第45話 保存食用の棚を作ろう
畑で最初の収穫を終えた翌朝。
台所の机には、赤い実や葉物野菜、土を落とした根菜が並んでいた。
サラは一つずつ状態を確かめている。
「傷のあるものは、今日中に食べましょう」
「こっちは?」
俺は少し小さな根菜を持ち上げた。
「それはスープに使います。形は小さくても、味は変わらないと思います」
「シロちゃんが味見するっピ!」
シロちゃんが根菜へ抱きついた。
自分の身体とほとんど同じ大きさだ。
「まだ生ですよ」
「生でも食べられるっピ?」
「食べられますが、洗ってからにしてください」
サラは根菜とシロちゃんを一緒に持ち上げた。
そのまま水桶へ運ぼうとする。
「シロちゃんまで洗われるっピ!」
「昨日、畑の土へ転がりましたよね?」
「身体は自分で拭いたっピ!」
「耳の後ろに土がついています」
「そこは自分では見えないっピ!」
サラは根菜を置き、シロちゃんの身体を布で拭き始めた。
俺とリオナは、収穫した野菜を入れる場所を探した。
台所の棚は、保存食と調味料で埋まっている。
床には空き瓶や籠も置かれていた。
「これ以上増えたら、歩く場所がなくなるな」
俺が言うと、サラが振り返った。
「保存食を五十袋作る予定でしたが、干す場所も足りません」
「前は庭に紐を張っただろ?」
「雨が降るたびに、全部取り込まなければなりません」
リオナが窓の外を見る。
「小さな屋根があればいいんじゃないか?」
「屋根?」
「庭の壁際に、保存食を干すための棚を作るんだ」
リオナは両手で大きさを示した。
「雨が吹き込まないよう、上と横を板で囲う。前だけ開けておけば風も通るだろ」
「作れるのか?」
「私は作れない」
リオナは即答した。
「でも、ルナトには《修理》がある」
「壊れたものを直すのと、最初から作るのは違うぞ」
「図鑑に《木工》があるっピ!」
シロちゃんがサラの手から逃げてきた。
まだ耳の片方が土で汚れている。
「ヒントを見てみるっピ!」
俺は《初級スキル図鑑》を開いた。
生産系統のページをめくる。
《木工》
未登録
ヒント:木材の性質を知り、目的に合った形へ加工せよ。切る、削る、接合する技術を安定させること。
「棚を一つ作れば覚えられるのか?」
「完成させるだけでは駄目だっピ」
シロちゃんが答える。
「板を適当に重ねて、釘を打っただけでは習得できないっピ。木の向きや強さを考えて、同じ加工を何度も正しく行う必要があるっピ!」
「誰かに教わったほうがよさそうだな」
サラが提案する。
「マーナさんに聞いてみますか?」
「畑の道具くらいなら作れるかもしれない。でも、丈夫な棚ならカレンに相談してみよう」
「カレンは鍛冶師だぞ?」
「釘や金具は作れるだろ。鍛冶場にも棚があった」
俺たちは必要な大きさを測り、簡単な絵を描いた。
その紙を持って、カレンの鍛冶場へ向かった。
鍛冶場へ近づくと、金属を打つ音が聞こえてきた。
入口から熱気が流れてくる。
「カレン、いるか?」
「奥にいるよ!」
大きな声が返ってきた。
鍛冶場の奥では、カレンが熱した金属へ槌を振り下ろしていた。
今日も白いタンクトップ姿だ。
灰色の長い髪を後ろでまとめ、額には汗が浮かんでいる。
槌が金属へ落ちる。
高い音が響く。
同時に、薄い布へ包まれた豊かな胸が大きく揺れた。
もう一度。
槌が落ちる。
また揺れる。
俺の視線まで、上下に動いてしまった。
「ルナト」
サラの声がした。
「何だ?」
「カレンの槌ではなく、胸の動きを数えていませんでしたか?」
「槌を見ていた」
「視線が少し下でした」
「金属を見ていたんだ」
「金属は、もっと下にありますよ」
逃げ道がなくなった。
「十七回見ていたぞ」
リオナが楽しそうに言う。
「数えてたのか?」
「私は視線に敏感だからな」
カレンは槌を止め、俺たちを見た。
「朝から賑やかだね。ルナトは、また胸を見ていたのかい?」
「違う」
「違わないっピ!」
シロちゃんが俺の肩から飛び上がった。
「ルナトの視線は、カレンの胸の揺れに合わせて十七回も上下していたっピ!」
「説明担当は、そういうことまで説明するのか?」
「見落としを防ぐのも仕事だっピ!」
カレンは声を上げて笑った。
槌を台へ置き、首へかけていた布で汗を拭く。
「見られて減るものでもないから、私は気にしないよ」
