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第30話 家族のお財布と、最初の種



 新しい剣を受け取った日の午後。


 俺たちは居間の机を囲み、それぞれが持っている金を並べていた。


「全部で、これだけですね」


 サラが硬貨を数え終え、紙へ数字を書き込む。


 机の上には、俺とサラとリオナの革袋が置かれていた。


 家を借りるために保証金と家賃を支払い、俺の剣の加工代も払った。結婚指輪や生活用品も買っている。


 その後、一週間続けて依頼を受けたことで、貯金には少し余裕が戻っていた。


 だが、以前のように一人分だけを考えて金を使うわけにはいかない。


 家賃も食費も三人分だ。


「家賃が月に二万G。食費が……思っていたより多いですね」


 サラが一週間分の出費を確認する。


「ミネルさんが食べに来た日が原因でしょうか」


「あのエルフ、一人で三人分くらい食べるからね」


 リオナが言う。


「ミネルから食費をもらったほうがいいんじゃないか?」


「魔法の授業料を安くしてもらっていますから、ある程度は仕方ありません」


「毎日来るようになったら?」


「その場合は、きちんと請求します」


 サラの声に迷いはなかった。


 ミネルが相手でも、家族の生活費を守るつもりらしい。


「それから、薬や包帯。灯りの油、薪、石鹸……」


「家って、住んでるだけでお金がかかるんだね」


 リオナが机へ頬杖をつく。


「宿にいたときも、宿代の中に含まれていただけです」


「そう考えると、家を借りたほうが安いのか?」


「長く住むなら安いと思います。料理も自分たちで作れますから」


 サラが別の紙へ、宿で暮らしていた頃の出費を書き始めた。


 宿代。


 外食代。


 厨房の使用料。


 三人分を合計すると、今の家賃と食費より高くなる。


「家を借りたのは、間違いではなかったんだな」


「はい。ただし、道具が壊れたり、屋根を直したりするときのため、貯金は必要です」


「装備の修理にもお金がかかるよ」


 リオナが自分の弓へ目を向ける。


「弦は消耗品だし、矢も全部回収できるわけじゃないからね」


「では、生活費と冒険用の費用を分けましょう」


 サラが新しい項目を作る。


 家賃と食費。


 生活用品。


 装備の手入れ。


 薬や緊急時の費用。


 書き出してみると、必要な金の種類が多い。


「どうやって分ける?」


 俺が尋ねる。


「三人が依頼で得た報酬の半分を、家族共通のお金へ入れるのはどうでしょう」


「残りの半分は?」


「各自で持ちます。自分の装備や、個人的に欲しいものへ使います」


「全部まとめなくていいの?」


 リオナが首を傾げる。


「全部まとめると、リオナさんが串焼きを買うたび、私に許可を取ることになりますよ」


「それは困る」


「俺も剣の手入れ用品を買うたびに聞くのか?」


「手入れ用品は冒険用の共通費から出して構いません」


「串焼きは?」


「リオナさんの個人費です」


「冒険の帰りに食べる串焼きは、必要経費じゃない?」


「なぜですか?」


「疲れた心を元気にして、次の依頼へ行く力をくれるから」


 リオナが真剣な顔で訴える。


「では、私が甘い物を食べたいときも、家族のお金から出していいのですか?」


「もちろん」


「ルナトが新しい盾の飾りを欲しがったら?」


「それは個人のお金」


「俺だけ厳しくないか?」


「あたしは盾の飾りで元気にならないからね」


「俺はなるかもしれない」


「では全員の許可があれば、家族共通のお金から出しましょう」


 サラが話をまとめる。


「普段のおやつや個人的な飾りは、自分のお金。三人で食べるものや、全員で使うものは家族のお金です」


「分かった。串焼きを三本買えば家族のお金だね」


