第44話 治癒師としての初依頼
サラが《魔力放出》を習得した翌朝。
俺たちは冒険者ギルドの依頼板を見ていた。
リオナが一枚の依頼書を外す。
「これにしないか?」
鎧蜥蜴の討伐
討伐数:二体
場所:町の西にある岩場
報酬:三万G
推奨ランク:E以上
「鎧蜥蜴?」
「背中が硬い鱗で覆われている魔物だ」
リオナは依頼書を俺へ渡した。
「動きは速くない。だが、正面から剣で斬っても刃が通りにくい」
「弱点は?」
「顎の下と、前脚の付け根だ」
リオナが自分の首元を指す。
「腹も柔らかい。ただ、身体が低いから狙いにくいぞ」
サラが依頼書を覗き込んだ。
「私も行っていいでしょうか?」
「もちろんだ」
俺が答えると、サラは胸元へ手を当てた。
「治癒魔法を覚えてから、初めての討伐依頼です。きちんと役に立てるか、少し不安です」
「怪我人がいなければ、治癒魔法を使う必要はない」
リオナが言う。
「治療するために、誰かが怪我をする必要はないからな」
「はい。それが一番です」
シロちゃんが俺の肩へ飛び乗った。
「シロちゃんも行くっピ!」
「戦えるのか?」
「戦えないっピ!」
「危なくなったらどうする?」
「ルナトの服の中へ隠れるっピ!」
「置いていこう」
「待つっピ! シロちゃんがいなければ、新しいスキルを覚えたときに説明する者がいないっピ!」
「図鑑の表示だけで分かるぞ」
「存在意義が危ないっピ……」
白い耳が垂れる。
サラがシロちゃんを両手ですくい上げた。
「危なくなったら、私の鞄に入ってください」
「サラは優しいっピ!」
シロちゃんがサラの胸へ飛び込もうとする。
すぐに片手で止められた。
「服の中ではなく、鞄です」
「間違えたっピ」
「絶対にわざとだろ」
リオナがシロちゃんの長い耳をつかんだ。
依頼を受ける前に、俺たちは一度家へ戻った。
職業を変えるためだ。
サラはすでに《見習い治癒師》になっている。
リオナは水晶の欠片を握り、《狩人》を選んだ。
最後に俺が欠片を握る。
現在の職業:《剣士》
変更可能な職業
《剣士》
《盾戦士》
《野外探索者》
《鉱夫》
「今日は《盾戦士》にする」
「剣士ではないのか?」
リオナが尋ねる。
「鎧蜥蜴は正面が硬いんだろ?」
「ああ」
「俺が盾で動きを止める。リオナが弱点を狙ってくれ」
「悪くない」
「サラの前にも立てる」
サラが心配そうに俺を見る。
「無理に攻撃を受けないでください」
「分かってる」
俺は《盾戦士》を選んだ。
《職業を変更します》
《剣士》
↓
《盾戦士》
身体を包んだ光が消える。
盾を持つ左腕が、少し軽くなったように感じた。
それでも、盾の扱いが急に上達したわけではない。
これまで覚えた《盾術》《防御姿勢》《受け流し》を使い、自分で戦う必要がある。
町の西にある岩場までは、歩いて二時間ほどだった。
草原の中に大きな岩が点在し、その隙間に低い木が生えている。
「ここからは静かに進むぞ」
リオナが声を落とした。
「鎧蜥蜴は岩と色が似ている。動かなければ見つけにくい」
リオナが先頭。
俺が中央。
サラが後方を歩く。
シロちゃんは、サラの肩から周囲を見回していた。
「右の岩が動いたっピ!」
シロちゃんが小声で教える。
「どれだ?」
「あれだっピ!」
指した先を見る。
灰色の岩が並んでいるだけだ。
しばらく待つと、その一つがわずかに動いた。
岩ではない。
灰褐色の鱗に覆われた、大きな蜥蜴だ。
頭から尻尾まで二メートル近くある。
「よく見つけたな」
「シロちゃんは目がいいっピ!」
リオナが弓を構えた。
「まだ撃たない」
「どうする?」
「もう一体いるかもしれない」
《索敵》を使っているのか、リオナの獣耳が細かく動く。
やがて、左側の岩へ視線を向けた。
「いた。二体目だ」
俺には見えない。
リオナが指した場所を注意深く探す。
岩の陰から、太い尻尾が少しだけ出ていた。
