第47話 初めての火魔法修行
七十%の報酬を得た翌朝。
俺は庭の中央へ立ち、右手の人差し指を伸ばしていた。
指先には、小さな火が灯っている。
蝋燭の炎より少し大きい。
風が吹くたびに左右へ揺れ、今にも消えそうになっていた。
「もう少し大きくできないのか?」
リオナが隣から覗き込む。
「できると思う」
「思う?」
「まだ試してない」
「なら、やってみろ」
「簡単に言うな」
俺は指先へ魔力を集めた。
火が少しずつ大きくなる。
拳ほどまで膨らんだところで、急に形が崩れた。
炎が横へ流れる。
「危ないっピ!」
シロちゃんが逃げる。
火はシロちゃんの白い尻尾をかすめ、そのまま地面へ落ちた。
サラが水をかける。
すぐに消えた。
「尻尾が燃えるところだったっピ!」
シロちゃんが自分の尻を確認する。
「当たってないだろ」
「心が燃えたっピ!」
「それは元気になったみたいに聞こえるぞ」
「とにかく危なかったっピ!」
シロちゃんはサラの胸元へ逃げ込もうとした。
サラが両手で受け止める。
「服の中へ隠れなくても大丈夫ですよ」
「炎から身を守るには、柔らかい場所が必要だっピ!」
「必要ありません」
サラはシロちゃんを肩へ乗せた。
「それより、家の近くで練習するのは危険ではありませんか?」
「やっぱりそう思うか?」
「棚に火が移ったら大変です」
完成したばかりの保存食用の棚が、庭の壁際に置かれている。
屋根も棚板も木製だ。
火魔法の練習場所としてはよくない。
「町の外でやったほうがいいな」
リオナも頷いた。
「火を使うなら、水も多めに持っていこう」
「ミネルにも聞いてみる」
昨日の夕食で、週に三回魔法を教わる約束をした。
食事を目当てにしていたとしても、教えてもらえるなら助かる。
朝食のあと、俺は水晶の欠片を握った。
現在の職業を確認する。
第一職業:《盾戦士》
第二職業:《剣士》
新しく《火魔法》を習得したことで、変更可能な職業も増えていた。
《見習い火術師》
「やっぱり出たな」
「変更するのか?」
リオナが尋ねる。
「練習中だけ変えてみる」
俺は第二職業の《剣士》を外した。
代わりに《見習い火術師》を選ぶ。
《第二職業を変更します》
《剣士》
↓
《見習い火術師》
第一職業:《盾戦士》
第二職業:《見習い火術師》
淡い光が身体を包んだ。
胸の奥にある魔力と、指先に残る火の感覚が近づいたように感じる。
「どうですか?」
「さっきより火を出しやすい気がする」
「気がするだけか?」
「まだ火を出してないからな」
リオナは呆れたように肩をすくめた。
「《見習い火術師》になっても、火魔法が急に上手になるわけではないっピ!」
シロちゃんが説明を始める。
「魔力を火へ変えたり、火魔法を練習したりするときに補助を受けられるっピ。でも、火の大きさや進む方向を決めるのはルナト自身だっピ!」
「分かってる」
「さっきシロちゃんを燃やしかけたから、念のため説明したっピ!」
「燃えてない」
「危険を感じたっピ!」
シロちゃんは、まだ根に持っていた。
ミネルと合流し、町の南側にある空き地へ向かった。
周囲に燃えやすい木はない。
地面も土と砂が中心だ。
それでもサラとリオナが、水を入れた桶を二つ用意している。
「初日から炎を飛ばそうとするな」
ミネルは俺の正面へ立った。
「まずは、火を出すところからだ」
「それならできる」
俺は人差し指へ火を灯した。
朝より安定している。
《見習い火術師》の補助が効いているようだ。
「次は消せ」
「消す?」
「ああ」
「放っておけば消えるぞ」
「自分で出した火を、自分で消せない者に魔法を使う資格はない」
言われてみれば、そのとおりだ。
