第43話 二人で巡らせる魔力
サラが治療室へ通い始めてから、夜の過ごし方も変わった。
夕食と片づけを終える。
そのあと、俺とサラは居間の床へ向かい合って座る。
俺が右手から魔力を放出し、左手で受け取る。
一人で行う《魔力循環》だ。
サラは俺の魔力へ手を近づけ、流れを感じ取る練習を続けていた。
「昨日より分かります」
サラが目を閉じる。
「ルナトの右手から出た魔力が、私の左手に触れています」
「受け取れそうか?」
「まだ難しいです。触れた瞬間に、指の間から逃げてしまいます」
「無理に捕まえなくていい」
「はい」
サラは呼吸を整えた。
大きな球を抱えるように、俺たちは四つの手を向かい合わせている。
俺の右手とサラの左手。
サラの右手と俺の左手。
二人で一つの球を包む形だ。
今は、俺が出した魔力がサラの手へ触れるだけで終わってしまう。
サラは魔力を体内で操作できる。
治癒魔法として外へ出すこともできる。
だが、何の性質も与えず、魔力だけを放出することはできなかった。
「治癒魔法としては出せるのにな」
俺が呟くと、背後から声がした。
「それは別の技術だっピ!」
シロちゃんが俺の頭へ降りる。
「治癒魔法は、魔力を治療する力へ変えてから外へ出しているっピ。《魔力放出》は、性質を変えずに魔力だけを身体の外へ出すスキルだっピ!」
「説明は分かるが、頭の上で話すな」
「ここが一番見やすいっピ!」
シロちゃんをつかみ、床へ下ろす。
少し離れた椅子では、リオナが腕を組んで俺たちを見ていた。
「毎晩見ているが、私には何も分からないな」
「光も見えないのか?」
「蛍のような光は見える。でも、二人が動かしている魔力は見えない」
リオナは自分の手のひらを見つめた。
「私も家族なのに、二人と同じことができないのは悔しい」
「魔力感知から始めればいいっピ!」
シロちゃんがリオナの膝へ飛び乗った。
「私にも魔力があるのか?」
「生きている人なら、少ないながら魔力を持っている場合が多いっピ。ただし、魔力を感じられることと、魔法を使えることは別だっピ!」
「私にも覚えられるのか?」
「適性があれば可能だっピ!」
「適性がなかったら?」
「ものすごく時間がかかるか、覚えられないっピ!」
リオナの獣耳が垂れた。
「最後まで期待させてくれないのか?」
「できないことまで、できるとは言えないっピ!」
「正直すぎるな」
リオナはシロちゃんの長い耳を軽く引っ張った。
「痛いっピ!」
俺たちの手の間に、蛍のような光が現れた。
淡い光は魔力の流れに沿い、俺の右手からサラの左手へ移動する。
サラの指先へ触れる。
その瞬間、光が小さく明滅した。
「今日も来ましたね」
サラが微笑む。
「少しずつ大きくなっている気がする」
「最初は針の先くらいだったからな」
今では、豆粒より少し大きい。
それでも正体は分からなかった。
光はサラの手のひらで数回明滅し、やがて消えてしまった。
翌日。
俺たちは再びミネルを訪ねた。
今回は、事前に食事をしておくよう伝えてある。
部屋へ入ると、ミネルは机の前でパンを食べていた。
「今日は食事をしているな」
「私を何だと思っている?」
「放っておくと食事を忘れるエルフ」
「反論できないのが悔しい」
ミネルは最後の一口を食べ、水を飲んだ。
「今日は何を教わりたい?」
「サラの《魔力放出》だ」
「治癒魔法はどうした?」
「軽い傷なら治せるようになりました」
サラが答える。
「でも、ルナトと魔力循環をするには、性質を変えずに魔力を出す必要があります」
「そうだな」
ミネルは頷いた。
「治癒魔法を覚えたことで、魔力を身体の外へ出す感覚は身についている。最初から練習する者より早いだろう」
「今日中に覚えられますか?」
「それはサラ次第だ」
「すぐには無理だっピ!」
シロちゃんが口を挟む。
「習得には、正しい理解と反復、安定した成功が必要だっピ!」
「お前は誰なんだ?」
ミネルが眉を寄せた。
「説明担当だっピ!」
「昨日も見たから知っている」
