第33話 Eランクと、新しい職業
三人で出かけた日から、三日が経った。
暴走した馬車からリオナを助けた際に負った背中の擦り傷は、すでに塞がり始めている。
右肩にはまだ軽い痛みが残っていた。
それでも、腕を動かすことに問題はない。
「本当に痛くありませんか?」
朝食を終えたあと、サラが俺の右肩へ触れる。
「少しだけだ」
「少しでも痛いなら、今日は討伐依頼を受けてはいけません」
「分かってる。町の中でできる仕事を探す」
「荷運びも駄目ですよ」
「では、何ならいいんだ?」
「書類の整理や、店番でしょうか」
「ルナトに店番できるかな?」
リオナが首を傾げる。
「どういう意味だ?」
「お客さんが来ても、黙ったまま見つめそう」
「必要なことは話す」
「笑顔は?」
「必要なのか?」
「接客には必要だと思うよ」
「図鑑にも《接客》があったな」
汎用系の未登録スキルだ。
ただ店に立っていれば習得できるものではない。客の希望を聞き、商品を説明し、気持ちよく帰ってもらう必要があるのだろう。
「今日はギルドへ行ってから決めよう」
俺が立ち上がると、サラが上着を持ってきた。
「腕を通してください」
「一人で着られる」
「肩が痛むでしょう?」
反論する前に、サラが俺の背後へ回った。
上着の右袖へ腕を通し、次に左腕を入れる。
最後に襟元を整えてくれた。
「これで大丈夫です」
「ありがとう」
「妻ですから」
サラが満足そうに微笑む。
「サラ、ルナトの世話をするの好きだね」
「怪我をしているときだけです」
「怪我が治ってからも服を着せてあげたら?」
「それは……ルナトが望むなら」
「自分で着る」
「返事が早いね」
三人で家を出る。
畑の芽は、また少し大きくなっていた。
リオナは毎朝、顔を洗う前に畑へ向かおうとするため、サラに止められている。
今日も家を出る前に、三度目の確認をしていた。
「帰ってくるまでに、大きくなるかな」
「数時間では、ほとんど変わりませんよ」
「でも、見ない間に変わるかもしれないでしょ?」
「夕方に一緒に確認しましょう」
「約束だよ」
「はい」
町の中心部へ向かい、冒険者ギルドへ入る。
朝のギルドは、依頼を探す冒険者たちで混雑していた。
掲示板の前へ向かおうとすると、受付から声をかけられる。
「ルナトさん、サラさん。お二人にお話があります」
「何か問題があったのか?」
「いいえ。こちらへどうぞ」
受付の前へ移動する。
職員は奥から二枚の書類を取り出した。
「先日、お二人の昇格審査が完了しました」
「昇格?」
「はい。本日付で、ルナトさんとサラさんをFランクからEランクへ昇格させます」
職員の言葉を聞き、サラと顔を見合わせた。
「俺たちが、Eランクに?」
「おめでとう!」
リオナが先に喜びの声を上げる。
受付職員も笑顔で頷いた。
「これまでの依頼達成数、救助活動、護衛実績、廃採掘場の調査への貢献が評価されました」
「戦闘試験はしなくていいのか?」
「通常であれば、訓練場で簡単な確認を行います。しかし、お二人はすでに複数の討伐依頼を達成しています」
灰牙狼。
ゴブリン。
巨大岩喰い鼠。
最近では角兎も討伐した。
「特に、行方不明になった薬草採取者二名の救助と、廃採掘場からの生還は十分な実績です。改めて試験をする必要はないと判断されました」
「そうですか……」
サラはまだ実感がないようだ。
「Eランクになると、何が変わる?」
「受けられる依頼の範囲が広がります。近隣の村までの護衛や、町から一日ほどの地域で行う採取、危険度の低い魔物の群れの討伐などです」
「報酬も上がる?」
リオナが尋ねる。
「危険度が上がる分、Fランク依頼より高くなります。ただし、無理にEランク依頼を選ぶ必要はありません」
Eランクになっても、Fランクの依頼は受けられる。
今のように生活費を稼ぎたいときは、危険の少ない仕事を選べばいい。
「それから、ギルドの訓練場を通常料金の半額で利用できます」
「訓練場があるのか?」
「建物の裏にあります。Fランク冒険者は無料の講習時のみ利用できますが、Eランク以上であれば、空いている時間に借りられます」
新しい剣の扱いを練習するにはちょうどいい。
家の庭で振ると、畑や家へ当てる危険がある。
「カードを更新しますので、お預かりします」
俺とサラは冒険者カードを渡した。
職員が専用の魔道具へ載せ、操作する。
カードの隅に記されていたFの文字が、淡い光とともにEへ変わった。