「三人で食べるなら、です。一人で三本食べてはいけません」


「先に言われた……」


 リオナの獣耳が残念そうに伏せられた。


 次に、これまでの一週間で受けた依頼の報酬を確認する。


 薬草採取。


 荷物運び。


 町の倉庫整理。


 森の入り口付近の見回り。


 一件ごとの報酬は高くないが、三人で続けたため、合計すればそれなりの額になっている。


「このうち半分を共通のお金へ入れます」


 サラが硬貨を分ける。


 家族共通の袋。


 緊急時のため、使わずに残す袋。


 俺、サラ、リオナがそれぞれ持つ個人の袋。


「サラの個人分もあるのか?」


「当然です」


「でも、食材や服以外に使うことがあるのか?」


「あります」


「何に?」


「……秘密です」


 サラが硬貨を自分の小袋へ入れる。


「ルナトへの贈り物を買うとき、家族のお金を使うわけにはいきませんから」


「今、言ったら秘密じゃないだろ」


「何を買うかは秘密です」


「サラ、可愛い」


 リオナが横から抱きつく。


「では、あたしへの贈り物も買ってね」


「リオナさんは、自分のお金で串焼きを買ってください」


「贈り物が串焼きでもいいよ」


「分かりました。いつか買います」


「やった!」


 リオナの尻尾が勢いよく揺れ、机の脚へ当たった。


 積み上げていた硬貨が崩れる。


「あっ」


 三人で床へ落ちた硬貨を拾い直す。


「リオナさん」


「ごめんなさい……」


「今後、お金を数えるときは、尻尾を椅子へ巻いておいてください」


「そこまでしなくてもいいでしょ?」


「また落としますよ」


 リオナは渋々、自分の尻尾を椅子の脚へ巻きつけた。


 硬貨を拾い終え、サラが紙へ最後の数字を書き込む。


「これで、今月使える金額が分かりました」


「畑の種や道具を買っても大丈夫か?」


「はい。ただし、最初から買いすぎないようにしましょう」


「肉のなる木の種は?」


「ありません」


「市場で聞いてみないと分からないよ?」


「聞かなくても分かります」


 収入と出費を確認し、金を目的ごとに分ける。


 それを今後も続けられるよう、記録の方法まで決めた。


 その瞬間、俺とサラの前へ淡い文字が浮かび上がった。


《家計管理を習得しました》


《初級スキル図鑑へ登録します》


取得者:サラ


登録数:31/90


《生活系スキル:8/15》


《生活系分類別達成報酬の開封まで、あと七種類です》


「《家計管理》……」


 サラが表示を見つめる。


「登録されたな」


「はい。でも、今日一度整理しただけですよ?」


「この一週間、サラは毎日使った金を記録していただろ?」


 市場で買った食材。


 宿から家まで荷物を運ぶために払った金。


 依頼で受け取った報酬。


 俺は覚えていなかったが、サラはすべて紙へ残していた。


「今日だけで習得したんじゃない。一週間の記録があったからだと思う」


「それなら納得できます」


 サラが図鑑を開く。


《家計管理》――登録済み

取得者:サラ


収入と支出を把握し、目的に応じて資金を分配する技能。


「これで生活系は、半分を超えました」


「あと七つだね」


 表示の見えないリオナにも、登録されたことを説明する。


「報酬、まだ開かないの?」


「十五種類すべて必要だ」


「一つくらい、途中でもらえてもいいのに」


「それではコンプリート報酬になりません」


 サラが笑う。


「次に何を狙う?」


「今日は畑へ植える種を買いに行きましょう」


「《買い物》を覚えられるかも!」


「一度市場へ行っただけでは無理です」


「図鑑は厳しいなあ」


 家族共通の袋から、種を買うための予算を取り出す。


 全部で三千G。


 俺たちは市場へ向かった。


 種を扱う店には、野菜や香草の絵が描かれた小さな袋が並んでいた。


