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第40話 リオナとの一日



露店を出した翌朝。


俺たちは少し遅めの朝食を取っていた。


今日は冒険者の依頼を受けない。保存食の準備と露店で忙しかったため、一日休むことにしたのだ。


食後、サラは帳面を開いた。


「次は五十袋ほど作れそうです」


「材料は足りるのか?」


「塩と香草が足りません。あとで買いに行きます」


「俺も行くよ」


俺が答えると、向かいに座っていたリオナが服の裾をつかんだ。


「ルナト」


「どうした?」


リオナは言いにくそうに視線をそらした。


頭の獣耳も落ち着かずに動いている。


「今日は、休みなんだよな?」


「ああ」


「それなら……私と出かけないか?」


「二人で?」


リオナの尻尾が大きく膨らんだ。


「何度も言わせるな。私だって恥ずかしいんだぞ」


「デートだっピ!」


シロちゃんが食卓の上で飛び跳ねた。


「シロちゃんも行くっピ!」


「お前は留守番だ」


「どうしてだっピ!?」


「二人で出かけたいから誘ったんだ」


リオナが答える。


シロちゃんは白い耳を垂らした。


「説明が必要になっても知らないっピ……」


「デートに説明担当はいらないだろ」


俺はサラを見た。


サラは少し寂しそうに笑ったあと、帳面を閉じた。


「行ってきてください」


「いいのか?」


「はい。リオナとも、ゆっくり話してください」


サラはリオナへ顔を向けた。


「ただし、夕食までには帰ってきてくださいね」


「分かった。ありがとう、サラ」


「それから……」


サラの視線が、リオナの胸元へ下がった。


「ルナトが胸ばかり見ていたら、あとで教えてください」


「任せろ」


「見ないとは言わないんだな」


俺が呟くと、リオナが楽しそうに笑った。


出かける準備を終えたリオナは、いつもと少し違っていた。


白いシャツに、膝まである赤いスカート。


短い赤褐色の髪も丁寧に整えられている。


ただし、背中には弓を背負い、腰には短剣があった。


「休みの日も弓を持つのか?」


「持っていないと落ち着かないんだ」


「重くないか?」


「慣れている」


リオナは少しだけ胸を張った。


「それより、何か言うことはないのか?」


「いつもと雰囲気が違うな」


「それだけか?」


「似合ってるよ」


リオナの獣耳が、ぴんと立った。


「そういうことを簡単に言うな」


「駄目だったか?」


「駄目ではない。少し困るだけだ」


リオナは俺より半歩先を歩き始めた。


横顔は見えない。


それでも、赤褐色の尻尾が嬉しそうに揺れていた。


最初に向かったのは、武器屋が集まる通りだった。


デートで武器を見るのはどうかと思う。


だが、リオナが行きたいと言った場所だ。


「これ、サラに合うと思わないか?」


リオナが細身の短剣を手に取った。


刃渡りは短く、装飾も少ない。


「今の短剣より軽そうだな」


「サラには、このくらいがいい」


リオナは短剣を軽く振った。


「隠密行動の邪魔にもならない」


「今日はリオナとのデートだぞ」


「分かっている」


「それなのに、サラの武器を選ぶのか?」


「本人がいないから選べるんだろ?」


リオナは首を傾げた。


「贈り物にするなら、秘密のほうがいい」


「確かにそうだな」


短剣を購入しようとしたが、店員に止められた。


持ち手の太さや重心が合わなければ、使いにくいらしい。


結局、本人を連れてきて選ぶことにした。


「リオナは新しい弓が欲しくないのか?」


「欲しいぞ」


「いくらくらいだ?」


「私に合わせて作れば、二十万G以上だな」


「高いな……」


「だから、今すぐ買おうとするな」


リオナが俺の背中を叩いた。


「私も働いている。自分の武器くらい自分で買える」


「いつか贈ってもいいか?」


「本当に贈りたいと思ったらな」


リオナは照れたように顔をそらした。


俺たちは代わりに、投げナイフ用の的を購入した。


値段は三千G。


家の庭へ置けば、三人で使える。


昼前になると、屋台が並ぶ通りへ移動した。


肉や魚、揚げた芋の匂いが漂っている。