「改めて、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
サラが丁寧に頭を下げる。
俺も職員へ礼を言い、新しいカードを受け取った。
「やっとEランクだね」
リオナが俺たちのカードを覗き込む。
「でも、まだあたしには追いついてないよ」
「リオナはDランクだったな」
「そう。次はDランクを目指してね」
「簡単に上がれるのか?」
「EからDは、FからEより大変だよ。護衛や討伐の実績だけじゃなくて、緊急時の判断も見られるから」
「では、リオナさんに教えてもらうことは、まだたくさんありますね」
サラが言う。
「任せて。先輩だからね」
リオナは誇らしげに胸を張った。
革鎧の下で、豊かな膨らみも一緒に持ち上がる。
俺の視線に気づいたサラが、そっと俺の脇腹をつねった。
「痛っ」
「肩が痛むのでしたね。今日は帰りましょう」
「今のは肩じゃない」
「そうですか」
なぜつねられたのかは聞かないほうがよさそうだ。
昇格したばかりだが、今日は依頼を受けずに帰ることにした。
受付から昇格時の説明書をもらったため、まず内容を確認する必要もある。
家へ戻り、居間の机へ二枚の冒険者カードを並べた。
「本当にEになっています」
サラがカードの文字を指でなぞる。
「最初に冒険者登録をした頃は、依頼を一つ達成できるかも分からなかったな」
「町へ入るために、身分証が必要だったのですよね」
「ああ」
冒険者になること自体が、当時は生き延びるための手段だった。
今は家があり、仲間がいる。
冒険者としても、一つ上の段階へ進めた。
「そういえば、昇格したら職業も増えるのかな?」
リオナが尋ねる。
「職業?」
「ルナト、前に鉱夫から剣士みたいな動きへ変わったことがあったでしょ?」
廃採掘場でのことだ。
「気づいていたのか?」
「最初は岩を見る目が急に変わった。それから巨大鼠と戦う前に、今度は剣の構えが変わった」
カレンだけでなく、リオナも気づいていたらしい。
「それに、サラは時々、ルナトの腰袋を気にしてる」
リオナの金色の瞳が、俺の腰袋へ向く。
「二人だけの秘密があるんでしょ?」
俺とサラは顔を見合わせた。
リオナには、鉱山から逃げてきたことも、《スキル図鑑》のことも話している。
だが、水晶の欠片については、まだ説明していなかった。
「ごめんなさい」
サラが先に頭を下げる。
「リオナさんを信用していないわけではありません」
「分かってるよ。すごく大事な秘密なんでしょ?」
「ああ」
俺は腰袋へ手を入れる。
水晶の欠片を取り出し、机の上へ置いた。
親指ほどの大きさしかない。
それでも淡い光を受け、内部にはいくつもの色が浮かんでいる。
「綺麗……」
リオナが顔を近づける。
「これが、あの鉱山で見つけた水晶の欠片だ」
世界に数個しか存在しないかもしれない、スキルを与える水晶。
大部分は俺の中へ吸収され、《スキル図鑑》となった。
残った欠片を握れば、自分のステータスと転職可能な職業を確認できる。
誰でも使える可能性があること。
職業を変更するときには、必ず欠片を握る必要があること。
すべてをリオナへ説明した。
「そんなものを、ずっと腰袋に入れてたの?」
「ああ」
「落としたらどうするの?」
「気をつけている」
「気をつけるだけ?」
リオナの獣耳が立つ。
「世界に数個しかないかもしれないんでしょ? もっと丈夫な袋に入れないと駄目だよ!」
「怒るところは、そこなのか?」
「当たり前でしょ!」
リオナは俺の腰袋を確認し、縫い目を引っ張る。
「古くなってる。今度、サラに内側へもう一枚革を縫ってもらおう」
「私も、そのほうがいいと思います」
サラまで同意する。
「秘密にしていたことは、怒っていないのか?」
俺が尋ねると、リオナは少しだけ目を伏せた。
「寂しくなかったと言えば、嘘になるよ」
「ごめん」
「でも、あたしと出会う前から持ってた秘密だし、簡単に話せないのも分かる」
再び水晶の欠片へ目を向ける。
「今、話してくれたから、それでいい」
「ありがとう」
「ただし、次から命に関わる秘密は早めに教えてね。知らないまま守るのは難しいから」
「ああ。約束する」
水晶の欠片を、リオナの前へ差し出した。
「握ってみるか?」
「あたしが?」
「自分の職業を確認できる」
「壊したりしない?」
「強く握り潰さなければ大丈夫だ」
「それ、あたしならできそうで怖いんだけど」
リオナは両手で受け取ると、壊れ物を扱うように指先でそっと握った。
「何か見えるか?」