 文字だけでは、どの季節に何を植えればいいのか分からない。


「これは育てやすいですか?」


 サラが店の人へ尋ねる。


 初心者なら、成長が早い葉野菜と、土の中で育つ根菜がいいらしい。


 ただし、根菜は土に石が多いと形が悪くなる。


 葉野菜は虫に食べられやすいため、毎日確認する必要があるという。


「どちらにしますか?」


 サラが俺とリオナを見る。


「両方買う」


「最初から育てられますか?」


「畑を半分ずつ使えばいいんじゃないか?」


「失敗したら、どちらも食べられなくなりますよ」


「一種類だけにしたほうが安全か」


「でも、二種類あったほうが楽しいよ」


 リオナは店に並ぶ種を見比べる。


「予算は三千Gなんでしょ? 野菜の種が二つで千二百G。花の種が二つで八百G。まだ千G残るよ」


「肥料も必要です」


「堆肥を作ってる途中じゃなかった?」


「使えるようになるまで時間がかかります」


 サラが値札と、手元の紙を確認する。


「最初の分だけ肥料を買いましょう。それでも予算内です」


 葉野菜と根菜。


 サラがデートの日に選んだ、白い小花。


 リオナが選んだ、赤や黄色の花。


 それに、最初に使う少量の肥料を買った。


 合計二千八百G。


「二百G残ったね」


 リオナが言う。


「串焼きは買いませんよ」


「まだ何も言ってないよ?」


「顔に書いてあります」


 必要なものを予算内で選べた。


 だが、《買い物》は登録されない。


 品質や相場を理解し、安定して必要なものを選べるようになるには、まだ経験が足りないのだろう。


 家へ戻ると、マーナが畑の様子を見に来てくれた。


「ようやく種を買ったのかい」


「はい。植え方を教えていただけますか?」


「まず袋を見せな」


 俺たちは買った種を並べる。


 マーナは一つずつ確認し、畑を四つの区画へ分けた。


「同じ深さに植えればいいわけじゃないよ。小さな種は浅く、大きな種は少し深くする」


「深く植えたほうが、風で飛ばないのでは?」


「芽が地上へ出られなくなる。種には、自分で持ち上げられる土の重さがあるんだよ」


 知らなければ、すべて同じ深さに埋めていたかもしれない。


 まず、細い棒を使って畝へ浅い溝を作る。


 サラが葉野菜の種を植え、俺が根菜を担当した。


 リオナには花を任せる。


「種が小さくて、どこに置いたか分からなくなる」


 リオナが土へ顔を近づける。


「近すぎますよ」


「だって見えないんだもん」


 赤褐色の尻尾が左右へ動き、サラの背中をくすぐった。


「きゃっ」


 サラが身体を震わせ、持っていた種を落としかける。


「リオナさん、尻尾を動かさないでください」


「勝手に動くんだよ」


「先ほどは椅子へ巻いていましたよね?」


「あれはお金を数えるときだけ」


「今も大切な種を扱っています」


 リオナは自分の尻尾を両脚の間へ挟んだ。


「これならいい?」


「少し不自然ですね」


「じゃあ、サラが持っていてよ」


「私が?」


 サラが尻尾の先を掴む。


 柔らかい毛が指の間から溢れた。


「温かいです」


「強く引っ張らないでね」


「引っ張りません」


 サラはリオナの尻尾を片手で抱えたまま、種を植え始める。


「これ、見た目が変じゃない?」


「動かないようにするには仕方ありません」


「ルナト、笑ってないで助けてよ」


「似合ってるぞ」


「何が?」


「よく分からないけど」


「適当に褒めないで!」


 三人で種を植え、土を薄くかぶせる。


 最後に井戸から水を運び、勢いが強くなりすぎないよう、少しずつ撒いた。


 《耕作》も《栽培》も登録されない。


 畝を作り、種を植えただけでは足りない。


 これから毎日、土の乾き具合を確認し、芽が出るまで世話を続ける必要がある。


「いつ芽が出ますか?」


 サラが尋ねる。


