第11話 初めての三人パーティー
リオナに案内された宿は、冒険者ギルドから歩いて十分ほどの場所にあった。
建物は少し古い。
だが、部屋は清潔で、共同浴場と朝夕の食事もついている。
「この辺りでは安いほうだよ」
リオナが受付の前で振り返った。
「三人で一部屋にする?」
「二部屋だ」
「また即答した」
「当然だろ」
「私は一部屋でもいいよ」
「俺がよくない」
リオナが口元を上げる。
「どうして?」
「どうしてって……」
「ルナト、私たちを意識してるの?」
「そういう問題じゃない」
リオナは豊かな胸の前で腕を組んだ。
革鎧に押され、胸元がさらに強調される。
俺が視線を外すと、赤褐色の獣耳が楽しそうに動いた。
「やっぱり意識してる」
「リオナ、あまりルナトを困らせないで」
サラが間に入る。
「私はサラと同じ部屋にする。ルナトは一人部屋」
「サラは、ルナトと一緒じゃなくていいの?」
「交易都市まで毎晩、同じ天幕で寝てたから。今日は別でいい」
「毎晩一緒に?」
リオナの金色の瞳が輝く。
「何もなかったよ!」
「私はまだ何も聞いてないけど」
サラの顔が赤くなる。
俺はため息をつき、二部屋分の宿代を支払った。
◇
荷物を置いたあと、順番に共同浴場へ向かった。
湯に入り、旅の汚れを洗い流す。
左腕の痛みは、ほとんど消えていた。
大型のフォレストハウンドを受け止めた直後は、翌日になれば腕が上がらなくなると言われた。
サラがすぐに手当てをしてくれたおかげか、思ったより回復が早い。
部屋へ戻り、整備された盾を確認する。
大型の牙を受けた場所には、深い傷が残っていた。
このまま使い続けるのは危険だ。
交易都市には多くの鍛冶工房がある。
報酬を受け取ったばかりだが、命を守るための装備を惜しむわけにはいかない。
明日、ギルドへ行ったあとで修理を頼もう。
そう考えていると、扉が叩かれた。
「ルナト、起きてる?」
リオナの声だ。
「起きてる」
「入っていい?」
「ああ」
扉が開く。
入ってきたリオナを見て、言葉を失った。
赤褐色の短い髪は濡れ、頬や首筋も湯上がりで赤くなっている。
革鎧は身につけていない。
着ているのは、薄い白色の長袖服と短い部屋着だけだった。
胸元は大きく開き、豊かな膨らみの上部が見えている。
腰や脚も、革鎧姿よりはっきり分かった。
引き締まっているが、硬い印象はない。
獣人らしいしなやかな身体だった。
「どうしたの?」
「いや……薄着だなと思って」
「寝るときまで革鎧を着るわけないでしょ」
「それはそうだけど」
リオナが俺の視線へ気づき、胸元を隠すのではなく、むしろ少し身体を寄せた。
「見たい?」
「見てない」
「もう見てたよ」
「用件はなんだ?」
強引に話を変える。
リオナは楽しそうに笑い、手に持っていた小瓶を見せた。
「背中に傷があるみたい。薬を塗ってほしいの」
「サラに頼めばいいだろ」
「サラはまだ浴場」
「自分では届かないのか?」
「届くなら頼まないよ」
リオナは俺へ背中を向け、長袖服を少し持ち上げた。
腰から背中にかけて、滑らかな褐色の肌が現れる。
大型のフォレストハウンドへ飛び乗った際に、爪がかすったらしい。肩甲骨の下に、細い傷があった。
深くはない。
それでも、放っておけば化膿する可能性がある。
「分かった。そこへ座ってくれ」
リオナが寝台の端へ腰を下ろす。
俺は小瓶から薬を指先へ取り、傷の周囲へ塗った。
「冷たい」
「我慢しろ」
「もっと優しくしてよ」
「動くと塗れない」
背中の肌へ触れる。
鍛えられているが、触れた感触は思ったより柔らかい。
赤褐色の尻尾が、俺の脚へ触れた。
「尻尾、邪魔じゃないか?」
「勝手に動くの」
「自分で動かしてるんじゃないのか?」
「感情が出やすいだけ」