リオナが肉串の屋台の前で足を止めた。


「食べたいのか?」


「別に」


そう答えたものの、金色の瞳は肉を追っている。


尻尾まで期待するように揺れていた。


「二本ください」


「私はいらないぞ」


「俺が二本食べる」


「そうか。それなら仕方ないな」


肉串を受け取ると、リオナが当然のように手を差し出した。


「いらないんじゃなかったのか?」


「食べすぎは身体によくない」


「俺のために食べてくれるのか?」


「ああ。感謝しろ」


俺は笑いながら一本を渡した。


リオナは大きな口で肉へかじりつく。


「うまい!」


頭の獣耳が勢いよく立った。


「やっぱり食べたかったんだろ」


「少しくらい格好をつけたかったんだ」


「どうして?」


「デートで肉ばかり食べる女は、色気がないだろ」


「リオナらしくていいと思うぞ」


「また簡単にそういうことを言う」


「本当に思ってる」


リオナは俺の顔を見た。


少し迷ったあと、肉串の最後の一切れを差し出してくる。


「食べるか?」


「リオナが食べていいぞ」


「私の食べかけは嫌か?」


「そういう意味じゃない」


「なら食べろ」


俺は差し出された肉へかじりついた。


リオナが使った串だと意識すると、少し恥ずかしい。


「顔が赤いぞ」


「急に食べさせるからだ」


「私の胸は平気で見るのにな」


「今日はまだ見てない」


「三回は見たぞ」


「数えてたのか?」


「獣人は視線に敏感なんだ」


リオナは得意そうに笑った。


昼食のあとは、南門から町の外へ出た。


向かったのは、以前三人で休んだ小さな川だ。


町から歩いて一時間ほど。


魔物もほとんど現れないため、休日には町の人も訪れる。


川辺へ着くと、リオナは弓と靴を草の上へ置いた。


赤いスカートの裾を膝上まで持ち上げ、川へ入る。


白く健康的な太腿が朝日を浴びた。


「冷たくないか?」


「ちょうどいいぞ」


リオナが振り返る。


「ルナトも来い」


「俺はここで見てる」


「私の脚をか?」


「川をだ」


「そうか」


リオナが尻尾を振った。


次の瞬間、水しぶきが俺の顔へ飛んできた。


「冷たい!」


「川を近くで見せてやったぞ」


「やったな」


俺も靴を脱いで川へ入る。


すくった水を投げ返したが、リオナは簡単に避けた。


「遅いぞ!」


「逃げるな!」


「逃げるのも技術だ!」


俺たちは子供のように水をかけ合った。


気づけば、二人ともシャツまで濡れている。


リオナの白いシャツが肌へ張りついていた。


赤い下着の形まで、うっすらと透けている。


思わず視線が止まった。


リオナも自分の胸元を見下ろす。


「これは少し見えすぎだな」


「上着を貸す」


俺は荷物の中から、濡れていない上着を取り出した。


それをリオナの肩へかける。


「見ないのか?」


「もう見えた」


「正直だな」


「嫌だったか?」


リオナは上着の前を閉じた。


「ルナトになら、そこまで嫌ではない」


「そうか」


「でも、ほかの男には見られたくない」


「俺も嫌だな」


その言葉が自然に出た。


リオナの獣耳が動く。


「どういう意味だ?」


「分からない」


俺は正直に答えた。


「でも、嫌だと思った」


「そうか」


リオナは小さく笑った。


服が乾くまで、俺たちは草の上へ並んで座った。


目の前を川が流れている。


しばらくは水の音だけを聞いていた。


「サラとのデートでは、何を話したんだ?」


リオナが尋ねた。


「好きな食べ物や花の話だ」


「今日は私について知る日か?」


「ああ。そのつもりだ」


「何か分かったか?」


「肉が好きだ」


「それは前から知っていただろ」


「肉を食べると、耳と尻尾が動く」


「見るところは胸だけではないんだな」


「俺を何だと思ってるんだ」


リオナが笑った。


だが、その笑顔はすぐに消えた。


「私は、サラが羨ましい」


「俺と結婚しているからか?」


「それもある」


リオナは川へ視線を落とした。


「でも、一番羨ましいのは居場所だ」


「居場所?」


「ああ」


リオナは膝を抱えた。


