第46話 七十%の達成報酬
保存食用の棚が完成してから三日後。
サラは庭で育てている香草を摘んでいた。
料理に使うものとは別に、傷薬の材料になる香草も植えている。
治療室へ通うようになってから、ミネルに教わって少しずつ種類を増やしたのだ。
「これで足りますか?」
サラが籠を持ち上げる。
中には、細長い葉と白い花が入っていた。
「葉のほうは十分だ」
ミネルが答える。
今日は朝から、俺たちの家へ来ている。
淡い金色の髪を後ろでまとめ、薄い緑色のローブを着ていた。
いつもより服装は整っている。
ただし、ローブの胸元は少し緩い。
前屈みになるたびに、白い肌が深く見えていた。
「白い花は三本でいい」
「五本摘んでしまいました」
「余った分は乾燥させろ。熱を下げる薬に使える」
サラは香草を種類ごとに分けた。
その隣では、シロちゃんが籠の匂いを嗅いでいる。
「苦そうな匂いだっピ!」
「薬だからな」
「甘い薬はないっピ?」
「あるが、材料が高い」
ミネルが答える。
「子供用の薬には蜂蜜を混ぜることもある」
「シロちゃんは生まれたばかりだっピ!」
「見た目は小さいが、子供なのか?」
「分からないっピ!」
「なら、苦い薬でいいな」
「急に大人になった気がするっピ!」
シロちゃんは薬草から離れた。
今日、ミネルに来てもらった理由は《調合》を教わるためだった。
サラが《治癒魔法》を使えるようになったとはいえ、すべての怪我や病気を治せるわけではない。
毒や病気には薬が必要だ。
俺たちも冒険者として、傷薬くらいは自分たちで作れたほうがいい。
《初級スキル図鑑》には、《調合》を習得するためのヒントが載っていた。
《調合》
未登録
ヒント:素材の性質を知り、正しい量と手順で組み合わせよ。完成した薬が、毎回同じ効果を持つこと。
「混ぜるだけでは駄目なんだな」
俺が言うと、ミネルは頷いた。
「薬は量を間違えると危険だ」
ミネルは机へ小さな秤を置いた。
「効き目が弱くなるだけならまだいい。薬草によっては、多すぎると身体へ害が出る」
「図鑑が習得を認めるには、同じ効果の薬を安定して作る必要があるっピ!」
シロちゃんが説明する。
「毎回色や濃さが違ったら、《調合》とは認められないっピ!」
「今日は誰が作るんだ?」
リオナが尋ねる。
「三人ともだ」
「私も?」
「ああ」
ミネルは三人分の器を用意した。
「図鑑を埋めたいなら、全員で試したほうがいいだろ」
「誰が先に覚えても、登録は一つだからな」
「そういうことだ」
最初に作るのは、切り傷へ塗る軟膏だった。
使う材料は三つ。
乾燥させた薬草。
油。
蜜蝋に似た固形の材料。
まず薬草を細かく砕く。
油へ入れ、弱い火で温める。
薬草の成分が油へ移ったら、布で濾す。
最後に固形の材料を加え、冷えるまで混ぜる。
言葉で聞けば簡単だった。
だが、実際にやると難しい。
「ルナト。火が強すぎる」
ミネルに注意される。
「このくらいか?」
「もう少し弱くしろ」
「俺には同じに見える」
「油から小さな泡が出ているだろ」
俺は鍋を火から少し離した。
隣では、リオナが薬草を力いっぱいすり潰している。
「細かくすればいいんだよな?」
「粉にするな。布で濾せなくなる」
「先に言ってくれ!」
「見れば分かると思った」
「初めて作るんだぞ!」
サラは慎重だった。
秤で材料を量り、紙へ数字を書いている。
火へかけた時間も、砂時計で確認していた。
「サラの作り方が一番安定しているな」
ミネルが鍋を覗き込む。
「ありがとうございます」
「ただ、混ぜる手が止まっている」
「あっ」
サラが慌てて木べらを動かす。
一度目に作った軟膏は、三人とも失敗だった。
俺のものは薬草を焦がし、臭いが強い。
リオナのものは細かい粉が残り、ざらついている。
サラのものは固まりすぎて、肌へ塗りにくかった。
「これも使えるのか?」
「使わないほうがいい」
ミネルは三つの器を端へ寄せた。
「失敗した薬は捨てろ」
「材料がもったいないな」
「だから、最初は安い薬草を使っている」
サラは失敗した軟膏を見つめた。
「もう一度作ってもいいですか?」
「そのために来た」
ミネルが新しい材料を並べる。
「今度は、失敗した理由を考えてから始めろ」