「一体ずつ倒せるか?」
「難しいな」
リオナは弓を下げた。
「近くにいる。片方を攻撃すれば、もう片方も気づく」
「俺が一体を止める」
「私がもう一体を引きつける」
「一人で大丈夫か?」
「私はDランクだぞ」
リオナは笑った。
「心配なら、早く一体目を倒して助けに来い」
俺は盾を構えた。
サラが短剣を抜く。
「私は、どこにいればいいですか?」
「俺の後ろだ」
「周囲にも気をつけろ」
リオナが弓へ矢をつがえた。
「行くぞ」
矢が放たれる。
岩陰にいた二体目の鎧蜥蜴へ向かい、前脚の付け根へ突き刺さった。
甲高い鳴き声が岩場へ響く。
一体目も頭を上げた。
「こっちだ!」
俺は盾を剣で叩いた。
音に反応した鎧蜥蜴が、太い四本の脚で走り出す。
遅いと聞いていたが、想像より速い。
「ルナト!」
サラの声が飛ぶ。
俺は腰を落とし、《防御姿勢》を取った。
鎧蜥蜴の頭が盾へぶつかる。
重い衝撃が左腕から肩へ抜けた。
足が地面を滑る。
それでも倒れなかった。
「止めた!」
俺は盾を押し返し、右手の剣を振り下ろした。
刃が背中の鱗へ当たる。
硬い音が響き、剣が弾かれた。
「本当に硬いな」
「背中を狙うな!」
リオナが叫ぶ。
彼女はもう一体の攻撃を避けながら、矢を放っている。
鎧蜥蜴が再び頭を下げた。
突進が来る。
俺は正面から受けず、盾を斜めに構えた。
頭が触れた瞬間、力を横へ流す。
《受け流し》だ。
鎧蜥蜴の身体が俺の横を通り過ぎた。
「今です!」
サラが短剣を構えて走る。
「近づきすぎるな!」
俺が止めるより早く、鎧蜥蜴の尻尾が横へ振られた。
サラが足を止める。
太い尻尾が目の前を通過した。
「下がれ!」
俺はサラの前へ入り、盾で二度目の尻尾を受けた。
衝撃で腕がしびれる。
「すみません」
「謝るのはあとだ」
鎧蜥蜴が身体の向きを変える。
俺は正面から目を離さなかった。
背中は硬い。
腹は低く、剣が届きにくい。
顎の下。
前脚の付け根。
リオナから教えられた弱点を探す。
鎧蜥蜴が口を開いた。
噛みつくつもりだ。
俺は左へ半歩動き、盾を口の横へ当てた。
そのまま頭を押し上げる。
顎の下が見えた。
「そこか!」
剣を突き出す。
切っ先が柔らかな鱗の隙間へ入った。
鎧蜥蜴が激しく暴れる。
剣を抜き、すぐに距離を取る。
血を流しながらも、まだ倒れない。
「浅かった!」
「もう一度だ!」
リオナの声が聞こえる。
俺は鎧蜥蜴の動きを見る。
前脚の付け根。
身体を曲げるたび、鱗の隙間が開く。
これまで戦った牙猪も、森ゴブリンも、弱い場所があった。
ただ力任せに剣を振るのではない。
相手の身体を見て、刃が通る場所を探す。
鎧蜥蜴が再び突進する。
俺は盾で軌道をそらした。
身体が横を向く。
前脚が地面を踏みしめた瞬間、その付け根へ剣を突き込む。
今度は深く入った。
鎧蜥蜴が地面へ崩れる。
《急所狙いを習得しました》
《初級スキル図鑑へ登録します》
取得者:ルナト
登録数:58/90
初級スキル図鑑 戦闘系統:10/15
「新しいスキルだっピ!」
鞄からシロちゃんの声がする。
「説明はあとだ!」
「分かったっピ!」
もう一体が残っている。
リオナは鎧蜥蜴の周囲を走りながら、矢を放っていた。
急所を狙っているが、相手も前脚を動かして矢を避けている。
倒すことより、俺たちが一体目を倒すまで時間を稼いでいたらしい。
「待たせた!」
「遅いぞ!」
リオナが鎧蜥蜴の横を通り過ぎる。
魔物はリオナを追おうとした。
俺はその進路へ入り、盾を構える。
「今度は三人で倒すぞ」
「はい!」
サラも短剣を構えた。
「ルナトが正面を止めろ」
リオナが矢をつがえる。
「私が前脚を狙う」
「サラは無理に攻撃しなくていい」
「分かりました」
俺は盾を叩き、鎧蜥蜴の注意を引いた。
突進を受け流す。
身体が横を向いた瞬間、リオナの矢が前脚の付け根へ刺さった。
鎧蜥蜴が体勢を崩す。
