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第4話 鉱山の外へ



 警報の鐘が、鉱山中へ鳴り響いていた。


「奴隷が逃げた!」


「武器庫を確認しろ!」


「正面入口を閉めろ!」


 怒鳴り声と、いくつもの足音が重なる。


 俺とサラは、南側の排水路へ向かって暗い坑道を走っていた。


 サラが先頭だ。


 《斥候》になった彼女は、明かりの少ない坑道でも迷わず進んでいく。


 俺は少し遅れて、その背中を追った。


 左腕には丸盾。


 腰には、武器庫から盗んだ片手剣。


 肩から下げた袋の中には、保存食や火打ち石が入っている。


 走るたび、荷物が身体へぶつかった。


 必要なものだけに絞ったつもりだったが、軽くはない。


「サラ、排水路までは!」


「もう少し!」


 後ろから灯りが近づいてくる。


「いたぞ!」


 見つかった。


 俺は振り返った。


 監視役が二人、灯りを掲げて追いかけてくる。


 距離はまだある。


「止まれ! 止まらなければ殺すぞ!」


 止まるわけがない。


 捕まれば、殺されるよりひどい目に遭うかもしれない。


 武器庫から剣や地図まで盗み出したのだ。もう、以前と同じ仕事へ戻されるだけでは済まない。


「ルナト、こっち!」


 サラが細い横道へ曲がる。


 俺も続いた。


 坑道が急に狭くなった。


 両側から岩壁が迫り、二人並んで走ることもできない。


 足元には水が流れている。


 排水路が近い。


 背後で監視役が足を滑らせ、悪態をつく声がした。


 少しだけ距離が開く。


 だが、完全には振り切れない。


 曲がり角の先に、鉄格子が見えた。


 人一人が、身をかがめれば通れる程度の穴を塞いでいる。


 格子の向こうから、冷たい風が吹き込んでいた。


「外につながってる」


 サラが鉄格子へ駆け寄った。


 俺も隣へしゃがみ込む。


 鉄格子の端には、錆びた錠前がついていた。


 鍵穴へ細い金具を差し込む。


 武器庫の鍵より古い。


 錆びついているため、内部がほとんど動かなかった。


「ルナト、急いで! もう追いつかれる!」


 すぐ後ろで、サラの切迫した声が響く。


「分かってる!」


 俺は焦る気持ちを抑え、指先へ意識を集中させた。


 力を込めすぎれば、金具が折れる。


 だが、ゆっくり調べている時間もない。


 錠前を少し持ち上げ、金具を奥まで差し込む。


 一つ目。


 二つ目。


 内部の部品を押し上げる。


 最後の一つが動かない。


「そこを動くな!」


 監視役の怒声が響いた。


 曲がり角の向こうから、灯りが近づいてくる。


 俺は金具を抜き、別の角度から差し込んだ。


 頼む。


 動け。


 小さな手応えがあった。


 金具を回す。


 錠前が音を立てて外れた。


「開いた!」


 鉄格子を引く。


 長い間使われていなかったため、下の部分が岩へ引っかかっている。


 動かない。


 俺は片手剣を抜き、鞘をサラへ押しつけた。


「荷物を先に通せ!」


「ルナトは?」


「格子を開ける!」


 サラが鞄と袋を隙間から外へ押し出す。


 俺は盾を背中へ回し、両手で鉄格子をつかんだ。


 足を踏ん張る。


 錆びた鉄がきしんだ。


「動け……!」


 腕へ力を込める。


 鉱山で何年も鉱石を運び続けてきた。


 そのために得た《腕力強化》がある。


 格子の下にたまっていた小石が崩れ、わずかな隙間ができた。


 さらに引く。


 鉄格子が大きな音を立てて開いた。


「サラ、先に行け!」


 サラが狭い排水路へ身体を入れる。


 両手と膝を使い、外へ向かって進む。


 俺も続こうとした。


「逃がすか!」


 背後から声が響く。


 振り返ると、監視役が一人、すぐ近くまで来ていた。


 手には木製の棍棒を持っている。


「武器を捨てて戻れ!」


 俺は片手剣を握った。


 初めて持つ、本物の剣。