「カレンは寛大だな」
「ただし、見物料はもらおうか」
「いくらだ?」
「本気にするな」
カレンは再び笑った。
サラだけは、少し不満そうに自分の胸元を見下ろしていた。
十分豊かなのだが、カレンと比べると小さく見えるらしい。
俺はサラの耳元へ顔を近づけた。
「サラも綺麗だぞ」
「今は胸の話ですよね?」
「胸も好きだ」
サラの顔が赤くなる。
「鍛冶場で言わないでください」
「家に帰ってからならいいのか?」
「それは……二人きりのときにしてください」
リオナが獣耳をこちらへ向けた。
「聞こえてるぞ」
「獣人の耳は便利だな」
「都合が悪くなると、それを言うな」
俺たちは、保存食用の棚を作りたいと説明した。
カレンは俺が描いた絵を見る。
「このままだと、横からの風で倒れるね」
「壁へ固定すれば大丈夫じゃないか?」
「借家の壁へ、大きな穴を開けるのかい?」
「それは困るな」
「後ろへ斜めの支えを入れな」
カレンは紙へ線を引いた。
「それから、板を釘だけで留めると緩みやすい。棚板を支える金具を使ったほうがいい」
「その金具を作ってもらえるか?」
「もちろん。代金は材料込みで四千Gだ」
「安くないか?」
「保存食を少しつけてくれればね」
「分かりました」
サラが答えた。
「完成したら、十袋お持ちします」
「それなら金具は三千Gでいいよ」
「ありがとうございます」
「カレンは保存食に弱いっピ!」
「鍛冶仕事は腹が減るんだよ」
カレンは金具の見本を一つ持ってきた。
直角に曲げられた鉄へ、釘を通す穴が二つ開いている。
「同じものを八個作ればいいか?」
「ああ。それと、錆びにくい釘を四十本くらい頼む」
「明日の昼には用意しておくよ」
カレンは木材についても教えてくれた。
棚には硬くて重い木を使う。
屋根には少し軽い板を使う。
生木は乾くと形が変わるため、十分に乾燥した木材を選ぶ。
鍛冶師でも、柄や炉の周りの設備に木を使うことがあるらしい。
「思っていたより詳しいんだな」
「鍛冶師は金属だけ触っていればいいわけじゃないよ」
カレンは腕を組んだ。
豊かな胸が、白いタンクトップの上からさらに押し上げられる。
俺が見るより先に、サラが両手で俺の頬を挟んだ。
「今日はもう十分見ました」
「まだ見てない」
「今から見るつもりでしたよね?」
「……否定はできない」
「正直でよろしいです」
サラは俺の顔を、カレンとは反対へ向けた。
翌日。
俺たちは材木店で必要な板と柱を購入した。
木材が一万二千G。
カレンの金具と釘が三千G。
合計一万五千G。
露店一回分の利益より高い。
それでも、長く使える棚ができれば無駄にはならない。
「最初に長さを測るぞ」
庭へ木材を並べる。
俺はカレンから借りた物差しを使い、切る場所へ印をつけた。
「全部、同じ長さでいいのか?」
リオナが尋ねる。
「柱は四本とも同じだ。棚板はこっちの長さにする」
「シロちゃんも測るっピ!」
シロちゃんが物差しの端へ立つ。
「そこにいたら邪魔だ」
「端を押さえているっピ!」
「押さえていない。乗っているだけだ」
リオナがシロちゃんを持ち上げた。
「お前はサラを手伝え」
「何をすればいいっピ?」
「釘の数を確認してくれ」
「数えるのは得意だっピ!」
シロちゃんは釘を一本ずつ並べ始めた。
サラは木材へ番号を書いている。
どの板を、どこへ使うのか分からなくならないためだ。
俺は鋸を使い、印に沿って木材を切った。
最初の一本は、切り口が少し斜めになった。
「曲がっているな」
「削れば直るか?」
「少しなら大丈夫だ」
リオナが木材を押さえる。
俺は切り口を削り、平らに整えた。
二本目は、最初より真っすぐ切れた。
三本目。
四本目。
同じ作業を繰り返す。
それでも、完全に同じ長さにはならない。
並べて確かめ、長い部分を少しずつ削る。
「思ったより時間がかかりますね」
サラが水を持ってきた。
「切るだけなら簡単だと思ってた」
「急がなくていい」
リオナは柱を支えたまま答える。
「倒れたら、干している肉が全部駄目になる」
「ああ。丈夫に作ろう」
一日目は、木材を切って整えるだけで終わった。
二日目。
四本の柱を組み、横板を取りつけた。
釘を打つ前に穴を開ける。
木材が割れないよう、少しずつ槌を振る。
