in京都 2 京都国立博物館
冷たい風が吹く抜ける京都の街を歩く。東本願寺へ向かう時よりも人が多くなっていて、朝の澄み切った空気が活気で上書きされていくようだ。朝も良いけれど、昼に近づく空気も良い。旅で高揚しているのかスキップで駆け抜けていく外国の少女とすれ違って、思わず笑みがこぼれた。
そうだよね、旅行って楽しいよね。
わかるわかると独り言ちて、はたと自身の歩幅も大きくなっている事に気付いた。私も気分が高まっているらしい。
そうだな、鼻歌でも歌いだしたい気分。
そんないい気分で駅へ向かっていた時、問題が発生した。遠くからでも見える行列が、バス乗り場に出来ていたのである……。
まさかの事態にしおしおと気持ちが萎んでいく。どうか別の場所へ行く行列であれという願いもむなしく、長蛇の列へそっと並んだ。
これ、いつ乗れるんだろう……。
時刻はすでに十時を指している。参拝案内がなかったため時間に余裕があるものの、できる限り早く着きたいと思うのは人の性だろう。多分。
一つ目のバスを見送り、案外減りの早い列を詰める。これなら、次かその次のバスには乗れそうだ。
ほっと安堵していれば、次のバスが到着した。だが、一向に列が動かない。不思議に思って耳を澄ませてみると、清水寺に行かないバスだという。
なるほど、この人達は清水寺に行く予定なんだ。
清水寺には行かないけれど博物館には行くそうなので、列を抜けてバスへ乗り込んだ。
バスに揺られる事、十分。一度来てみたかった京都国立博物館に到着した。
ここに来た目的は、この時期に行われる『新春特集展示』を見る事。そして、気になっている日本画を見る事。
リュックを背負い直して、入口へ向かう。同じバス停で降りた人はあまりいなかったが、ちらほらと門をくぐっていく人がいた。
入場料を払い、とりあえず外の展示は後にして新館へ向かう。荷物をロッカーに預けて、身軽になってから展示室へのエレベーターに乗った。
ここの博物館は三階から展示を見ながら降りてくる構造になっている。三階が陶磁と考古、二階が絵巻や絵画、一階が彫刻や工芸品。今回の目的の一つである日本画は二階だ。
たどり着いた三階はうす暗く、ライトアップされた出土品達が輝いて見えた。足を踏み入れた展示室内はさほど人が多くなく、自分のペースで見て回れる。気になるものはじっくりと、その他は流れるように見るのが好きなので有難い限りだ。
三階は気になる物だけ足を止めて見て回った。その中でも梅と桜のお皿や加彩婦女俑で足が止まったし、見たことのある埴輪もあった。
三階に満足して、長い階段を下りる。次はお目当ての日本画だ。……と思っていた。
階段を下りきって1番初めに目に入ったのは、馬の置物だった。
「……ぇ」
思わず、戸惑うような声がもれる。だが、すぐにどうなっているのか理解することができた。
これ、『新春特集展示』だ。どこか別の展示室でやってると思っていたけれど、ここは常設展を片付けてやってるんだ……。
思わぬ現状にびっくりしたが、これも見たかったものには違いない。
しっかり見て回ろうと展示室内を歩き回っていると、入口付近に何か紙が用意しれていることに気づいた。近寄ってみれば、柄が馬になったビンゴカードがが置かれている。鑑賞ビンゴなるそれは、見つけた展示の特徴があれば穴を開けるという面白いビンゴだった。ビンゴの数字がある部分には馬の模様や体勢、気持ちや素材などのアイコンが表記されている。ちょうど目の前に唐三彩馬俑という馬の焼き物があったので、ビンゴの欄を開けてみる。
模様がある、黒色、土でできている。これでもう三つも開いた……結構、楽しいかも。
こっちの馬は白色、走っている、元気。こっちの馬は木でできている、休んでいる。あっちは……。
ビンゴを片手に展示を回り切る頃には、全ての欄が穴になっていた。これは記念に持ち帰ろう。
この階の日本画はほとんどなかったけれど、それ以上にたくさんの馬にちなんだ展示を見られてよかった。ほくほくと次の展示室に移る。隣の展示室ではかるたの展示が行われていた。いつも通り気になる物だけ見て回ろうとしたのだが、これがまた面白い展示だった。
この展示では完成品のかるたも置かれているのだが、それ以上に製作途中のものや下書き、書き損じまで並べられていた。その下書きや書き損じが興味深かった。何とも人間臭かったのである。
昔のお偉いさんや絵師の人たちも、今と同じように下書きから書いてたんだなぁ。
当たり前のことだが、何だか身近に感じることが出来た。
良いものを見ることが出来た。上機嫌で一階へ向かおうとした時、ふと壁際に何とも可愛らしいトラの日本画が置かれている事に気付いた。トラの絵であるはずなのに、猛々しさはほとんど感じられない。というのも、トラが丸いのだ。何となくデフォルメされたかのように顔も身体も丸い。目つきは悪いものの、どこかいたずらっ子なネコの風格を感じる。愛嬌たっぷりという感じである。
その可愛らしさを頭の片隅に留めたまま、一階へ向かった。
一階は彫刻と工芸品が並んでいて、ライトに照らされて浮かび上がるような仏像に目が釘付けになった。ここも三階同様に気になったものはじっくり鑑賞して、満足したところで外に出た。
エントランスに出た途端、明るく館内を照らす日光に目を細める。博物館に来て活性化していた脳と気持ちが和らいでいくような気がする。
そろそろお腹も空いてきたので次の目的地に移ろうかとロッカーへ向かっていると、目の前に何かいる。法被を着たお姉さんの隣に、トラがいた。そう、先程二階で鑑賞した、愛嬌のあるトラがゆるキャラのようにそこにいた。よく見れば、その一人と一匹を囲むようにして人込みが出来ている。
か、かわいい……。
人込みをかき分けて帰る気にもならず、廊下の端で見守る。すると、ちょうど終わり際だったようで、トラとお姉さんが手を振りながら移動し始めた。こちら側に。どんどん近づいてくるトラに固まっていると、目の前でトラの手が上がった。顔の下あたりで止まったそれに、同じように手を上げる。何なのか分からず首を傾げている間に、ふわりと手が合わさって去って行った。
ハイタッチだ……!
遅れて気付いて、振り返る。他の観光客にも同じようにハイタッチを繰り返している。後ろ姿すら愛らしい。
ここにこの時間にいれて良かった。
喜色満面、足取り軽く博物館を出た。