 資材置き場で使っていた折れた剣とは、重さも長さも違う。


「戻らない」


「無職の奴隷が、剣を持ったくらいで何ができる!」


 監視役が棍棒を振り上げた。


 狭い通路だ。


 横へ大きく避けられない。


 俺は盾を前へ出した。


 棍棒が丸盾へ叩きつけられる。


「ぐっ!」


 重い。


 木板を使ったサラとの練習とは、まるで違った。


 衝撃が左腕を通り、肩まで響く。


 後ろへ押され、足が水の中で滑った。


 倒れそうになる。


 それでも、踏みとどまった。


「サラ! そのまま行け!」


「でも!」


「俺もすぐ行く!」


 監視役が二度目の棍棒を振る。


 今度は、正面から受けない。


 盾へ少し角度をつける。


 棍棒が表面を滑り、岩壁へぶつかった。


 監視役の身体が前へ流れる。


 今だ。


 俺は剣を振った。


 人を斬ることへの恐怖で、一瞬だけ腕が止まりかける。


 だが、ここで負ければサラまで捕まる。


 刃が監視役の右腕を浅く切った。


「ぎゃっ!」


 監視役が棍棒を落とす。


 血を見た瞬間、胃の奥が縮んだ。


 それでも剣を手放さない。


 殺してはいない。


 腕を押さえ、苦痛に顔を歪めているだけだ。


> 《受け流しを習得しました》

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>

> 登録数:10/90


 表示を読んでいる余裕はない。


 曲がり角から、もう一人の監視役が現れた。


「貴様!」


 俺は開けた鉄格子の内側へ飛び込んだ。


 格子を引き戻す。


 完全には閉じなかったが、人一人が通れる隙間は消えた。


 外した錠前をもう一度かける時間はない。


 代わりに、先ほど落ちた棍棒を格子の隙間へ差し込んだ。


 簡単なつっかえになる。


「待て!」


 監視役が格子を引く。


 棍棒が岩へ引っかかり、すぐには開かない。


 俺は盾を外して身体の前へ抱え、狭い排水路を進んだ。


 膝が水につかる。


 背中が天井へ擦れた。


 俺の身体では、サラより進みにくい。


「ルナト!」


 前からサラの声が聞こえる。


「無事だ! 進め!」


 後ろでは監視役が鉄格子を動かそうとしている。


 つっかえにした棍棒が外れれば、すぐ追ってくる。


 俺は剣を鞘へ戻す余裕もなく、片手に持ったまま進んだ。


 盾が岩へ引っかかる。


 一度後ろへ戻し、角度を変える。


 少しずつ前へ進む。


 息が苦しい。


 狭い場所に身体を押し込められていると、鉱山で崩落に巻き込まれた日のことを思い出す。


 土と岩に埋まり、呼吸ができなくなった。


 助け出されたあとも、何日も暗い場所へ入れなかった。


 だが、ここで止まるわけにはいかない。


 前から冷たい空気が流れてくる。


 土や岩の臭いとは違う。


 草と水の臭い。


 外は近い。


「出口が見えた!」


 サラの声が響いた。


 排水路の先に、かすかな月明かりが見える。


 サラが先に外へ出た。


 続いて俺も、排水路から身体を引きずり出す。


 濡れた草の上へ転がった。


 頭上には、雲に隠れかけた月がある。


 何にも遮られていない夜空。


 その広さに、息を忘れた。


「ルナト、立って!」


 サラが俺の腕を引く。


 見上げている場合ではない。


 排水路の中から、鉄格子が開く音が聞こえた。


 俺は立ち上がり、周囲を確認した。


 排水路の出口は、鉱山の裏側にある斜面へつながっていた。


 正面の監視所は見えない。


 遠くで警報の鐘が鳴っている。


「南は?」


 俺が尋ねると、サラが武器庫から盗んだコンパスを取り出した。


 月明かりだけでは、方角が分かりにくい。


 サラは針の動きを確かめ、森の一方向を指さした。


「あっち」


「行こう」


 荷物を拾い、森へ入る。


 道はない。


 木々の間には背の高い草が生え、足元もでこぼこしている。


 サラが先へ進み、俺は後ろを警戒した。


