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第29話 新しい剣と、家族の保存食


 一週間後のデート、その翌日


 俺たち三人は、朝食を終えるとカレンの工房へ向かった。


 依頼していた新しい剣が、ようやく完成したのだ。


「どんな剣になったんだろうね」


 リオナが俺の隣を歩きながら、楽しそうに尻尾を揺らす。


「見てからのお楽しみだそうです」


 サラが答える。


 昨日のデートで贈った白い花の髪飾りは、今日も栗色の髪につけられていた。


「重たい剣かな?」


「大剣にはしないと言っていた」


「ルナトは盾も使いますから、片手で扱えないと困ります」


「でも、今までより少し重くするって言ってたよね」


「ああ。俺の戦い方に合わせるらしい」


 工房へ到着すると、金属を叩く音は聞こえなかった。


 扉を開ける。


 火床の火は弱く、カレンは作業台の前に立っていた。


 今日も白いタンクトップ姿だ。


 汗ばんだ布地が豊かな胸へ張りつき、巨峰を思わせる二つの膨らみを強調している。


 ただし、今は槌を振っていないため揺れてはいない。


「来たか」


「ああ。剣が完成したと聞いた」


「できている」


 カレンが作業台に置かれた長い布を外す。


 その下から、一振りの剣が現れた。


 刃の長さは、これまで使っていた剣よりわずかに短い。


 代わりに剣身は少し広く、根元から切っ先まで淡い赤黒色を帯びていた。


 刃の中央には、細い赤色の筋が走っている。


 鍔は盾に引っかからないよう小さく、柄には黒い革が巻かれていた。


 鞘も新しい。


 巨大岩喰い鼠の甲殻を薄く加工したものが使われ、光を受けると黒い表面に赤い模様が浮かんだ。


「これが赤鋼の剣か」


「正確には、赤鋼へ巨大岩喰い鼠の甲殻を混ぜた合金だ」


 カレンが剣を持ち上げ、俺へ柄を向ける。


「持ってみろ」


 右手で柄を握る。


 今までの剣より重い。


 だが、その重さが腕だけにかからない。


 重心が手元へ寄せられているため、構えると不思議なほど安定した。


「どうだ?」


「重いけど、振りにくくはない」


「剣身を短くし、重心を鍔の近くへ置いた。盾を持ちながらでも扱えるはずだ」


 工房の外にある小さな作業場へ移動する。


 カレンが木の棒を立て、麻縄で固定した。


「何度か振ってみろ。左腕は?」


「もう痛まない」


 一週間、危険の少ない依頼だけを受けたことで、巨大鼠との戦いで負った怪我はほとんど治っていた。


 修理された盾を左腕へ固定する。


 右手には新しい剣。


 正面へ踏み込み、剣を斜めに振り下ろす。


 刃が木の棒へ入った。


 ほとんど抵抗を感じないまま、半分近くまで切り込む。


「すごい……」


 サラが目を見開く。


「前の剣より、ずっと切れてるね」


 リオナも切断面を覗き込む。


「次は突け」


 剣を引き抜き、盾を前へ出す。


 盾の横から刃を突き出した。


 切っ先が木へ深く刺さる。


 剣身が少し短いため、盾や自分の腕に触れる心配が少ない。


 狭い坑道でも扱いやすそうだ。


「悪くない」


 カレンが俺の姿勢を見る。


「ただ、今までの剣と同じ力で振るな。刃が重い分、止めるときに身体が流れる」


「分かった」


「威力に頼って力任せに振れば、すぐに隙ができる。慣れるまでは毎日、ゆっくり素振りをしろ」


「ああ」


 剣を鞘へ収める。


 刃が最後まで入ると、小さく硬い音が鳴った。


「名前はあるの?」


 リオナが尋ねる。


「名前?」


「特別な素材で作った剣なんでしょ? 格好いい名前をつけないの?」


「必要か?」


「剣へ名前をつける冒険者もいますよ」


 サラが新しい剣を見る。


「ルナトが初めて、自分のために作ってもらった剣ですから」


 確かに、鉱山から持ち出した剣も、その後に買った剣も、誰かが作った既製品だった。


 これは俺の身体や戦い方を見て、カレンが作ってくれた剣だ。


「カレンは何か考えていないのか?」


「作った剣へ名前をつけるのは、持ち主の仕事だ」


「急に言われても思いつかないな」


「今すぐ決める必要はない」


 カレンは新しい剣を見つめる。


「長く使えば、自然と呼びたい名前が決まることもある」


「そういうものか」


「無理に格好いい名前をつけて、あとで恥ずかしくなるよりいいよ」


 リオナが笑う。


「リオナなら何とつける?」


「《赤黒き狼殺しの魔剣》」


「狼は殺していないぞ」


「あたしが狼系の獣人だから、その名前は嫌です」


「確かに」


「では、《巨鼠砕き》はいかがですか?」