二度目。
俺は火の強さを抑えた。
リオナは薬草を細かくしすぎないよう注意する。
サラは固形材料の量を少し減らした。
最初より形になった。
それでも、ミネルが持ってきた見本とは色も硬さも違う。
三度目。
四度目。
俺たちは同じ作業を繰り返した。
昼を過ぎる頃には、部屋中が薬草の匂いで満たされていた。
「お腹が空いたっピ……」
シロちゃんが机へ倒れる。
「お前は何もしていないだろ」
「見守るのにも体力を使うっピ!」
「昼食にしましょう」
サラが立ち上がった。
そのとき、棚の上に置いていた布が落ちた。
ミネルが拾おうと、前屈みになる。
緩いローブの胸元が大きく開いた。
豊かな胸の奥に、淡い桃色が一瞬だけ覗く。
俺の視線が止まった。
ミネルは気づいていない。
「ルナト」
サラが静かに俺の名前を呼んだ。
「何だ?」
「今、見ましたよね?」
「何を?」
「ミネルの胸元です」
「布が落ちたから見ただけだ」
「布は床です。ルナトの視線は、もっと上でした」
「シロちゃんも見たっピ!」
「説明しなくていい」
リオナが俺の脇腹を軽くつついた。
「淡い桃色だったな」
「リオナまで言うな」
「何の話だ?」
ミネルが布を拾い、身体を起こした。
自分の胸元が開いていたことには気づいていない。
「何でもありません」
サラは笑顔で答えた。
そのままミネルへ近づき、ローブの胸元を整える。
「少し緩んでいましたよ」
「そうか。ありがとう」
「気をつけたほうがいいです」
サラの視線が俺へ向いた。
「よく見ている人がいますから」
「薬の作り方を見ていただけだ」
「薬は胸元から出てきませんよ」
言い返せなかった。
「ここでシロちゃんから――」
「説明は禁止です」
サラに止められ、シロちゃんは口を閉じた。
昼食を終えたあとも、調合の練習を続けた。
その日は、誰もスキルを習得しなかった。
翌日も同じ軟膏を作る。
三人とも、少しずつ見本へ近づいている。
三日目。
俺の作った軟膏は、火にかける時間が長すぎた。
リオナは材料の量を間違えた。
サラだけが、前日とほぼ同じものを完成させた。
四日目。
サラは三つの器へ、同じ量の材料を入れた。
火へかける時間も揃える。
完成した軟膏は、三つとも同じ淡い緑色だった。
硬さもほとんど変わらない。
ミネルが指先へ少量取り、匂いと感触を確かめる。
「問題ない」
「本当ですか?」
「ああ。傷薬として使える」
「よかった……」
サラが息を吐く。
《調合を習得しました》
《初級スキル図鑑へ登録します》
取得者:サラ
登録数:62/90
初級スキル図鑑 生産系統:9/15
「六十二だっピ!」
シロちゃんが飛び回る。
「七十%まで、あと一つだっピ!」
「次の報酬は何だろうな」
リオナが図鑑を開く。
「まだ分からないっピ!」
「毎回聞いているから分かっている」
「それでも聞かれたら答えるのが説明担当だっピ!」
サラは完成した軟膏を、小さな蓋つきの器へ移した。
一つは冒険用。
一つは家へ置く。
残りは治療室へ持っていく。
「ルナトとリオナも、もう少しで覚えられそうです」
「俺の薬は少し焦げてたぞ」
「最初よりずっとよくなっています」
「私も続ける」
リオナが言った。
「毒を受けたときに使える薬も作りたい」
「次は解毒薬を教える」
ミネルが答える。
「ただし、材料が少し高いぞ」
「依頼で探せる薬草なら、自分たちで採る」
「それもいいな」
調合は、これからも続けることになった。
その日の夕方。
俺たちは、カレンとミネルを夕食へ招いた。
保存食用の棚と調合を教えてもらった礼だ。
マーナさんにも声をかけたが、今日は家族と食事をするため来られないらしい。
サラは朝から献立を考えていた。
畑で採れた野菜のスープ。
鎧蜥蜴の肉を香草で焼いたもの。
保存食と葉物野菜を合わせた料理。
最後には、果実を甘く煮たものも用意している。
「私も手伝う」
リオナがエプロンを着けた。
胸元の布が、豊かな膨らみに押し上げられている。
「皿を運べばいいか?」
「最初にスープをお願いします」
「肉は?」
「スープを食べ終わる頃に出します」
「最初から全部並べたほうが楽じゃないか?」
「温かいものを、温かいうちに食べてもらいたいんです」