 警報の音が少しずつ遠ざかる。


 森の中は暗かった。


 鉱山の坑道よりも、ずっと多くの音がする。


 虫の声。


 風に揺れる葉。


 どこかで水が流れる音。


 自分たち以外の足音が混ざっていても、すぐには分からない。


 サラが突然立ち止まった。


 俺も盾を構える。


「追手か?」


「違う。前に何かいる」


 木々の隙間から、低い唸り声が聞こえた。


 暗闇の中で、小さな光が二つ浮かんでいる。


 目だ。


 犬に似た獣が、こちらを見ていた。


 普通の犬より身体が大きい。


 口元から長い牙が伸びている。


 魔物。


 鉱山の外に出れば、遭遇する可能性は分かっていた。


 だが、逃げ出してすぐに現れるとは思わなかった。


 魔物が一歩、こちらへ近づく。


 俺は剣を抜いた。


「サラ、下がれ」


 声が震えそうになる。


 監視役とは違う。


 こちらを殺すことに、ためらいを持たない相手だ。


 それでも逃げれば、後ろから襲われるかもしれない。


 鉱山の追手も迫っている。


「ルナト、一頭だけじゃない」


 サラの声が聞こえた。


 左右の暗闇に、新しい目が浮かび上がる。


 一頭。


 二頭。


 三頭。


 俺たちは外へ出た。


 確かに、鉱山からは逃げられた。


 だが、まだ自由を手に入れたわけではなかった。


     ◇


 三頭の魔物が、同時に動いた。


 正面の一頭が低く身体を沈める。


「来る!」


 サラの声と同時に、魔物が地面を蹴った。


 俺は盾を構えた。


 逃げない。


 ここで俺が崩れれば、サラが襲われる。


 飛びかかってきた魔物を、盾で正面から受け止める。


 衝撃で腕がしびれた。


 爪が盾の表面を引っかく。


 俺は身体をひねり、魔物を横へ落とした。


 二頭目が左から迫る。


「ルナト、左!」


 サラが先に気づいてくれた。


 剣を横へ振る。


 刃が魔物の鼻先をかすめ、相手が飛び退いた。


 三頭目は動かない。


 少し離れた場所から、俺の動きを観察している。


 正面の一頭が、再び起き上がった。


 魔物を倒した経験などない。


 どこを斬ればよいのかも分からない。


 剣を持っているだけで、戦い方まで教えてもらえるわけではなかった。


 それでも、資材置き場で繰り返した動きは覚えている。


 足を前後に開く。


 腰を落とす。


 剣だけを振り回さない。


 正面の一頭が噛みついてくる。


 俺は盾を差し出し、牙を受け止めた。


 魔物の口が、盾の縁へ食いつく。


「今だ!」


 剣を振り下ろす。


 刃が魔物の首へ入った。


 浅い。


 魔物が盾を離し、悲鳴を上げて後ろへ跳ぶ。


 血が草の上へ落ちた。


 足りない。


 もう一度だ。


 傷ついた魔物が、逃げずに向かってくる。


 俺は盾で頭を横へ逸らし、身体の側面へ剣を突き出した。


 今度は深く入った。


 魔物の身体が崩れ、地面へ倒れる。


 剣を引き抜く。


 倒れた魔物は少しだけ脚を動かし、やがて動かなくなった。


 初めて、魔物を倒した。


 喜んでいる余裕はなかった。


 残りの二頭が、低く唸っている。


 一頭を倒したことで、警戒しているようだ。


 俺も無傷ではない。


 盾を持つ左腕が痛む。


 呼吸も乱れていた。


 それでも、剣を構え直す。


 魔物たちはしばらく俺を見ていたが、やがて一頭が後ろへ下がった。


 もう一頭も続く。


 森の暗闇へ入り、そのまま姿を消した。


「追わなくていい」


 サラが言った。


「分かってる」


 俺は剣を下ろした。


 追いかける力など残っていない。


 サラが駆け寄り、俺の左腕を確かめる。


「怪我は?」


「腕が少し痛むだけだ。噛まれてはいない」


「本当に?」


「ああ」


 サラはそれでも心配そうに袖をまくり、腕を調べた。


 盾越しに受けた衝撃で赤くなっているが、骨に異常はなさそうだ。


「剣士みたいだった」