「私は何度も仲間を失った。獣人だからと、囮にされそうになったこともある」


尻尾が草の上へ横たわる。


「だから、いつでも一人で出ていけるようにしてきたんだ」


「今も出ていくつもりなのか?」


「分からない」


「出ていかなくていい」


「簡単に言うな」


リオナの声が少し震えた。


「家へ帰ればサラがいる。ルナトもいる。今は、それがなくなるのが怖いんだ」


「なくならない」


俺はすぐに答えた。


リオナが俺を見る。


「俺はリオナを、強いから家に置いているわけじゃない」


「そうなのか?」


「ああ」


「図鑑を埋めるためでもない?」


「違う」


俺は首を振った。


「帰ってこなければ心配する。いなくなれば寂しい」


「家族として?」


「ああ。もう家族だと思ってる」


「女としては?」


言葉に詰まった。


リオナは冗談を言っていない。


金色の瞳が、俺を真っすぐ見つめていた。


「気になってる」


俺は正直に答えた。


「でも、まだ分からない」


「サラと同じくらい好きか、分からないのか?」


「ああ」


「それでいい」


リオナは安心したように息を吐いた。


「今日だけで好きだと言われたら、怒っていた」


「危なかったな」


「私は面倒な女だぞ」


「自分で言うのか?」


「嫉妬もする。寂しければ拗ねる」


「覚えておく」


「それから肉が好きだ」


「それは知ってる」


「雷は少し苦手だ」


「意外だな」


「耳がいいから、大きく聞こえるんだ」


リオナは少し恥ずかしそうに笑った。


「次に雷が鳴ったら、隣にいてくれ」


「ああ」


「あと、胸を見られるのは嫌いではない」


「それも覚えておく」


「ただし、ルナトだけだ」


リオナの顔が近づいた。


赤褐色の髪から、陽だまりに似た匂いがする。


頬へ柔らかなものが触れた。


ほんの一瞬だった。


リオナは俺の頬へ口づけると、すぐに離れた。


「今日は、ここまでだ」


「先に進んだら怒るか?」


「怒らない」


リオナの顔が赤くなる。


「でも、サラに悪い」


「サラが許したら?」


「そういうことは、今すぐ聞くな!」


リオナは照れ隠しのように、俺の肩を軽く叩いた。


そのあと、俺の肩へ頭を預ける。


「もう少しだけ、このままでいよう」


「ああ」


俺たちは川の音を聞きながら、しばらく寄り添っていた。


夕方。


家へ帰ると、サラとシロちゃんが玄関まで迎えに来た。


「おかえりなさい」


「ただいま」


リオナが答える。


サラは俺とリオナを交互に見た。


「楽しかったですか?」


「ああ。楽しかった」


リオナは少し照れている。


「武器を見て、肉を食べた。川で水もかけ合った」


「それだけですか?」


「……頬に口づけた」


リオナが俺の頬を指した。


サラの視線が、そこへ向かう。


「そうですか」


「怒ったか?」


「少しだけ、羨ましいです」


サラは俺へ近づいた。


そして、反対側の頬へ口づける。


「これで同じです」


「サラは時々、大胆だな」


リオナが目を丸くした。


「妻ですから」


サラは恥ずかしそうに笑った。


二人に挟まれ、俺は何を言えばいいのか分からない。


そこへシロちゃんが飛んできた。


「ここでシロちゃんから説明だっピ!」


「何を説明するんだ?」


「右の頬にリオナ、左の頬にサラから口づけされたルナトは、現在とても幸せな状態だっピ!」


「それは説明されなくても分かる」


「それより、お土産はどこだっピ?」


「サラと買い物へ行ったんじゃないのか?」


「甘いパンは食べたっピ!」


「なら、お土産はいらないだろ」


「デートへ行った二人からも欲しいっピ!」


「何も買ってないぞ」


「シロちゃんへの扱いが悪いっピ!」


シロちゃんが俺の髪を引っ張る。


その隣で、サラとリオナが笑っていた。


リオナとの関係には、まだ名前をつけられない。


恋人でも、妻でもない。


それでも今日一日で、昨日より少しだけ近づけた。


急いで答えを出す必要はない。


こうして同じ家へ帰りながら、ゆっくり気持ちを育てていけばいい。


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