サラは人数分の皿を確認する。
「リオナは料理を運んでください。ルナトは飲み物をお願いします」
「シロちゃんは何をするっピ?」
「味見以外でお願いします」
「難しい注文だっピ……」
シロちゃんは考えたあと、布を持って食卓を拭き始めた。
途中で布に絡まり、机の上を転がった。
最終的には、椅子の数を数える役になった。
日が暮れる頃、カレンとミネルが到着した。
「いい匂いだね」
カレンが台所を覗く。
今日は鍛冶場の白いタンクトップではなく、胸元の開いた黒い服を着ていた。
鍛冶仕事のあとらしく、灰色の髪は少し湿っている。
「これは私が作った棚だね」
「作ったのは俺たちだ」
「金具は私が作っただろ?」
「そうだったな」
カレンが棚を軽く揺らす。
「思ったより丈夫にできている」
「《木工》も覚えた」
「それはすごいじゃないか」
カレンは俺の背中を叩いた。
「今度、鍛冶場の棚も作ってもらおうかな」
「金は取るぞ」
「保存食で払うよ」
「結局、保存食なのか」
ミネルはすでに食卓へ座っていた。
「話はあとにしろ。料理が冷める」
「まだ全員座っていません」
サラが注意する。
「エルフは空腹に弱いんだ」
「ミネルだけだと思います」
サラは全員が席へ着いたことを確認し、最初のスープを運んだ。
器を置く向きまで揃える。
「熱いので、お気をつけください」
「いい匂いだ」
ミネルはすぐに匙を取った。
「野菜が柔らかい」
「私たちの畑で採れたものです」
「もう収穫できたのか」
「まだ少しだけです」
全員のスープが減る速さを見ながら、サラは次の料理を温める。
カレンは食べるのが早い。
ミネルは話をせず、黙々と食べている。
リオナは肉料理が出るのを待っていた。
「リオナ。そんなに台所を見ても、肉は逃げませんよ」
「まだか?」
「もう少しです」
最後の一人がスープを食べ終える。
その直前に、サラは焼いた肉を食卓へ並べた。
湯気が立ち、香草の匂いが広がる。
「待っていた!」
リオナの獣耳が立った。
「一人二枚です」
「三枚は駄目か?」
「皆さんへ行き渡ってからです」
リオナは少し残念そうに肉を取った。
料理が減れば、新しい皿へ交換する。
飲み物がなくなる前に注ぐ。
空いた器を下げ、食卓が狭くならないよう整える。
サラは自分も食べながら、全員の様子を見ていた。
「サラは座らなくていいのかい?」
カレンが尋ねる。
「食べていますよ」
「でも、何度も立っているだろ」
「皆さんに、おいしい状態で食べてもらいたいので」
「私は自分で運べるぞ」
「今日は、お礼の食事ですから」
サラは笑った。
肉料理を食べ終える頃、甘く煮た果実が運ばれる。
量は少ない。
それでも食事の最後には、ちょうどよかった。
「満足した」
ミネルが腹へ手を当てる。
「毎日ここで食べたい」
「毎日来るのは駄目です」
「週に五日は?」
「ほとんど毎日です」
「なら四日」
「交渉を始めないでください」
サラが困ったように笑った。
そのとき、通知が現れた。
《給仕を習得しました》
《初級スキル図鑑へ登録します》
取得者:サラ
登録数:63/90
初級スキル図鑑 生活系統:14/15
「あっ」
サラが動きを止めた。
「どうした?」
「《給仕》を習得しました」
「六十三だっピ!」
シロちゃんが空中へ飛び上がった。
「初級スキル図鑑が七十%に到達したっピ!」
図鑑が自動的に開く。
半透明の本から、金色の光があふれた。
鐘の音が家の中へ響く。
《初級スキル図鑑の登録率が70%に到達しました》
《達成報酬を解放します》
俺たちは息を止めた。
カレンとミネルには図鑑が見えない。
だが、金色の光と鐘の音は感じたらしい。
二人とも食卓から立ち上がった。
《第一達成報酬》
《固有機能・ダブルジョブを解放します》
対象者:ルナト
「ダブルジョブ……?」
俺は表示された文字を見つめた。
《水晶の欠片を使用することで、二つの職業を同時に選択できます》
《二つの職業による成長補助と適性補正を、同時に受けられます》
《第二達成報酬》
《初級スキル登録権を獲得しました》
《未登録の初級スキルから一つを選択し、家族の一人へ付与できます》
「報酬が二つもあるっピ!」