 サラが提案する。


「砕いたのはカレンの槌だ」


「難しいですね……」


 剣の名前は、しばらく考えることになった。


「カレン。いい剣をありがとう」


「礼を言うのは、使って生きて帰ってからにしろ」


「大事に使う」


「大事に飾るな。剣は使うための道具だ」


「使って、手入れもする」


「それならいい」


 カレンは短く頷いた。


「刃の調子を見る。十日ほど使ったら、一度持ってこい」


「点検にも金がかかるのか?」


「最初の一回は加工代に含まれている」


「助かる」


「ただし、刃を折ったら別料金だ」


「折らないようにする」


 工房を出る前に、サラが持ってきた包みをカレンへ渡した。


「約束していた保存食です」


「保存食?」


「一週間ほど前に仕込んだものが、ようやく食べられるようになりました」


 包みの中には、薄く切って乾燥させた肉と、塩や香草に漬けた野菜が入っていた。


 乾燥肉は火の近くへ吊るし、毎日状態を確かめながら作ったものだ。


 漬けた野菜も、マーナから作り方を教わっている。


「工房で食べられるよう、日持ちするものにしました」


 カレンが乾燥肉を一枚取り、口へ入れる。


 ゆっくり噛み、味を確かめた。


「うまい」


「よかったです」


「前のパンに挟んだ肉より硬いが、仕事中ならこちらのほうが食べやすい」


「スープへ入れて、柔らかくしても食べられます」


「いくらだ?」


「材料費を含めて、二千Gでどうでしょう」


 カレンは迷わず代金を払った。


「次も同じ量を頼む」


「ありがとうございます」


 サラが嬉しそうに硬貨を受け取る。


 自分の料理へ対価をもらうのは、これが初めてだ。


 俺たちは工房を出て、新しい家へ戻った。


 歩きながら、サラは何度も受け取った硬貨を確認している。


「嬉しそうだな」


「はい。自分で作ったものを買ってもらえましたから」


「カレンは気に入ったみたいだね」


 リオナが言う。


「次も頼むって言ってたし、続ければ仕事になるんじゃない?」


「まだカレンさん一人だけです」


「一人目がいなければ、二人目もいないよ」


「そうですね」


 サラが硬貨を大切そうに小袋へしまう。


「次はもっと美味しく、長持ちするものを作りたいです」


 家へ着くと、昨日買った椅子が届けられていた。


 居間には、同じ形の椅子が五脚と、少し形の違う新しい椅子が一脚並んでいる。


「これでカレンたちが来ても、木箱に座らなくていいね」


「今後、家族が増えたら、また足りなくなりますけどね」


 サラが何気なく口にする。


「家族が増えると思ってるの?」


 リオナが尋ねる。


「ミネルさんとカレンさんは、頻繁に食事へ来そうですから」


「ああ、そっちか」


 リオナの獣耳が、わずかに横へ倒れる。


「リオナは、もう住んでるだろ?」


「うん。分かってるよ」


 そう答えたものの、どこか歯切れが悪かった。


 サラもそれに気づいたらしく、リオナの手を取る。


「リオナさん」


「なに?」


「私がルナトと結婚したことで、寂しい思いをさせていませんか?」


 真っすぐな問いかけだった。


 リオナの尻尾が動きを止める。


「そんなことないよ」


「本当に?」


「二人が結婚できて、嬉しいと思ってる」


「それだけですか?」


「サラ、今日はずいぶん聞くね」


「家族ですから」


 サラはリオナの手を離さない。


「言いたくないことを、無理に聞くつもりはありません。でも、自分だけ我慢しないでください」


「……うん」


 リオナが小さく頷く。


「今は、まだ自分でもよく分からないんだ」


「何がですか?」


「二人と一緒にいるのは好き。この家も好き。でも、二人が夫婦になって、あたしだけ違う場所に立ってる気がすることがある」


 普段の明るい声とは違う。


「図鑑も二人にしか見えない。別の部屋で寝てるし、二人だけの思い出も増えていく」


「リオナ……」


「二人の邪魔をしたいわけじゃないんだよ。サラのことも好きだから。だから、自分が何を望んでるのか分からない」


 俺はすぐに答えられなかった。


 リオナは大切な仲間だ。


 家族だとも思っている。


 それでも、サラに向けている気持ちと同じなのかと尋ねられれば、まだ分からない。


「すぐに決めなくていいんじゃないか?」


 俺は正直に言った。


「俺も、分からないことが多い」


「ルナトも?」


「ああ。家族として一緒にいたいと思ってる。でも、それ以上のことは、急いで決めたくない」


「そうだね」


「図鑑を埋めるために、関係を決めるつもりもない」


「それは、絶対に嫌です」


