表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/59

第16話 寝る前の魔力循環



 魔力を動かせるようになった翌日。


 俺とサラは、再びミネルの部屋を訪れていた。


「今日は魔力を身体の外へ出す練習をするわ」


 そう告げたミネルは、ベッドの上に腰を下ろし、長い金髪を片手で後ろへ払った。


 朝だというのに、まだ眠そうだ。白い頬には寝具の跡がうっすら残っている。


「その前に聞いていいか?」


「なに?」


「どうして俺たちが、先生の部屋まで来ているんだ?」


「外へ出るのが面倒だからよ」


「やっぱりそうか……」


 机には昨日食べたパンの袋が置かれたままだった。


 強力な魔法を使えるエルフなのに、生活能力はあまり高くないらしい。


 サラが苦笑しながら袋を片づける。


「ミネルさん。せめて食べ終わったものくらいは捨てましょうね」


「あとでやろうと思っていたのよ」


「昨日も同じことを言っていました」


「昨日の私と今日の私は、厳密には別の存在だわ」


「同じ人です」


 サラに言い切られ、ミネルが気まずそうに目を逸らした。


 先生と生徒というより、だらしない姉と世話を焼く妹に見える。


「それより、今日は魔力を外へ出すのでしょう?」


 サラが尋ねると、ミネルは待っていましたとばかりに立ち上がった。


「ええ。魔力を感じ、身体の中で動かすところまではできた。次は外へ放出する練習よ。ただし、魔法を発動させるわけではないわ」


「魔法とは違うのか?」


「魔法は、放出した魔力に形や性質を与えて現象を起こすものよ。火を生み出したり、水を操ったりね。今日は魔力を、そのまま身体の外へ出すだけ」


 ミネルは右手を胸の前に上げた。


 白く細い指を軽く曲げると、その手のひらに淡い光が浮かび上がった。


 光は炎のように揺れているが、熱は感じない。


「これが何の性質も与えていない魔力よ」


「見えるんだな」


「十分な量を集めればね。最初は見えなくても構わないわ。手のひらが温かくなったり、空気を押しているような感触があれば成功よ」


 ミネルが手を閉じると、光は吸い込まれるように消えた。


 俺は右手を前へ出し、身体の中へ意識を向ける。


 胸の奥に集めた魔力を肩へ運び、腕を通して手のひらへ送る。


 ここまでは昨日の練習と同じだ。


 だが、手のひらから先へ進めようとした瞬間、魔力が指先へ散ってしまった。


「力みすぎよ」


 ミネルが俺の横に立つ。


 彼女は俺の右手首を下から支えると、もう片方の手を背中へ添えた。


「身体の中にあるものを無理に押し出そうとしないで。息を吐くのと同じよ」


 耳元で静かな声が聞こえる。


 背中に触れた手から、細い魔力が流れ込んできた。


「私の魔力に合わせて」


「ああ」


「肩の力を抜いて。胸から肩、肘、手首……そう。ゆっくり流すの」


 ミネルの魔力に導かれ、俺の魔力が腕の中を進む。


 右の手のひらが、じんわりと温かくなった。


 その熱を外へ逃がすように息を吐く。


 手のひらの前で、空気がわずかに揺れた。


「今のは?」


「少しだけ出たわ」


「これを続ければいいのか?」


「今日はね。魔力の制御に慣れたら、次は放出した魔力を回収する練習をするわ」


 ミネルは俺から離れ、今度は両手を胸の前に構えた。


 両手の間には、バスケットボールほどの空間が空いている。


 目に見えない大きな球を抱えているような姿勢だった。


「右手から放出して、両手の間を通し、左手で受け止める。受け取った魔力は身体へ戻して、また右手から放出するの」


 ミネルの右手に淡い光が浮かぶ。


 光は緩やかな弧を描いて左手へ流れ、そのまま腕の中へ吸い込まれた。


 しばらくすると、同じ光が再び右手から現れる。


「魔力を循環させているのか」


「そうよ。魔法を撃つ場所がなくても魔力を消費できるし、繊細な制御の訓練にもなる。慣れてきたら、眠る前に残った魔力を使い切るつもりで繰り返しなさい」


「全部使って大丈夫なのか?」


「安全な場所で、そのまま眠れる状況ならね。空に近くなった魔力を眠っている間に回復させる。それを毎日繰り返せば、魔力を蓄える器も少しずつ広がるわ」


 魔力を使い切れば、扱える魔力の総量が増えていく。


 すぐに効果が出る方法ではないらしいが、寝る前なら毎日続けられる。


「ただし、完全に空にするのは避けなさい。気を失ったり、翌朝になっても身体が動かなくなったりするから」


「使い切れと言ったばかりじゃないか」


「限界まで使いなさいという意味よ。言葉の細かいところに絡まないで」


「そこはかなり大事だと思います」


 サラが真面目な顔で指摘する。


 ミネルは小さく咳払いし、サラに練習を始めるよう促した。


 サラは右手を前に出し、目を閉じた。


 薄い緑色の服の下で胸がゆっくり上下する。呼吸を整えながら、体内の魔力を手のひらへ集めているようだ。


 やがて彼女の指先が、かすかに震え始めた。


「あ……温かくなってきました」


「そのまま外へ出して」


 ミネルがサラの手を両手で包む。


 だが、魔力は手のひらに留まり、外へは出てこなかった。


 しばらく粘ったサラが息を吐き、肩を落とす。


「難しいですね」


「最初からできるほうが珍しいわ。あなたは魔力を身体の内側へ留める性質が強いみたいね」


「魔法に向いていないということですか?」