シロちゃんが叫ぶ。
「内容は今初めて分かったっピ! 七十%の報酬は、ルナトの《ダブルジョブ》と、好きな初級スキルを一つ覚えられる権利だっピ!」
「ついに二つの職業を持てるのか」
俺は水晶の欠片を取り出した。
右手で握る。
これまで一つしか選べなかった職業の一覧が、二つの枠に分かれていた。
第一職業:《盾戦士》
第二職業:《未選択》
選択可能な職業
《剣士》
《盾戦士》
《野外探索者》
《鉱夫》
「《剣士》を選ぶ」
《第二職業に剣士を設定します》
《ダブルジョブが成立しました》
第一職業:《盾戦士》
第二職業:《剣士》
身体を光が包む。
左腕には盾を支えやすい感覚。
右腕には剣を振るいやすい感覚。
二つが同時に存在している。
「どうだ?」
リオナが尋ねる。
「剣と盾の両方が、さっきより扱いやすく感じる」
「二倍強くなったのか?」
「そんな感じはしない」
俺は首を振った。
「できなかった技が、急に使えるようになったわけでもない」
「ダブルジョブは、二つの職業による補助を同時に受けられる機能だっピ!」
シロちゃんが説明する。
「技術や経験まで二倍になるわけではないっピ。ルナト自身が練習しなければ、強くはなれないっピ!」
「それでも十分だ」
剣士へ変えれば、盾戦士の補助を失う。
盾戦士へ変えれば、剣士としての成長が遅くなる。
これからは両方を同時に鍛えられる。
俺が目指していた戦い方に近づいた。
「残る報酬は、初級スキルを一つだな」
未登録の一覧を開く。
難しいスキルも選べる。
《騎乗戦闘》
《鍛冶》
《石工》
《建築》
《結界魔法》
一つずつ見ていく。
「誰が覚えてもいいのか?」
サラが尋ねる。
「家族の三人から選べるっピ!」
「ルナトが覚えろ」
リオナがすぐに言った。
「俺でいいのか?」
「ダブルジョブはルナトだけの報酬だ。もう一つくらい、私かサラが覚えてもいいとは思う」
リオナは俺の腰にある剣と盾を見る。
「でも、ルナトは魔力を扱えるのに、まだ魔法を一つも使えない」
「《治癒魔法》はサラが持っています」
サラも頷いた。
「ルナトには、攻撃や防御に使える魔法がいいと思います」
「それなら《火魔法》はどうだ?」
俺は未登録の名前へ触れた。
火を起こすだけなら、《火起こし》でもできる。
だが《火魔法》なら、戦闘でも使える。
野営中に薪へ火をつけることもできるだろう。
「《結界魔法》も便利そうだが」
「結界は難しいと思う」
ミネルが口を挟んだ。
図鑑の文字は見えなくても、俺たちの会話は聞こえている。
「覚えるだけならできるかもしれない。だが、ルナトは剣と盾で前へ出る。《火魔法》のほうが戦い方へ組み込みやすい」
「決まりだな」
俺は《火魔法》を選んだ。
《初級スキル登録権を使用しますか?》
対象スキル:《火魔法》
習得者:ルナト
「使用する」
《選択を確認しました》
《ルナトへ火魔法の基礎を付与します》
熱が胸の奥へ生まれた。
火傷をするような熱ではない。
魔力を火へ変えるための感覚が、頭と身体へ流れ込んでくる。
俺は右手を開いた。
指先へ魔力を集める。
小さな火が灯った。
蝋燭の炎ほどの大きさだ。
「出た……」
《火魔法を習得しました》
《初級スキル図鑑へ登録します》
取得者:ルナト
登録数:64/90
初級スキル図鑑 魔法系統:6/15
「小さい火だな」
リオナが指先を覗き込む。
「報酬で覚えても、最初から大きな炎は出せないっピ!」
「分かってる」
俺は火を消した。
「練習して使えるようにする」
「魔力操作と放出はできている」
ミネルが腕を組む。
「火を安定させる練習から始めればいい。いきなり人や魔物へ向けるなよ」
「ああ。明日から教えてくれ」
「食事つきならな」
「週に一回だ」
「少なすぎる」
「二回」
「四回」
「三回でどうだ?」
「成立だ」
「《交渉》のスキルを狙っているのか?」
ミネルは満足そうに笑った。
七十%の報酬が判明した。
《ダブルジョブ》。
そして《初級スキル登録権》。
さらに、俺は初めての魔法を覚えた。
登録数は六十四。
次の目標は、八十%。
あと八種類で《中級スキル図鑑》が開放される。
ただし、その報酬が何なのかは、まだ誰にも分からなかった。