俺は火を消そうと意識した。
だが、火は指先で燃え続ける。
魔力の供給を止める。
炎が少し小さくなった。
それでも完全には消えない。
指を振ってみる。
火が横へ伸び、近くにいたシロちゃんが逃げた。
「また狙ったっピ!」
「狙ってない」
「手を振るな」
ミネルに注意される。
「魔力を止めたあと、火を自分の中へ戻すつもりで収めろ」
「火を身体に戻すのか?」
「実際の炎を入れるわけではない」
ミネルは自分の指先へ小さな火を出した。
次の瞬間、音もなく消える。
「魔力へ変え直すんだ」
「一度火にしたものを?」
「放ったあとは無理だ。身体から離れる前なら戻せる」
俺はもう一度、火を出した。
魔力の供給を止める。
残った火を包み、形を崩す。
炎が少しずつ小さくなった。
最後に、指先へ吸い込まれるように消える。
「できた」
「もう一度だ」
ミネルは褒めなかった。
俺は火を出し、消す。
二度目は途中で炎が揺れた。
三度目は消すまでに時間がかかった。
何度も繰り返す。
十回目を過ぎる頃には、小さな火ならすぐに消せるようになった。
「次は大きさを変える」
ミネルが拳を握る。
「豆粒、蝋燭、拳。この三つの大きさを順番に作れ」
「飛ばさなくていいのか?」
「まだ早い」
「地味だな」
「地味な練習を嫌う者ほど、味方を燃やす」
シロちゃんが大きく頷いた。
「そのとおりだっピ!」
「誰も燃やしてない」
「シロちゃんの尻尾が危なかったっピ!」
同じ話を何度するつもりだ。
俺は言われた大きさの火を順番に作った。
豆粒ほどなら簡単だ。
蝋燭の火も安定する。
だが、拳ほどの大きさにすると形が崩れる。
魔力を増やすだけでは、炎が横へ広がってしまう。
「中心を作れ」
ミネルが言う。
「火の中心へ魔力を集めるんだ」
「魔力を集める?」
「《魔力操作》で動かせるだろ」
俺は炎の中心を意識した。
魔力を一点へ集める。
だが、強く集めすぎた。
炎が縦に伸びる。
「大きすぎるっピ!」
「落ち着け」
ミネルの声が飛ぶ。
俺は魔力を止めた。
炎を身体へ戻す。
今度は消すまでに時間がかかった。
「火を大きくするより、小さくまとめるほうが難しいな」
「攻撃に使うなら、広がった火より収束した火のほうが強い」
「収束……」
図鑑に《魔力収束》というスキルがあった。
今やっていることが、その練習につながるのかもしれない。
「今日は拳までだ」
ミネルは地面へ座った。
「安定するまで、火を飛ばすな」
「分かった」
俺も休憩することにした。
サラが水を渡してくれる。
「お疲れさまです」
「まだ小さな火しか出してないけどな」
「消せるようになったのは大切だと思います」
サラは俺の指先を確認した。
「火傷はしていませんか?」
「大丈夫だ」
「少し赤くなっています」
サラが俺の手を包む。
淡い緑色の光が、指先へ流れた。
温かさが広がる。
「これで大丈夫です」
「ありがとう」
俺が手を握り返すと、サラが微笑んだ。
その隣で、リオナが立ち上がる。
「薪を拾ってくる」
「薪なら持ってきただろ?」
「実際の火でも練習したほうがいい」
リオナは少し離れた場所へ歩いていった。
空き地の端へ落ちている細い枝を拾う。
短いズボンを履いているため、パンツが見える心配はない。
そう思っていた。
リオナが枝を取ろうと、大きく屈む。
腰の後ろから、黒い布が少しだけ覗いた。
「ルナト」
サラの声がする。
「火の練習へ集中してください」
「休憩中だぞ」
「では、休んでください」
「見ていただけだ」
「どこをですか?」
「リオナが枝を拾うところ」
シロちゃんが俺の肩へ乗る。
「黒だったっピ!」
「説明するな」