「今だ!」
俺は顎の下へ剣を突き出した。
だが、鎧蜥蜴が突然頭を振った。
剣の軌道がずれる。
硬い鱗に当たり、切っ先が横へ流れた。
鎧蜥蜴の爪が伸びる。
俺は盾を戻そうとしたが、間に合わない。
右腕へ鋭い痛みが走った。
「ルナト!」
三本の爪が革の防具を裂いた。
血が腕を伝う。
深くはない。
それでも、剣を握る指へ力が入りにくくなった。
「下がれ!」
リオナが矢を連続で放つ。
一本目が鎧蜥蜴の目の前へ刺さる。
相手が怯んだ。
二本目が前脚の付け根へ命中する。
鎧蜥蜴が横倒しになった。
「サラ!」
「はい!」
サラが俺の腕を取る。
「まだ戦える」
「傷を確認します」
「先に倒したほうが――」
「私が止める!」
リオナが鎧蜥蜴と俺たちの間へ入った。
「サラに任せろ!」
俺は剣を地面へ置いた。
サラが革防具の裂けた部分を開く。
右腕に三本の傷がある。
血は出ているが、筋肉まで深く切られてはいない。
「水で洗います」
サラは水筒の水を傷へ流した。
痛みが走る。
「少し我慢してください」
「大丈夫だ」
布で汚れを拭き、傷の状態を確かめる。
それから両手を近づけた。
淡い緑色の光が、俺の右腕を包む。
温かい。
痛みが少しずつ弱くなる。
開いていた傷が、ゆっくりと塞がっていった。
「手を動かせますか?」
俺は指を開き、何度か握った。
まだ少し痛む。
だが、剣は握れる。
「動く」
「完全には治っていません。無理をしないでください」
「ああ」
俺は剣を拾った。
サラの治癒魔法を受けたのは、これが初めてだった。
安心している暇はない。
リオナが一人で鎧蜥蜴を引きつけている。
「戻るぞ」
「私も行きます」
「後ろから離れるな」
「はい」
鎧蜥蜴は、矢の刺さった前脚を引きずっていた。
動きが遅くなっている。
「遅い!」
リオナが叫ぶ。
「治療に必要な時間だ」
俺は盾を構え直した。
「腕は?」
「剣を握れる」
「サラの治癒魔法はすごいな」
「あとで褒めてください!」
サラが後ろから声を上げた。
鎧蜥蜴が最後の力で突進する。
俺は正面から受けず、左へ流した。
傷ついた前脚が地面を滑る。
鎧蜥蜴が大きく体勢を崩す。
「リオナ!」
「任せろ!」
矢が放たれた。
顎の下へ深く突き刺さる。
鎧蜥蜴の身体が地面へ落ちた。
しばらく待つ。
もう動かない。
「終わったな」
俺が息を吐くと、サラが駆け寄ってきた。
「腕を見せてください」
「もう大丈夫だ」
「駄目です。戦ったあとに、もう一度確認します」
サラは俺の腕を取った。
「傷は開いていませんね」
「治癒魔法のおかげだ」
「でも、今日は剣を振らないでください」
「解体は?」
「左手だけでは無理でしょう?」
「私がやる」
リオナが解体用のナイフを取り出した。
「二体分だから時間はかかるぞ」
「私も手伝います」
サラが言う。
「ルナトは座っていろ」
「俺だけ休むのか?」
「怪我人はおとなしくするっピ!」
シロちゃんが鞄から出てきた。
「ここでシロちゃんから説明だっピ! 治癒魔法で傷が塞がっても、すぐに激しく動けば開くことがあるっピ。痛みが残っている間は休む必要があるっピ!」
「分かったよ」
俺は岩へ腰を下ろした。
リオナとサラが鎧蜥蜴の解体を始める。
「サラ。その場所から刃を入れろ」
「ここですか?」
「ああ。背中の鱗は硬い。腹側から皮を外すんだ」
「分かりました」
二人が並んで作業している。
リオナは慣れた手つきだ。
サラも指示を聞き、慎重にナイフを動かしている。
シロちゃんは俺の膝へ座った。
「《急所狙い》は、今日一度だけ弱点へ剣を当てたから覚えたわけではないっピ」
「分かってる」
「ルナトはこれまでの戦闘でも、魔物の動きや身体を見ていたっピ。リオナから弱点の探し方も教わっていたっピ」
「それが今日、形になったのか」
「そうだっピ!」
シロちゃんが胸を張る。