金具を当てる位置がずれ、二度やり直した。
三日目。
棚板を取りつけた。
重いものを置いても傾かないか、一段ずつ確かめる。
リオナが両手で棚を揺らした。
「少しぐらつくぞ」
「後ろの支えが足りないな」
斜めの木材を追加する。
もう一度、揺らす。
今度は動かなかった。
「丈夫になった」
「シロちゃんも試すっピ!」
シロちゃんが棚へ体当たりした。
当然、びくともしない。
「シロちゃんの力では分からないな」
「失礼だっピ!」
四日目。
屋根と横板を取りつけた。
雨が吹き込まないか、水をかけて確かめる。
横から入った水が、一番下の棚を濡らした。
その部分へ細い板を追加する。
棚の中は暗くなりすぎず、風も通っている。
「これなら肉を干せそうです」
サラが棚の中へ手を入れた。
「雨の日も、慌てて取り込まなくて済みますね」
《木工を習得しました》
《初級スキル図鑑へ登録します》
取得者:ルナト
登録数:60/90
初級スキル図鑑 生産系統:8/15
「六十になったっピ!」
シロちゃんが完成した棚の上へ立った。
「《木工》を覚えたのか」
俺は自分で作った棚を見上げた。
最初に描いた絵より、少し大きい。
釘を打ち直した跡もある。
それでも、家族で使うには十分だ。
「一つ作っただけで覚えたんじゃないっピ!」
シロちゃんが説明する。
「同じ長さに木材を切る、表面を削る、割れないように釘を打つ、金具で接合する、目的に合う強度へ調整する。その作業を四日間、何度も正しく繰り返したから習得できたっピ!」
「一人では無理だったけどな」
「当然だ」
リオナが俺の肩を叩く。
「私が木を押さえた」
「サラが印をつけてくれた」
「シロちゃんも釘を数えたっピ!」
「途中で数が分からなくなって、サラがやり直しただろ」
「細かいことは気にしないっピ!」
サラが完成した棚を布で拭いた。
木屑を払い、使う段ごとに小さな木札を置く。
上段には、乾燥中の肉。
中段には、完成した保存食。
下段には、空の籠と紐。
台所に積まれていた瓶や道具も、別の棚へ分けていく。
使うもの。
しばらく使わないもの。
壊れているもの。
同じ種類のものをまとめ、置く場所を決めた。
作業を始めてから数日。
台所の床に置かれていた籠がなくなり、歩きやすくなっている。
「塩はここです」
サラが棚の一段を指す。
「香草は隣。空き瓶は下へまとめました」
「使ったら同じ場所へ戻せばいいんだな」
「はい。何が足りないかも、すぐ分かります」
《整理整頓を習得しました》
《初級スキル図鑑へ登録します》
取得者:サラ
登録数:61/90
初級スキル図鑑 生活系統:13/15
「二つ増えたっピ!」
シロちゃんが台所へ飛び込んできた。
「これで七十%まで、あと二つだっピ!」
「七十%の報酬は分かるのか?」
リオナが尋ねる。
「達成するまで分からないっピ!」
「そこは変わらないんだな」
「未知の報酬を楽しみにしてほしいっピ!」
シロちゃんは整理された棚を見回した。
「《整理整頓》は、物を綺麗に並べるだけのスキルではないっピ。使う目的や頻度ごとに場所を決めて、必要なものをすぐ取り出せる状態にする技術だっピ!」
「説明しているシロちゃんの寝床は散らかっていますよ」
サラが指摘する。
居間の隅には、シロちゃんが集めた布や木の実が積まれている。
「あとで片づけるっピ!」
「昨日も言っていました」
「今日は棚の完成を祝う日だっピ!」
「明日は?」
「保存食を作る日だっピ!」
「いつ片づけるんですか?」
シロちゃんは答えず、完成した棚の一番上へ逃げた。
夕食には、畑で採れた野菜と肉を使ったスープが並んだ。
サラが最初に収穫した赤い実も入っている。
少し酸味があり、肉の脂とよく合った。
「やっぱり肉と一緒にして正解だったな」
リオナが嬉しそうに食べる。
「リオナが言ったとおりですね」
「私には料理の才能もあるのかもしれない」
「肉を入れろと言っただけだろ」
「大切な提案だ」
俺たちは笑いながら、自分たちで育てた野菜を食べた。
庭には、四人で作った保存食用の棚がある。
台所も使いやすくなった。
登録数は六十一。
七十%まで、あと二種類。
報酬が何かは分からない。
それでも数字が近づくほど、食卓で話す時間まで楽しくなっていた。