「葉野菜なら、早ければ数日だよ」


「明日には出ないの?」


 リオナが土を見つめる。


「そんなに早くは出ないね」


「掘って確認したら?」


「絶対に掘るんじゃないよ」


 マーナに強く注意された。


「種は土の中で育つ準備をしている。気になるからと毎日掘り返せば、いつまでも芽は出ないよ」


「分かりました……」


「リオナが掘らないよう、見張りが必要ですね」


 サラが真剣に言う。


「あたしを何だと思ってるの?」


「気になったら、我慢できずに掘りそうな人です」


「掘らないよ。たぶん」


「やはり見張ります」


 マーナへ礼を言い、庭仕事を終える。


 畑には、まだ何も見えない。


 ただ整えられた土が、四つの区画に分かれているだけだ。


 それでも、地面の下には俺たちが植えた種がある。


「ちゃんと育つといいですね」


 サラが言う。


「ああ」


「白い花が咲いたら、寝室の窓から見えるかな」


 リオナが家を見上げる。


「サラとルナトの部屋から、よく見える場所だね」


「リオナさんの花は、居間から見えますよ」


「みんなで見られるんだ」


「はい」


 夕食を食べ、三人で食器を片づける。


 家計の記録には、今日使った二千八百Gをサラが書き加えた。


 用途は、畑の種と肥料。


「これで合ってるか?」


「はい。残った二百Gは、家族共通のお金へ戻します」


「串焼き一つくらい買えたのに」


「まだ言っていたのですか?」


 リオナが自分の部屋へ戻り、サラも先に寝室へ向かった。


 俺は寝る前に、一人で裏庭へ出た。


 夜の空気は少し冷たい。


 植えたばかりの畑が、月明かりに照らされている。


 俺は庭の端へ座り、両手を胸の前へ上げた。


 見えない大きな球を抱えるように、左右の手を開く。


 右手へ魔力を集める。


 ゆっくり放出し、両手の間を通して左手で受け止める。


 身体へ戻し、また右手から放つ。


 何度も繰り返す。


 以前より、外へ散る魔力が減っていた。


 右から出た魔力が弧を描き、左へ戻ってくる。


 まだ完全な輪ではない。


 それでも、最初に比べれば安定している。


 魔力が残り少なくなったところで、淡い光が現れた。


「来たのか」


 蛍のような光。


 以前は米粒ほどだったが、今夜は小さな豆ほどの大きさになっている。


 光は俺の右手から放たれた魔力へ近づき、その周囲をくるくると回った。


「お前は、何なんだ?」


 問いかけても答えはない。


 光は両手の間を一周すると、俺の左手へ近づいた。


 触れる。


 以前よりも、はっきりとした温もりを感じた。


 その直後、光は俺の手元から離れた。


「待て」


 淡い光が、庭へ向かって飛んでいく。


 植えたばかりの畑の上で止まり、ゆっくりと回った。


 白い花の種。


 赤や黄色の花の種。


 葉野菜と根菜。


 光は四つの区画を順番に巡ると、地面へ降りるように高度を下げた。


 種へ何かをしているのかと思ったが、変化はない。


「サラを呼んでくる」


 立ち上がり、家へ向かおうとする。


 だが、振り返ったときには、光は消えていた。


 畑へ近づく。


 土の状態は、夕方と変わらない。


 魔力感知を使っても、特別な力は感じなかった。


「また、俺しか見ていないのか……」


 今度こそ、サラやミネルにも見てもらいたかった。


 それでも、見間違いではない。


 光は少しずつ大きくなり、俺の魔力へ寄ってきている。


 次に現れたときは、消える前に誰かを呼びたい。


 土の中には、今日植えたばかりの種。


 俺の両手の間には、正体の分からない小さな光。


 どちらも、これから何に育つのかは分からなかった。


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