「ただし、《急所狙い》があっても、必ず急所へ攻撃できるわけではないっピ。相手が動けば外れるし、防がれることもあるっピ!」
実際、二体目では攻撃を外して怪我をした。
スキルは、成功を約束する力ではない。
使う本人の判断と技術が必要だった。
町へ戻り、ギルドへ討伐を報告した。
報酬は三万G。
鎧蜥蜴の鱗と皮も売り、追加で一万八千Gを受け取った。
合計四万八千G。
修理が必要になった革防具の費用を差し引いても、十分な稼ぎだ。
「今日は私も、パーティーの治癒師として働けたでしょうか?」
ギルドを出ると、サラが尋ねた。
「ああ。助かった」
「サラがいなければ、帰り道で腕が痛んだだろうな」
リオナも頷く。
「でも、怪我をしたのは俺の失敗だ」
「次に同じ失敗をしなければいい」
「そうします」
サラは安心したように微笑んだ。
俺は、その頭を撫でた。
「ありがとう、サラ」
「どういたしまして」
サラは少し照れながら、俺の手へ頬を寄せた。
家へ帰ると、庭でマーナさんが待っていた。
「ちょうどよかったね。畑を見てごらん」
促され、俺たちは畑へ向かう。
雨から守った野菜は、以前よりずっと大きくなっていた。
葉の間から、赤く色づいた実が見える。
根菜も土から少しだけ頭を出していた。
「もう食べられるんですか?」
サラがしゃがみ込む。
「全部ではないよ。大きくなったものから収穫するといい」
マーナさんが教えてくれた。
「残した野菜へ栄養が回るからね」
サラは赤い実へ手を伸ばした。
指で軽く触れ、色と硬さを確かめる。
それから茎を傷つけないよう、ゆっくりともぎ取った。
「採れました」
小さな赤い実が、サラの手のひらに乗っている。
自分たちで土を耕した。
種を植え、水をやった。
大雨から守り、毎朝様子を確かめた。
ようやく最初の一つが実ったのだ。
「食べてみろよ」
「私一人でいいんですか?」
「最初に育てたのはサラだからな」
「それなら、三人で分けましょう」
サラは台所から小さなナイフを持ってきた。
赤い実を三つに切る。
一切れずつ、俺とリオナへ渡した。
「シロちゃんの分はどこだっピ?」
「小さいので、今日は三人分です」
「家族なのに仲間外れだっピ!」
サラは困ったように笑い、自分の一切れをさらに半分にした。
「半分あげます」
「サラは優しいっピ!」
俺たちは同時に口へ入れた。
少し酸っぱい。
店で売られているものより小さい。
それでも、今まで食べたどんな野菜より、うまく感じた。
「おいしいです」
「少し酸っぱいな」
リオナの獣耳が動く。
「でも、肉と一緒に煮たら合いそうだ」
「何でも肉と合わせるんだな」
「悪いか?」
「リオナらしいよ」
サラは畑を見渡した。
まだ収穫できそうな野菜が残っている。
今日は大きく育ったものだけを選ぶ。
根を傷つけないよう土を緩める。
次に植える場所も考える。
俺とリオナも手伝い、夕方までに籠の半分ほどを収穫した。
《耕作を習得しました》
《初級スキル図鑑へ登録します》
取得者:サラ
登録数:59/90
初級スキル図鑑 生産系統:7/15
「《耕作》ですか?」
サラが図鑑を開く。
「《栽培》とは違うのか?」
俺が尋ねると、シロちゃんが野菜の籠へ降りた。
「《栽培》は、植えた作物の状態を見て、水や日当たりを調整しながら育てるスキルだっピ!」
「《耕作》は?」
「土を耕して種を植え、作物を育てて収穫し、次の作付けまで考える技術だっピ! 今回は畑を作るところから最初の収穫まで経験したことで、習得が認められたっピ!」
「ようやく畑を一周できたんですね」
サラは収穫した野菜を、大切そうに抱えた。
討伐依頼へ出て、魔物と戦う。
怪我をすれば、家族に治してもらう。
家へ帰れば、自分たちで育てた野菜が待っている。
登録数は五十九。
七十%までは、あと四つ。
冒険とスローライフ。
どちらも俺たちの大切な暮らしになっていた。