「今はどんな感情なんだ?」
尻尾が、また俺の脚を撫でた。
「秘密」
振り返ったリオナの金色の瞳が、俺を見上げる。
顔が近い。
湯上がりの肌と、石鹸の香り。
一瞬、目を逸らせなくなった。
そのとき、部屋の扉が開いた。
「ルナト、腕の様子を――」
浴場から戻ったサラが、入口で止まった。
リオナは服を持ち上げ、俺は背中へ手を触れている。
外から見れば、かなり誤解されそうな姿だ。
「何してるの?」
「薬を塗ってる」
「背中に傷があったから」
俺とリオナが同時に答える。
サラはしばらく俺たちを見たあと、部屋へ入ってきた。
「そういうことは、私がする」
「もう塗り終わったよ」
リオナが服を下ろす。
サラは無言で小瓶を俺から取り上げた。
「ルナトは自分の腕を見て」
「もう痛くない」
「それでも確認する」
どうやら、しばらく解放してもらえそうになかった。
◇
翌朝、三人で冒険者ギルドへ向かった。
最初に、商隊から受け取った依頼完了証明書を提出する。
受付で俺とサラの冒険者カードへ実績が記録された。
リオナは別の受付で、護衛と斥候の報酬を受け取っている。
手続きを終えたあと、三人で依頼掲示板の前に集まった。
「リオナのランクは?」
俺が尋ねる。
「Dランク」
「俺たちより、かなり上なんだな」
「冒険者になって何年もたってるからね。でも、三人で依頼を受けるなら、最初はFかEランクにしよう」
「俺たちに合わせるのか?」
「一緒に戦ったことがないから。商隊のときみたいに、護衛がほかにもいるわけじゃないよ」
もっともな判断だ。
リオナは自分がDランクだからといって、難しい依頼を無理に選ぼうとはしなかった。
「これがいいと思う」
サラが一枚の依頼書を指さした。
> 【Fランク】
> 薬草畑を荒らす角ウサギの討伐
> 必要数:五体
> 報酬:八千G
> 角と毛皮は別途買い取り
「町の東にある薬草畑か」
俺たちが初めて採取依頼を行った草原に近い。
「角ウサギなら、それほど危険じゃないよ」
リオナが依頼書を外した。
「ただし、正面から突っ込まれると怪我をする。角がある分、普通のウサギより厄介だから気をつけて」
「サラの短剣の練習にもなるか?」
「最初からサラ一人で倒すのは危ない。ルナトが盾で受けて、動きを止めてからにしよう」
「分かった」
受付で三人の一時パーティーとして依頼を受注する。
正式なパーティー名は必要なかった。
今回の仕事を一緒に受けるという記録だけが残る。
◇
薬草畑へ到着すると、管理を任されている者から被害の場所を教えてもらった。
畑の端に、かじられた薬草がいくつも残っている。
地面には、小さな足跡があった。
俺はしゃがみ込み、覚えたばかりの《追跡》を意識する。
「森へ向かってる」
「正解」
リオナが足跡を確認する。
「新しい跡だから、近くにいると思う」
俺たちは畑から森へ続く草地を進んだ。
リオナが先頭。
サラが中央。
俺が最後尾だ。
赤褐色の獣耳が、周囲の音を探る。
やがて、リオナが片手を上げた。
「いた。三体」
背の高い草の向こうに、小さな影が見える。
灰色の毛。
額から伸びた、短い一本角。
角ウサギだ。
「私が一体を仕留める。残りが逃げたら、追わなくていい」
「五体必要なんだろ?」
「群れはほかにもいる。一度に無理をする必要はないよ」
リオナが弓へ矢をつがえる。
呼吸を整え、放った。
矢が角ウサギの首へ刺さる。
一体が倒れ、残りの二体が走り出した。
一体は森へ逃げる。
もう一体は、俺たちへ向かってきた。
「ルナト!」
盾を構える。
角ウサギは小さい。
だが、走る速度は速かった。
低い位置から角が迫る。
盾の表面へ角がぶつかった。
衝撃はフォレストハウンドより軽い。
俺は盾を押し出し、角ウサギの身体を地面へ転がした。