 サラが小さく言った。


「見習いだ」


「それでも、私を守ってくれた」


「二人で逃げると約束したからな」


 俺は倒した魔物を見た。


 死体は消えず、そのまま残っている。


 牙や毛皮は売れるかもしれない。


 肉も食べられる可能性がある。


 だが、今は解体する道具も時間もない。


 鉱山の鐘はまだ聞こえている。


「行こう」


 俺たちは魔物の死体を残し、再び南へ進んだ。


     ◇


 どれほど歩いたのか分からない。


 夜が少しずつ薄くなっていく。


 木々の向こうから、朝の光が差し始めた。


 俺たちは小さな川へたどり着いた。


 サラが周囲の気配を確認する。


「追手はいないと思う」


「少し休もう」


 川のそばへ座り込む。


 足が重い。


 左腕も痛む。


 それでも、立ち止まったからといって誰かに怒鳴られることはなかった。


 サラが水筒へ川の水を入れる。


 念のため、小さな鍋で沸かしてから飲むことにした。


 火打ち石を取り出し、乾いた枝を集める。


 何度か火花を散らすと、小さな火がついた。


> 《火起こしを習得しました》

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>

> 登録数:11/90


「また増えた」


「何を覚えたの?」


「《火起こし》」


 俺が答えると、サラが微笑んだ。


「自由になって最初に覚えたのが、火を起こすスキルなんだね」


「まだ自由になったと決まったわけじゃない」


「鉱山の外にいるよ」


「追手が諦めたとは限らない」


「それでも」


 サラは昇り始めた朝日を見た。


「今日は、誰にも起こされなかった」


 俺も空を見上げる。


 鉱山では、朝も夜も分からなかった。


 監視役の鐘が鳴れば起き、命じられるままツルハシを振った。


 だが今、俺たちは自分の意思で火を起こし、休む場所を選んでいる。


 自由とは、もっと大きなものだと思っていた。


 誰にも支配されず、好きな場所で暮らすこと。


 好きな仕事を選ぶこと。


 自分たちの家を持つこと。


 そこまでは、まだ遠い。


 それでも自由は、もう始まっているのかもしれない。


「地図を見よう」


 サラが鞄から地図を取り出した。


 俺たちは川の位置と、コンパスの方角を照らし合わせる。


 鉱山の南を流れる川は、途中で街道と交わっている。


 その街道を東へ進めば、小さな町がある。


「今日中には着かないね」


「二日ほどかかりそうだ」


「食料は足りる?」


「節約すれば大丈夫だ」


 問題は町へ入る方法だ。


 俺もサラも身分証を持っていない。


 だが、鉱山の近くに留まるよりはいい。


 まずは町へ向かう。


 そこで身分を得る方法を探す。


 仕事を見つけ、Gを稼ぐ。


 その先のことは、それから考えればいい。


 俺は水晶の欠片を握った。


> 名前:ルナト

> 年齢:19歳

> 種族:人間

> 職業:《見習い剣士》

> 状態:疲労

>

> 主なスキル:

> 《剣術》《盾術》《防御姿勢》

> 《隠密》《鍵開け》《逃走》


 表示されるスキルは、まだ少ない。


 初級図鑑も、十一種類しか埋まっていない。


 それでも、この力があれば、俺たちは変われる。


「少し休んだら出発しよう」


「うん」


 火の上で、鍋の水が小さく音を立て始める。


 サラが硬いパンを二つに割り、大きいほうを俺へ差し出した。


「サラ」


「なに?」


「大きさが違う」


「戦った人のほうが、お腹が空くでしょう?」


「半分ずつだ」


 俺は二つのパンを重ね、もう一度割り直した。


 今度こそ、同じくらいの大きさになる。


 サラは少し不満そうだったが、最後には笑って受け取った。


 誰にも命令されない、初めての朝。


 俺たちは小さな火を挟み、二人で硬いパンを食べた。


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