第14話 動かない魔力
翌朝。
俺とサラは、昨日と同じ魔法練習場へ向かった。
リオナも一緒だ。
本人は魔法を学ぶつもりがないらしいが、朝食後に宿へ残っていても暇だからとついてきた。
「今日も石壁の上で寝るのか?」
「寝てないよ。周囲を警戒してるの」
「昨日、尻尾を抱えて横になってただろ」
「獣人は横になっていても警戒できるんです」
「便利だな」
「ルナト、馬鹿にしてる?」
「褒めてる」
リオナの尻尾が、俺の脚を軽く叩いた。
「それが褒めてる人の顔?」
「二人とも、朝から元気だね」
サラが笑う。
町の南門へ着くと、ミネルはすでに待っていた。
今日は遅れていない。
長い淡金色の髪を背中へ流し、青と白の魔術師服を身につけている。
破れていた胸元はきれいに縫われていた。
「おはようございます」
ミネルが俺たちへ頭を下げる。
「今日は早いね」
リオナが言った。
「私は昨日も遅刻していません」
「待ち合わせ時間の直前だったよ」
「間に合っていれば問題ありません」
ミネルの視線が、リオナから俺へ移る。
「それより、昨日習得した《魔力感知》は失っていませんか?」
「スキルは、次の日になったら消えるものなのか?」
「消えません。ただ、感覚を忘れていないか確認しています」
俺は腹の奥へ意識を向けた。
昨日見つけた、小さな温かさ。
すぐに感じ取ることができた。
ミネルの周囲にある大きな魔力も、意識すれば分かる。
「大丈夫だ。まだ感じる」
「私も」
サラは自分の胸元へ手を当てた。
「それでは、今日は《魔力操作》の練習を始めます」
俺たちは使用料を払い、昨日と同じ場所へ向かった。
◇
ミネルが右手を前へ出す。
「まず、昨日感じた魔力を手のひらへ集めます」
細く白い指の上に、青白い光が生まれた。
最初は小さな光だったが、少しずつ明るさを増していく。
「これが《魔力操作》です」
「もう魔法に見えるけど」
「これは魔力を集めているだけです。火や風などの性質は与えていません」
俺は《スキル図鑑》を開いた。
《魔力操作》――未登録
習得のヒント:体内にある魔力の流れへ意思を与え、望む場所へ導く。
ヒントは短い。
望む場所へ導くと言われても、具体的な方法までは載っていない。
「魔力を動かすとき、筋肉へ力を入れる必要はありません」
ミネルが手の光を消した。
「水が細い管の中を流れるところを想像してください。最初は、身体の中心から右肩までで構いません」
「手のひらまで動かさなくていいのか?」
「一度に動かそうとすると、どこで失敗したのか分からなくなります。少しずつ距離を伸ばします」
俺とサラは地面へ座った。
目を閉じ、自分の魔力へ意識を向ける。
腹の奥にある、小さな温かさ。
昨日より簡単に見つけられた。
そこから、右肩まで流す。
そう考える。
何も起きない。
腹の奥にある魔力は、その場で揺れているだけだった。
「動かない」
「最初は、それが普通です」
ミネルの声が聞こえる。
「無理やり押し出そうとしないでください。流れる道を作るのです」
「身体の中に、そんな道があるのか?」
「魔力の通り道はあります。ただし、普段使っていない者の道は細く、本人も認識できません」
俺はもう一度、魔力へ意識を向けた。
腹から胸。
胸から右肩。
頭の中で、一本の道を思い描く。
魔力を流そうとする。
やはり動かない。
右肩へ意識を向けすぎると、今度は腹の温かさを見失ってしまう。
「難しいな」
「昨日、私が何度も言ったでしょう」
「今日も習得できないかもしれないって話か」
「はい」
ミネルは容赦なく答えた。
サラも苦戦しているらしい。
目を閉じたまま、何度も呼吸を整えている。
「一度、ルナトから確認します」
ミネルが俺の正面へ座った。
「手を出してください」
右手を差し出す。
ミネルが、俺の手首へ指を添えた。
もう片方の手は、服の上から俺の腹へ触れる。
「そこが魔力を感じる場所でしたね?」
「ああ」
「今から私の魔力を、ほんの少し流します。自分の魔力と混同しないようにしてください」
「危険は?」
「この程度で危険はありません」
腹へ触れた手から、ミネルの魔力が流れ込んでくる。
昨日、手のひらから感じたものと同じだ。
温かい。
だが、自分の魔力よりずっと強い。
ミネルの魔力が、腹から胸、右肩へ向かってゆっくり流れる。
「今の道を覚えてください」
右肩から腕へ。
腕から手首へ。
最後に手のひらまで届く。
ミネルの魔力が通った場所だけ、身体の内側が温かくなった。
「分かったか?」
「道は分かった。でも、ミネルの手が気になる」
白く細い手が、俺の下腹部に近い場所へ触れている。
服越しとはいえ、意識しないのは難しかった。
「魔力の位置を確認しているだけです」
「もう少し上では駄目なのか?」
「ルナトの魔力が、ここにあるのでしょう?」
ミネルが少しだけ手を動かす。
「動かすな」
「集中してください」
石壁のほうから、リオナの声が飛んできた。
