳が入る程度の穴だ。
奥から弱い風が流れている。
「シロちゃん。入れるか?」
「任せるっピ!」
鞄から飛び出したシロちゃんが、穴へ近づく。
「危険だと思ったら戻れ」
「分かったっピ!」
白い身体が、岩の隙間へ消えた。
しばらく待つ。
胸の奥にある《家族の羅針盤》で、シロちゃんのいる方角が分かる。
距離は遠くない。
岩壁の向こう側だ。
「三人いるっピ!」
穴からシロちゃんの声が聞こえた。
「一人は意識がないっピ! 二人は怪我をしているけど、話せるっピ!」
「空気は?」
「少し息苦しいと言っているっピ!」
「水を渡せるか?」
サラが小さな水筒を取り出す。
穴には入らない。
代わりに細い革袋へ水を入れ、紐を結んだ。
シロちゃんが引っ張る。
「少しずつ飲ませるっピ!」
「意識のない人には無理に飲ませないでください」
「分かったっピ!」
まず、空気の通り道を作る必要がある。
俺は岩の位置を確かめた。
「ここへ支えを入れる」
「木材がないぞ」
リオナが言う。
「壊れた支柱を切って使う」
「触るなと言っていなかったか?」
「全部は外さない。下の余っている部分だけ切る」
俺たちは戻り、折れた支柱の下側を切り取った。
長さを測る。
岩壁の前へ運び、天井と床の間へ入れる。
一本では足りない。
さらに二本を用意した。
「この三本で上を支える」
「大丈夫なのか?」
「絶対とは言えない」
俺は正直に答えた。
「だから、岩を一つ外すたびに確認する」
つるはしを握る。
最初に、小さな石の周囲を削った。
力任せには打たない。
石の亀裂へ先端を入れ、少しずつ広げる。
石を一つ取り出す。
天井を見る。
支柱は動いていない。
次の石へ進む。
リオナが外れた石を運ぶ。
サラは入口を広げながら、負傷者へ声をかける。
「もう少しです! 必ず助けます!」
向こう側から、弱い返事が聞こえる。
「お願いします……」
俺は手を止めなかった。
一時間ほどかけて、子供なら通れそうな穴ができた。
サラが身体を低くする。
「私が入ります」
「まだ狭い」
「治療だけならできます」
「岩へ触るなよ」
「はい」
サラは治療用の鞄を先に入れ、穴へ身体を滑り込ませた。
俺とリオナが足を支える。
胸が岩へ引っかかりそうになったが、今度は見る余裕などない。
身体を斜めにし、奥へ抜けた。
「入れました!」
「中は?」
「三人います! 一人は頭を打っています!」
「意識は?」
「ありません。でも、息はしています!」
サラはすぐに治療を始めた。
頭を打った者を、むやみに動かさない。
出血している部分を布で押さえる。
残り二人の怪我も確認する。
「足を挟まれている人がいます!」
「どのくらいの岩だ?」
「一人では動かせません!」
「穴を広げる」
俺は再びつるはしを握った。
さらに石を外す。
支柱が、わずかにきしんだ。
「止まれ!」
リオナが声を上げる。
俺も気づいていた。
左側の支柱が沈んでいる。
このまま石を外せば、天井が落ちる。
「別の場所へ支えを追加する」
「木材は?」
「残り一本だ」
長さが足りない。
俺は外した岩を見る。
形の合うものを重ね、その上へ支柱を置く。
だが、底が平らではない。
ぐらついている。
「石を削る」
つるはしの先を使い、岩の出っ張りを落とす。
床へ置いたときに動かない形へ整える。
その上へ支柱を立てる。
天井との隙間へ、薄く削った石を打ち込んだ。
「これで支えられる」
「続けるぞ」
穴を広げる作業を再開した。
ようやく、人が一人通れる大きさになる。
リオナが先に入り、足を挟んでいる岩を確認した。
「二人で持ち上げるぞ」
俺も中へ入る。
岩の下へ、つるはしの柄を差し込む。
「一、二、三!」
リオナと一緒に力を入れる。
岩が少し浮いた。
サラが作業員の足を引き抜く。
「抜けました!」
「外へ運ぶぞ」
最初に、意識のない者を担架へ乗せた。
入口の外で待っている冒険者へ渡す。
次に足を怪我した者。
最後の一人は、肩を借りながら自分で歩いた。
三人とも、生きて外へ出ることができた。
採石場の外では、治癒師が待っていた。
頭を打った者は、すぐに町の治療院へ運ばれる。
足を怪我した者も、骨が折れている可能性がある。
サラは治療師へ、三人の状態と行った処置を説明した。
「大丈夫でしょうか?」
「今できることはした」
俺はサラの肩へ手を置く。
「サラが中へ入ってくれたから助かった」
「でも、治癒魔法では治せませんでした」
「何でも魔法で治す必要はない」
リオナが言う。
「出血を止め、悪化させずに外へ運べた。それで十分だ」
サラは小さく頷いた。
救助が終わっても、採石場の仕事は残っていた。
同じ場所で崩落が起きないよう、坑道を補強する必要がある。
俺たちは翌日も採石場へ向かった。
崩れかけた壁を確認する。
支柱を置く場所へ合わせ、岩を削る。
通路の床へ平らな石を並べる。
石が動かないよう、隙間へ小石を打ち込む。
三日間、作業員と一緒に坑道を補強した。
《石工を習得しました》
《初級スキル図鑑へ登録します》
取得者:ルナト
登録数:66/90
初級スキル図鑑 生産系統:10/15
「《石工》だ」
俺は削っていた石から手を離した。
「《採掘》とは違うっピ!」
シロちゃんが支柱の上へ座る。
「《採掘》は、目的の石や鉱物を安全に掘り出す技術だっピ。《石工》は、石を目的に合った形へ削り、組み合わせて、建物や道、支えなどへ使う技術だっピ!」
「今回は補強に使える形へ、何度も石を加工したからか」
「そうだっピ!」
シロちゃんが胸を張る。
「ただ岩を砕いただけでは、習得できなかったっピ!」
坑道の壁には、新しい支柱が並んでいた。
床も歩きやすくなっている。
嫌な記憶しかなかった鉱山の技術が、初めて誰かを助ける力になった。
そのことが、スキルを一つ得たことより嬉しかった。