「サラ、今だ!」
サラが短剣を抜く。
だが、倒れた角ウサギを前に、動きが止まった。
魔物が起き上がろうとする。
「サラ!」
「分かってる!」
サラは短剣を両手で握り、角ウサギの首へ突き立てた。
魔物の身体が跳ねる。
サラは驚いて手を離しかけたが、すぐに握り直した。
やがて角ウサギは動かなくなった。
サラの呼吸が荒い。
「大丈夫か?」
「うん……」
短剣を引き抜く。
刃についた血を見て、サラの顔が少し青くなった。
「初めてなら、そうなるよ」
リオナが近づく。
「無理に慣れようとしなくていい。でも、魔物を倒さなければならない場面は、これからもある」
「分かってる」
サラは布を使い、短剣の血を拭き取った。
「ルナトに全部任せたくないから」
小さな声だったが、はっきり聞こえた。
「サラが無理をする必要はない」
「無理じゃない。私も一緒に戦いたいの」
水晶の欠片で確認すると、サラの主なスキルへ《短剣術》が加わっていた。
町を出る前から練習を続け、実際の戦闘で使ったことで、ようやく習得したのだろう。
「《短剣術》を覚えてる」
俺が伝えると、サラの表情が少し明るくなった。
「本当?」
「ああ」
「それなら、次はもっと上手くできるように練習する」
「焦らなくていいよ」
リオナが言う。
「今日は、倒せた。それで十分」
三体のうち、二体を討伐した。
残り三体。
リオナの指導を受けながら、俺たちは角ウサギを解体する。
角。
毛皮。
食用にできる肉。
小さな身体でも、無駄になる部分は少なかった。
◇
その後、別の群れを見つけた。
今度は四体。
リオナが一体を矢で倒す。
俺が盾で一体の突進を受け、剣で仕留めた。
残りの二体は森へ逃げた。
必要数まで、あと一体。
「少し休もう」
リオナの判断で、木陰へ移動した。
サラが水筒を取り出す。
俺たちは順番に水を飲んだ。
「三人だと、かなり戦いやすいな」
俺が言うと、リオナが笑った。
「でしょう? 前でルナトが止めてくれれば、私は安心して矢を撃てる」
「私はまだ、ほとんど何もできてない」
「サラは先に魔物へ気づける。それに短剣も覚えたんでしょう?」
「でも、リオナみたいには戦えない」
「私は何年も狩りをしてるからね。今日覚えた人と同じだったら、私が困るよ」
スキルを持っているからといって、経験の差が消えるわけではない。
サラも、その言葉で少し安心したようだった。
休憩を終え、次の角ウサギを探す。
森の近くを歩いていると、突然、奥から激しい音が響いた。
地面がわずかに揺れる。
鳥たちが一斉に飛び立った。
「今の、なに?」
サラが短剣へ手をかける。
「魔法」
リオナが弓を構えた。
「かなり強い。森の奥からだ」
直後、木々の間から大きな影が飛び出してきた。
牙猪だ。
馬に近い大きさの身体。
口元から、湾曲した二本の牙が伸びている。
背中の一部が焼け焦げ、煙を上げていた。
牙猪は俺たちを見ていない。
何かから逃げるように、森を飛び出してきた。
「避けて!」
三人で左右へ分かれる。
牙猪は俺たちの間を走り抜け、そのまま草原の向こうへ消えた。
森の中から、もう一つの気配が近づいてくる。
人影だった。
長い淡金色の髪。
森の中でも目立つほど白い肌。
先端の尖った耳。
青と白を基調にした魔術師の衣装。
背が高く、すらりとした体つきのエルフの女性が、杖を手に現れた。
碧色の瞳が、逃げていった牙猪を見つめている。
「……逃がしました」
女性は悔しそうに呟いた。
次の瞬間。
腹の辺りから、ひどく場違いな音が鳴った。
エルフの女性は動きを止める。
ゆっくりと、こちらを見た。
「今の音は、忘れてください」
凛とした美貌を保ったまま、頬だけがわずかに赤くなっていた。