リオナの獣耳がこちらへ向いた。
「何が黒だった?」
「何でもない」
「私の下着だっピ!」
「シロちゃん!」
リオナは自分の腰を確認した。
少しだけ頬を赤くする。
「見たのか?」
「少しだけだ」
「そうか」
リオナは拾った枝を持って戻ってきた。
「似合っていたか?」
「答えなきゃ駄目か?」
「見たなら感想くらい言え」
「似合ってた」
「ならいい」
リオナは満足そうに枝を置いた。
サラが頬を膨らませる。
「リオナは甘すぎます」
「見られて困る相手なら、もっと怒っている」
「それでは、ルナトが反省しません」
「次はサラも見せればいい」
「何を言っているんですか!」
サラの顔が一気に赤くなった。
ミネルが少し離れた場所で横になっている。
「休憩が終わったら起こしてくれ」
「聞こえてるだろ」
「夫婦と家族の問題へ、エルフを巻き込むな」
都合のいいときだけ眠るらしい。
火魔法の練習は、それから毎日続いた。
一日目。
火を出し、自分で消す。
二日目。
三つの大きさを作り分ける。
三日目。
拳ほどの火を、同じ形に保つ。
四日目。
風が吹いても消えないよう、中心へ魔力を集める。
五日目。
火を掌の上へ浮かべる。
指先で出すより難しい。
形を保とうとすると、魔力が外へ広がる。
強く押さえ込むと、火が消える。
「少しずつ中心へ集めろ」
ミネルが言う。
「最初から全部をまとめようとするな」
俺は掌に浮かぶ火を見つめた。
外側へ漏れている魔力を、少しずつ中心へ戻す。
炎が丸くなっていく。
拳ほどあった火が、半分の大きさへ縮む。
小さくなった。
それでも、熱は先ほどより強い。
《魔力収束を習得しました》
《初級スキル図鑑へ登録します》
取得者:ルナト
登録数:65/90
初級スキル図鑑 魔法系統:7/15
「覚えた」
掌の上では、小さくまとまった火が燃えている。
「《魔力収束》だっピ!」
シロちゃんが少し離れた場所から説明する。
「魔力をただ一か所へ集めるだけではないっピ! 外へ逃げようとする魔力を抑え、狙った場所へ安定して保つスキルだっピ!」
「これなら飛ばせるか?」
「今日は駄目だ」
ミネルが即答した。
「やっぱりか」
「火をまとめられたばかりだ。次は動かしても形を崩さない練習をする」
「先は長いな」
「当然だ」
ミネルは俺の掌にある火を指した。
「その小さな火でも、人の肌を焼くには十分だ。便利な力ほど、使えるようになるまで慎重になれ」
俺は火を消した。
今度は形を崩さず、すぐに魔力へ戻せた。
夜。
俺は第二職業を《見習い火術師》から《剣士》へ戻した。
第一職業:《盾戦士》
第二職業:《剣士》
依頼へ出るときは、この組み合わせが一番使いやすい。
魔法を集中的に練習するときは、《見習い火術師》へ変更する。
水晶の欠片が手元にあるからこそ可能な育て方だった。
「明日は依頼へ行くか?」
リオナが弓の弦を確認しながら尋ねる。
「ああ。ダブルジョブも試したい」
「火魔法も使うのか?」
「まだ魔物へは向けない」
「慎重だな」
「ミネルに止められたからな」
「止められなければ使ったのか?」
「……少し試したかった」
「正直だな」
サラが夕食を運んでくる。
「明日の依頼には、私も行きます」
「治療室は?」
「明日はお休みをいただきました」
サラは俺とリオナの前へ料理を置いた。
「怪我をしないのが一番ですが、何かあったら治療します」
「頼りにしてる」
「はい」
シロちゃんが空いている皿の前へ座った。
「シロちゃんの分がないっピ!」
「今、持ってきます」
「大盛りでお願いするっピ!」
登録数は六十五。
八十%までは、あと七種類。
中級図鑑は、少しずつ近づいていた。