「むしろ回復魔法には向いているわ。自分や触れている相手の身体へ魔力を馴染ませやすいから。ただし、離れた相手へ魔法を飛ばすのには練習が必要ね」


 向き不向きはあっても、練習が無駄になるわけではない。


 サラは気を取り直し、もう一度目を閉じた。


 昼前まで続けたが、俺もサラも魔力を自由に放出するところまでは届かなかった。


 それでも最初よりは、手のひらへ魔力を集めやすくなっている。


「毎日少しずつ続けなさい。特にルナトは、寝る前の循環を試してもいいわ。ただ、今夜は右手から出した魔力を左手で感じ取るところまでにしておきなさい」


「分かった」


「それじゃ、今日の授業料」


 ミネルが当然のように手を差し出す。


 俺が二千Gを載せると、彼女は満足そうに頷いた。


「食事つきの金額だから、忘れないでね」


「そっちが目的になっていないか?」


「優れた師には、十分な栄養が必要なのよ」


 俺たちは一階の食堂へ移動し、ミネルに昼食を食べさせた。


 彼女は細い身体のどこへ入るのかと思うほどの量を平らげ、さらにサラのパンまで物欲しそうに見つめていた。


 食事を終え、冒険者ギルドへ向かう。


 中へ入ると、依頼掲示板の前に見慣れた赤褐色の尻尾が揺れていた。


「遅かったね」


 振り返ったリオナが、金色の瞳を細める。


 動きやすい革鎧に短いズボン、その下から伸びる褐色の脚。腰には弓と解体用の短剣を下げている。


「朝からミネルに魔法を教わっていたんだ」


「へえ。あのエルフ、ちゃんと起きられたんだ?」


「俺たちが部屋まで行った」


「ああ、なるほどね」


 リオナは納得したように頷き、手にしていた依頼書をこちらへ向けた。


「三回目の仕事、これなんてどう?」


 依頼書には、森へ入った二人の薬草採取者を捜してほしいと書かれていた。


 二人は昨日の朝、町の北東にある森へ向かったきり戻っていない。


「魔物の討伐じゃないんだな」


「森で行方不明になった人を捜す仕事だよ。戦うより、斥候としての腕が試される」


 リオナがサラを見る。


「今のサラなら、足跡を探すくらいはできるでしょ?」


「まだリオナさんほどではありません」


「最初からあたしと同じだったら、あたしが困るって」


 今回の依頼は緊急扱いになっている。


 日が暮れるまで待てば、行方不明者が生きている可能性は下がるだろう。


「受けよう」


 俺が答えると、リオナは嬉しそうに尻尾を立てた。


「決まりだね。これが三回目の仕事。終わったら、今後のことをちゃんと話そう」


 リオナが正式に仲間になるかどうか。


 今はまだ分からない。


 俺たちは受付で手続きを済ませ、必要な物を揃えて町を出た。


 森の入り口には、行方不明になった二人が乗ってきたらしい小さな荷車が残されていた。


 リオナが地面へしゃがみ込み、土の上に残った跡を調べる。


 短いズボンに包まれた腰から赤褐色の尻尾が伸び、左右へゆっくり揺れていた。


「二人とも、ここから歩いて森へ入ってる。荷車を置いたのは昨日の朝だね」


「そこまで分かるのか?」


「昨日は昼過ぎに雨が降ったでしょ? この足跡には、雨で崩れた跡があるから」


 リオナは森へ続く足跡を指で示した。


「サラも見て。どれが人の足跡か分かる?」


 サラがリオナの隣へしゃがむ。


 地面をじっくり観察し、枯れ葉の一部を指差した。


「この葉だけ、裏返っています。誰かが踏んだのでしょうか」


「正解。足跡が見えなくても、通った跡は残るんだよ」


 三人で痕跡を追い、森の奥へ進む。


 途中で二人分の足跡は分かれた。


 一方はさらに奥へ。


 もう一方は、森の入り口へ戻ろうとしている。


「別行動をしたのか?」


「違う」


 リオナの表情が険しくなる。


 彼女は戻る方向についた足跡のそばから、小さな赤い染みを見つけた。


「片方が怪我をしたんだ。それで助けを呼びに戻ろうとした。でも……」


 血痕は数歩先で途切れていた。


 その周囲の土には、何かを引きずったような跡が残っている。


 リオナが腰の弓へ手を伸ばした。


「ここからは静かに行くよ。二人とも、武器を抜いて」


 俺は剣を抜き、サラも短剣を構える。


 リオナは鼻先を動かし、風の匂いを確かめた。


「血の匂いに混じって、獣の臭いがする」


「森狼か?」


「もっと大きい。それに、たぶん一匹じゃない」


 引きずられた跡は、茂みの奥へ続いていた。


 俺たちは足音を抑えながら、その痕跡を追う。


 しばらく進むと、前方から枝が折れる音が聞こえた。


 その直後。


「た、助けてくれ……!」


 弱々しい男の声が、森の奥から届いた。


 生きている。


 駆け出そうとした俺の腕を、リオナが掴んだ。


「待って」


 彼女の獣耳が小さく動く。


「今の声の周りに、足音が四つ。あいつら、助けが来るのを待ってる」


「待ち伏せか」


 リオナが静かに頷く。


 森の獣は、俺たちが思っている以上に賢いらしい。


「正面から入れば囲まれる。まず位置を確認するよ」


 三度目の仕事は、これまでの魔物討伐とは違う。


 倒すだけでは駄目だ。


 生きている人を、無事に連れ帰らなければならない。


 俺は剣を握り直し、茂みの向こうから聞こえる微かな息遣いへ意識を集中させた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