「もっと下へ手を動かしたら、別のものが元気になりそうだね」
「リオナ!」
俺とミネルの声が重なる。
サラが目を開き、こちらを見た。
ミネルはすぐに俺の腹から手を離す。
尖った耳が赤くなっていた。
「今の発言は忘れてください」
「ミネルまで、そればっかりだな」
「誰のせいですか」
「リオナのせいだろ」
「ルナトも余計なことを言わないでください」
結局、練習を再開するまで少し時間がかかった。
◇
ミネルの魔力が通った道を思い出す。
腹から胸。
胸から右肩。
そこから腕へ。
自分の魔力を、同じ道へ流す。
今度は、先ほどよりわずかな変化があった。
腹の温かさが、一瞬だけ上へ動いた気がする。
「今、少し動いた」
「どこまでですか?」
「腹から……胸の下くらい」
「もう一度試してください」
同じ感覚を再現しようとする。
だが、二度目は動かなかった。
三度目。
四度目。
魔力へ集中し続ける。
少し動いたと思えば、すぐ腹へ戻る。
右肩まで届く気配はない。
午前の練習が終わる頃には、身体を動かしていないのに汗をかいていた。
「今日は、ここまでにしましょう」
「まだできる」
「集中力が落ちています。その状態で続けても、間違った感覚を覚えるだけです」
「でも、まだ習得してない」
「一日で習得できるとは言っていません」
ミネルの言うとおりだ。
魔力を感じるだけでも、昨日一日かかった。
動かす練習が、それより簡単とは限らない。
「サラは?」
「私は、まだ動いた感じがしない」
サラは悔しそうだった。
「昨日もルナトのほうが先だった」
「競争じゃない」
「分かってるけど……」
ミネルがサラの前へ座る。
「私の魔力を流す方法は、魔力の通り道へ負担をかけます。一日に何度も行えません」
「はい」
「明日は、サラから行います。今日は自分の魔力を感じながら、通り道を想像してください」
「分かりました」
「できなかったことではなく、昨日より分かるようになったことを確認するのです」
サラがミネルを見る。
少し意外そうな顔をしていた。
俺も同じだ。
生活能力には問題があるが、魔法を教えることに関しては丁寧だった。
「ミネルは、教えるのが上手いんだな」
「当然です」
「誰かに教えていたことがあるのか?」
ミネルが一瞬、黙った。
「……以前、魔法を学ぶ子供たちへ基礎を教えていました」
「今は?」
「その話は、授業料に含まれていません」
これ以上は聞くなということだろう。
「分かった」
「それより、昼食です」
話を終わらせるように、ミネルが立ち上がる。
「今日は何を食べますか?」
「もう食事が授業の一部になってないか?」
「午前の授業は終わりました」
ミネルは悪びれずに答えた。
◇
昼食後、俺たちは冒険者ギルドへ向かった。
ミネルとは、食堂の前で別れた。
「明日も同じ時間です」
「ああ」
「今日、少し動いたからといって、宿で無理な練習をしないでください」
「少しくらいならいいだろ」
「魔力を感じるだけにしてください。操作の練習は、私がいるところで行います」
「どうして?」
「間違った場所へ魔力を流すと、体調を崩す場合があります」
そう言われれば、勝手に続けるわけにはいかない。
「分かった」
「本当に分かっていますか?」
「今日はやらない」
念を押され、ようやく解放された。
冒険者ギルドでは、リオナが依頼掲示板を眺めている。
「次は、これにしない?」
リオナが一枚の依頼書を外した。
《Fランク以上》
森ゴブリン討伐
必要数:三体
報酬:一万二千G
討伐証明部位:右耳
「ゴブリンか」
人に近い姿を持ち、簡単な武器や罠を使う魔物。
商隊の道中で、リオナから痕跡の見分け方は教わった。
だが、実際に戦ったことはない。
「角ウサギより危険です」
サラが依頼書を読む。
「うん。だから、受ける前に確認する」
リオナが俺たちを見る。
「ルナトとサラは、どう思う?」
「俺は挑戦してみたい」
「サラは?」
「私も行く。でも、事前にゴブリンのことをもっと知りたい」
「いい判断」
リオナが頷く。
「森ゴブリンは、一体見つけても近くに仲間がいることが多い。最初に全体の数を調べる必要がある」
「それなら、サラとリオナの仕事だな」
「ルナトは、二人が調べている間に勝手に近づかないこと」
「分かってる」
「本当に?」
今日だけで、何度同じことを聞かれたのだろう。
「俺は、そんなに信用がないのか?」
「大型のフォレストハウンドへ、一人で飛び出した人だからね」
「あれはリオナを助けるためだ」
「だから、次は一人で決めない」
サラも同じ言葉を重ねる。
「……分かった」
三人で依頼書を受付へ持っていく。
リオナとは、これで二度目の依頼になる。
まだ正式な仲間ではない。
俺たちが互いを信用できるか、確かめている途中だ。
明日は魔力操作の練習。
その次は、森ゴブリンの討伐。
図鑑の空白を急いで埋める必要はない。
まずは、今できることを一つずつ増やしていこう。