 サラがはっきり言う。


「リオナさんが図鑑と共鳴するためだけに、ルナトと結婚するようなことは、してほしくありません」


「サラは、あたしがルナトと結婚してもいいの?」


「今すぐとは言っていません」


 サラの頬が少し赤くなる。


「私にも嫉妬する気持ちはあります。ルナトを独り占めしたいと思うこともあります」


 初めて聞く本音だった。


「ですが、リオナさんをこの家から追い出したくありません。それも本当の気持ちです」


「サラ……」


「だから、三人で時間をかけて考えましょう」


 サラがリオナの手を両手で包む。


「リオナさんが何を望んでいるのか。私がそれを受け入れられるのか。ルナトがどう思っているのか。誰か一人だけが我慢するのは嫌です」


 リオナの金色の瞳が潤む。


「サラって、強いね」


「強くありません。今も少し怖いです」


「何が?」


「リオナさんのほうが胸も大きいですし、明るくて可愛いので、ルナトが夢中になったらどうしようかと」


「そこ?」


「大事なことです」


 サラは真剣だった。


 リオナが自分の胸を見る。


 革鎧を外した普段着の下で、豊かな膨らみが存在を主張していた。


「でも、カレンのほうが大きいよ?」


「カレンさんは、今は関係ありません」


「今は?」


 リオナが聞き返す。


「言葉の流れです!」


 サラの顔が真っ赤になる。


「ルナトは誰の胸が一番好き?」


「どうして俺に聞くんだ」


「大事なことなんでしょ?」


「答えません」


 サラが俺の腕を掴む。


「妻の私にも言えないのですか?」


「それとこれとは別だ」


「では、昨夜見たものを思い出してください」


「サラ!」


 リオナが声を上げて笑う。


 重くなりかけた空気が、少しだけ和らいだ。


「すぐに答えを出さなくてもいいんだね」


 リオナが言う。


「ああ」


「それまでも、ここにいていい?」


「当たり前です」


 サラが即答する。


「リオナの部屋もある。三人で選んだ家だ」


「ありがとう」


 赤褐色の尻尾が、ゆっくりと揺れ始める。


 話が落ち着いたところで、サラが保存食の容器を台所から持ってきた。


「カレンさんへ渡した分とは別に、家用も作ってあります」


「味見しよう!」


 リオナがすぐに椅子へ座る。


「先ほど朝食を食べたばかりですよ」


「少しくらい大丈夫だって」


 サラが乾燥肉と漬けた野菜を、小さな皿へ載せる。


 三人で食べてみた。


 乾燥肉は少し硬いが、噛むほど塩味と香草の香りが広がる。


 漬けた野菜は酸味があり、肉と一緒に食べるとちょうどよかった。


「美味しい」


 リオナの獣耳が立つ。


「売れると思うよ」


「本当ですか?」


「森へ持っていく食料にもよさそう。普通の干し肉ばかりだと飽きるからね」


「もう少し味を調整してみます」


 サラが嬉しそうに頷いた。


 その瞬間、サラと俺の前へ淡い文字が浮かぶ。


《保存食作りを習得しました》


《初級スキル図鑑へ登録します》


取得者:サラ


登録数:30/90


《生活系スキル:7/15》


《生活系分類別達成報酬の開封まで、あと八種類です》


「登録されました」


 サラが目を見開く。


「《保存食作り》だ」


「私が覚えたスキルで、また図鑑が増えたのですね」


「ああ。これで三十種類だ」


「三分の一だね!」


 表示の見えないリオナにも内容を伝える。


「生活系は、あと八種類かあ」


「まだ半分以上あります」


「でも、昨日より一つ減ったよ」


「そうですね」


 サラが登録された《保存食作り》を開く。


《保存食作り》――登録済み

取得者:サラ


食材へ適切な処理を施し、味や安全性を保ちながら保存期間を延ばす技術。


「私が作ったものが、説明として残っています」


「次はもっと上手に作ればいい」


「はい」


「失敗したら、あたしが全部食べてあげる」


「安全なものだけにしてください」


「少しくらいなら平気だよ」


「お腹を壊しても知りませんよ?」


 三人の笑い声が、居間へ広がる。


 新しい剣を手に入れた。


 サラが初めて、自分の作ったものを売った。


 生活系の空欄も、また一つ埋まった。


 剣で戦う日もあれば、家で食べ物を作る日もある。


 どちらも、俺たちが生きていくために必要な力だ。


 図鑑の登録数は、三十。


 生活系の達成報酬まで、残り八種類。


 中身はまだ分からない。


 だからこそ、三人とも次の一つを楽しみにしていた。


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