「なら聞かないでほしいっピ!」
ミネルとシロちゃんは、少し相性が悪いのかもしれない。
練習は中庭で行うことになった。
部屋の中で魔力を放出すると、家具や本へ影響が出る可能性があるらしい。
ミネルは空の器を地面へ置いた。
「この中へ魔力を出してみろ」
「器へ入れるんですか?」
「ああ。最初は目印があったほうがいい」
サラが器の前へ座る。
右手をかざし、目を閉じた。
淡い緑色の光が手のひらへ集まる。
「それは治癒魔法だ」
ミネルが止めた。
「傷を治すつもりではなく、魔力をそのまま外へ出せ」
サラは光を消した。
「治す力へ変えないようにすると、手のひらで止まってしまいます」
「押し出そうとするな」
ミネルが自分の手をかざす。
青白い魔力が、細い糸のように器へ流れた。
「魔力を外へ投げるのではない。身体と外をつなぐ小さな穴を作るんだ」
「穴……」
「最初は細くていい」
サラは右手を見つめる。
「身体の中にある魔力が、手のひらから外へ流れる道を作るんですね」
「そうだ」
サラはもう一度、目を閉じた。
胸元に集まった魔力が、肩から腕へ流れていく。
右手まで届く。
しかし、手のひらから外へ出る直前で止まった。
「出ません……」
「今日は感覚を知るだけでもいい」
「もう一度やります」
サラは諦めなかった。
何度も魔力を手のひらへ集める。
少し漏れたと思えば、治癒の光へ変わる。
性質を変えないよう意識すると、今度は身体の外へ出ない。
昼まで練習したが、成功しなかった。
「今日は休め」
ミネルが言った。
「魔力も減っている」
「あと一度だけ……」
「駄目だ」
ミネルはサラの右手を下げさせた。
「焦って魔力を使い切れば、感覚が鈍る。明日また来い」
サラは悔しそうだった。
それでも、素直に頷いた。
「分かりました」
家へ帰る途中、サラは自分の右手を見つめていた。
「治癒魔法を覚えたのに、《魔力放出》ができないなんて不思議です」
「別のスキルだからな」
「はい。でも、もう少し簡単だと思っていました」
「覚えにくいから、図鑑を埋める意味があるっピ!」
シロちゃんがサラの肩へ座る。
「できないことがあるから、練習して覚えたときに嬉しいんだっピ!」
「シロちゃんに励まされました」
「案内役だから当然だっピ!」
「でも、さっきまでミネルの部屋で寝ていましたよね?」
「応援するために体力を温存していたっピ!」
サラが小さく笑う。
先ほどまでの悔しそうな表情が、少し和らいだ。
翌日も、サラはミネルのもとへ通った。
その次の日も続けた。
治療室の手伝いもあるため、練習できるのは午前中だけだ。
一日に使う魔力量も決めている。
無理に使い切ることはしない。
三日目。
サラの手のひらから、糸ほど細い魔力が出た。
だが、すぐに治癒の光へ変わってしまった。
四日目。
性質を変えないまま、器まで届いた。
一度だけだった。
五日目。
十回のうち、三回成功した。
まだ安定しない。
六日目。
サラは魔力を出す量を、自分で調整できるようになった。
そして七日目。
俺とリオナも、中庭で練習を見守っていた。
サラが器へ右手をかざす。
呼吸を整える。
手のひらから、淡く白い魔力が流れ出した。
治癒魔法の緑色ではない。
何の性質も持たない、サラ自身の魔力だ。
魔力は細い糸となり、器の中へ流れ続ける。
一度止める。
再び放出する。
二度目も成功した。
三度目も、同じ量を保っている。
《魔力放出を習得しました》
《初級スキル図鑑へ登録済みのスキルです》
取得者:サラ
登録数:57/90
「覚えました」
サラが嬉しそうに振り返る。
「登録数は増えていないっピ!」
シロちゃんが飛んでくる。
「《魔力放出》はルナトがすでに登録しているっピ。でも、取得者へサラの名前が加わったっピ!」
「数字が増えなくても構いません」
サラは右手を握った。
「これで、ルナトと魔力を循環させられます」
「まだ一人で放出できるようになっただけだ」
ミネルが注意する。
