in京都 3 三十三間堂
一つ次に来る理由が増えたとはいえ、大満足だった博物館を終えて帰りのバスを検索する。すると、今まさにいるバス停の名前『三十三間堂』について、どこかで聞いたことがある気がした。
どこだったっけ……。そうだ。祖父母が一度は行ってみた方が良いと、いつだかに話してくれたんだ。当時の記憶はあまりないが、とにかく圧巻だったと言っていたはずだ。
十分ほどの間隔でバスが来ているから帰りの時間は気にしなくても良い。すぐそこだから行ってみる事にした。
横断歩道を渡ってすぐに、受付に辿り着いた。拝観料を払って、門をくぐる。
何だか、今日は門をくぐってばかりだ。
さて行こうかと道順に従っていると、トイレの隣にロッカーを見つけた。こんなところにもあるんだ。さすが京都、旅人の聖地を拝む。肩が軽くなったところで、改めて道順をなぞった。
パンフレットによれば、このお堂は長さ百二十メートルもあり、正面の柱間が三十三もある事から『三十三間堂』と呼ばれるようになったという。
さらに読み進めると、ここの目玉は堂内のご本尊だそうで。巨像を中心に左右へ各五百体、合計千と一体のご本尊が並ぶという。この千と一体は全て国宝で、他にも風神雷神像や二十八体の仏像といった国宝も並ぶ。
それだけでもすごいのだが、もっと驚いたのが千体並ぶご本尊は全て表情が違っているという事。必ず会いたい人や自分に似た顔があると言い伝えられているという。
それは圧巻だろうな。
楽しそうに話してくれた祖父母を思い浮かべた。
邪魔にならないように寄っていた壁際から、周りを見ながら動き出す。すると、先の曲がり角で皆が一瞬立ち止まっている事に気付いた。
そこに何かあるのかな。
不思議に思いながらも、一本道な為にまっすぐ歩く。そして、自らも角を曲がってすぐ、なぜ立ち止まっていたのかを理解した。
視界一面に広がった、ずらりと並ぶ像に息をのんだ。
手前から奥へひな壇のようになっている段に、所狭しと像が並んでいる。奥の方はもうはっきりと見えないが、微かな陽光と足元のライトに照らされて漆箔を纏っているのだけはよくわかった。それが、視界の端まで続いている。
すごいとは聞いていたが本当に圧巻だった。壮観とも言える。
立ち止まっているのも迷惑なので歩き出すが、歩けども歩けども像が途切れない。歩く度に二十八体のうちの一つが現れ、足が止まる。
そんなことを繰り返すこと十回以上。やっと中央の巨像にたどり着いたのだが、この巨像が見上げるほど大きかった。
この巨像は約七メートルあるらしく、たくさんの手と光背の透かし彫りが際立っている。これを八十歳を超えた人が作ったんだと思うと、驚愕とともに納得がいった。きっと、それまでの経験を元にしたからこそ、こんなに素晴らしい像が出来上がったんだろう。
こういうところの作法が分からないので、とりあえず手を合わせておく。神様方は心が広いだろうから、無礼な態度さえとらなければ大丈夫だと思っている。会釈程度に軽く頭を下げて、観音像の並ぶ堂内を進んだ。
もう少しで出口というところで、何やら展示が目に入った。一からしっかり読んでみると、ここでは新成人による『通し矢』という行事があるそう。みんな色鮮やかな晴れ着や凛々しい袴姿で弓を引き、その腕を競うらしい。展示されている弓も矢も想像以上に大きく、弓に至ってはヒトの身長以上の長さがあった。
弓道に触れてこなかったから、こんなに大きい弓で行っているとは知らなかった……。
人混みになるだろうけれど、一度見てみたいな。きっとニュースで取り上げるだろうから、まずはそこから見てみよう。
帰ってからの宿題を抱えて、お堂を出た。