「待って……出た」
リオナの金色の瞳が、何もない空間を追う。
「名前、年齢、職業……本当にあたしのことが書いてある」
「職業は?」
「《狩人》」
予想どおりだった。
「転職できる職業も見えるよ」
「何がある?」
「《弓士》《斥候》《解体師》……それから《野外探索者》」
リオナはすでに多くの経験と技能を持っている。
複数の職業候補が出るのも自然だ。
「どれかに変えるか?」
「今は《狩人》のままでいい」
リオナが欠片を机へ戻す。
「弓だけじゃなく、追跡や解体もするから。今のあたしには《狩人》が一番合ってると思う」
「必要になれば、いつでも変更できます」
サラが言う。
「うん。でも、職業を変えるときは二人にも相談する」
「どうして?」
「三人で戦ってるから。急に役割が変わったら困るでしょ?」
Dランクとしての経験があるからこその判断だろう。
次に、俺が水晶の欠片を握る。
《転職可能職業》
《見習い剣士》――現在の職業
《剣士》
《盾戦士》
《野外探索者》
《鉱夫》
以前は《見習い剣士》と《鉱夫》だけだった。
新しい職業が三つ増えている。
《剣士》
剣を扱う技能と実戦経験を積み、安定して戦える者の職業。
《盾戦士》
盾を使い、敵の攻撃を防ぎ、受け流す経験を積んだ者の職業。
《野外探索者》
野営、採取、追跡など、野外活動に必要な技能を複数持つ者の職業。
「《剣士》が出ている」
「見習いが取れるのですね」
サラが嬉しそうに微笑む。
「ほかには《盾戦士》と《野外探索者》だ」
「何に変えるの?」
リオナが尋ねる。
盾で仲間を守るなら《盾戦士》。
森での依頼なら《野外探索者》。
採掘場では《鉱夫》。
それぞれに使い道がある。
だが、普段の俺は剣と盾を持って前衛に立つ。
「《剣士》へ転職する」
《職業を《剣士》へ変更しました》
身体の奥で、何かが切り替わる。
新しい知識が増えたわけではない。
それでも、腰に下げた赤鋼の剣が、以前より身体へ馴染んで感じられた。
「変わった」
リオナが俺の姿を見る。
「見た目で分かるのか?」
「立ち方かな。さっきより、剣へ自然に手が届く位置にいる」
「俺には分からない」
「しばらく戦えば分かるよ。でも、《剣士》になっただけで急に強くなったと思わないでね」
「ああ。技能も経験も、これから積む」
水晶の欠片をサラへ渡す。
サラが握ると、彼女の前にも文字が現れた。
「私は《斥候》です」
「新しい職業は?」
「《短剣使い》と《料理人》があります」
《短剣使い》
短剣を扱い、実戦で敵と戦った経験を持つ者の職業。
《料理人》
料理と保存食作りの技能を持ち、他者へ継続して食事を提供した者の職業。
「カレンへ保存食を売ったことも、条件に入ったのかもしれないな」
「料理を作っただけでなく、お金を受け取ったからでしょうか」
「変えてみる?」
リオナが尋ねる。
「今日は《料理人》へ転職してみたいです」
「冒険へ出るときはどうする?」
「その前に《斥候》へ戻します。家で料理をする日は《料理人》にします」
サラが水晶を握り直す。
「《料理人》へ転職します」
《職業を《料理人》へ変更しました》
サラの身体が淡く光ったように見えた。
すぐに消えたため、見間違いかもしれない。
「どうだ?」
「不思議な感じです。台所の道具や、今朝使った食材が気になります」
「料理が急に上手くなった?」
「作ってみなければ分かりません。でも、今までより細かなことへ意識を向けやすい気がします」
「じゃあ、お昼ご飯を作ろう!」
リオナが勢いよく立ち上がる。
「さっき朝食を食べたばかりです」
「料理人になったサラの料理、食べたい」
「昼まで待ってください」
「味見なら今でもできるよ」
「何も作っていません」
「作ってから味見する」
「それは普通に食べるということです」
三人の会話を聞きながら、水晶の欠片を丈夫な布へ包む。
今までは、俺とサラだけが知っていた秘密。
今日からは、リオナも一緒に守ってくれる。
俺は《見習い剣士》から《剣士》へ。
サラは《斥候》に加え、《料理人》という選択肢を得た。
リオナにも、今の職業以外の道がある。
まだ同時に持てる職業は一つだけだ。
だからこそ、その日に何をするのかを考え、自分で選ぶ必要がある。
冒険者ランクも、職業も、一段先へ進んだ。
それでも、俺たちの暮らしは変わらない。
昼になれば三人で食卓を囲み、夕方には畑の芽を確認する。
強くなることも、暮らすことも、どちらも俺たちの未来へつながっていた。