「二人の魔力をつなぐには、互いの量を合わせる必要がある」
「はい。焦らず練習します」
「今日はもう魔力を使うな」
「分かりました」
サラは素直に手を下ろした。
その夜。
俺とサラは、居間で向かい合って座った。
リオナとシロちゃんは、少し離れた場所で見守っている。
俺たちは両手を伸ばした。
大きなボールを二人で挟むように、四つの手で同じ空間を包む。
俺の右手とサラの左手。
サラの右手と俺の左手。
「最初は少しだけ流す」
「はい」
俺は右手から魔力を放出した。
サラの左手へ向かって、細い魔力が流れる。
サラが受け止めた。
最初の半分は指の間から漏れた。
残った魔力が、サラの左腕へ入る。
肩を通り、胸へ届いた。
「来ました」
サラが目を閉じる。
「ルナトの魔力が、私の中へ入っています」
「気分は悪くないか?」
「大丈夫です。少し温かいです」
サラは受け取った魔力を、自分の魔力と一緒に右腕へ送った。
右手から放出する。
今度は、俺の左手へ魔力が流れてきた。
触れた瞬間、サラの魔力だと分かった。
俺より柔らかく、温かい。
左手で受け止め、身体へ戻す。
「受け取った」
「一周しましたか?」
「ああ」
だが、二周目の途中で流れが乱れた。
サラの右手から出る魔力が強くなり、俺の左手で受け止めきれない。
光が弾け、魔力が空中へ散った。
「すみません」
「最初から成功するわけないだろ」
「もう一度やってもいいですか?」
「少し休んでからだ」
サラは頷いた。
「私も混ざりたいな」
リオナが隣へ座る。
「でも、まだ魔力を感じられない」
「それなら、今日から一緒に練習しよう」
俺が答えると、リオナは自分の手を差し出した。
「何をすればいい?」
「最初は、胸の奥にある魔力を探すんだっピ!」
シロちゃんがリオナの胸元へ飛んでいく。
「胸の奥なら、ここだっピ!」
シロちゃんがリオナの豊かな胸の谷間へ入ろうとした。
リオナは片手で白い身体を捕まえる。
「案内役なら、言葉だけで説明しろ」
「実際に場所を教えたほうが分かりやすいっピ!」
「サラの胸から生まれたせいで、変な癖がついたんじゃないか?」
「胸は温かくて安心するっピ!」
シロちゃんはリオナの手の中でもがいている。
サラは笑いながら、リオナの向かいへ座った。
「私も最初は何も分かりませんでした」
「本当か?」
「はい。毎日少しずつ探しました」
サラはリオナの手を取る。
「焦らず、一緒に練習しましょう」
「そうだな」
リオナが目を閉じた。
俺とサラが再び魔力を循環させる。
まだ安定しない。
一周できても、二周目で漏れる。
三度目の挑戦で、二周目までつながった。
そのとき、俺たちの四つの手の間へ、蛍のような光が現れた。
光は以前より明るい。
大きさも、小指の先ほどになっていた。
「大きくなっています」
サラが声を弾ませる。
淡い光は、俺の右手からサラの左手へ流れる魔力に乗った。
サラの身体を通り、右手から出る。
今度は俺の左手へ。
魔力と一緒に、二人の間を巡っている。
一周するたび、光が強く明滅した。
「嬉しそうだっピ!」
シロちゃんが光を追いかける。
「捕まえるなよ」
「見ているだけだっピ!」
光は三周すると、二つに分かれたように揺れた。
しかし、すぐに一つへ戻る。
やがてサラの手のひらへ降り、静かに消えていった。
「今、二つに見えませんでしたか?」
「見えた」
「何かが生まれようとしているのかもしれないな」
リオナが呟いた。
「でも、まだずっと先だっピ」
シロちゃんは珍しく静かな声で答えた。
「二人の魔力は、まだ少ししか混ざっていないっピ。毎日繰り返せば、あの光も少しずつ変わっていくと思うっピ」
正体は、まだ分からない。
急いで答えを求める必要もない。
サラが《魔力放出》を覚えるまで、一週間かかった。
二人で魔力を一周させるだけでも、何度も失敗した。
それでいい。
できなかったことが、少しずつできるようになる。
その積み重ねも、俺たちが望んだ暮らしの一部だった。




